第190話 ヴェンツェルさんと打ち合わせ



「こやつは昨日、地下牢に入れられていたからな。バルテルの謀略だろう、兵舎の食事に痺れ薬が盛られていた」

「はっはっは! 出された食事をたらふく食べたら、体が動かなくなったのには驚きましたな!」

「……そう言えば、城の兵士達の半分くらいが戦闘に参加出来ないようにされてたんだっけ」


 バルテルが連れていた私兵が手練れ揃いだったとは言え、城の兵士全てを相手には出来ないからね、食事に一服盛って戦力を削ったんだろう。

 ヴェンツェルさんは、その策にまんまとはまったというわけだけど……将軍がそれで良いのかと思う。


「まぁ、裏での工作や、策を巡らせるのはハーロルトに任せているからな。私は来た敵をこの手で打ち砕くだけだ!」

「それで、重要な時に体が動かなくて役に立たなくなってるわけだ……ハーロルトに負担がかかり過ぎだろう」


 どうやら頭を使う事はほとんどハーロルトさんに任せているようだ。

 ハーロルトさん、自分の部隊もあるのに大忙しだな……そんな中ヘルサルまで伝達に来てくれたり、俺を迎えてくれたりと色々してくれて……苦労人なのかもしれない……お疲れ様です、ハーロルトさん。

 姉さんの言った脳筋という言葉がぴったり当てはまるヴェンツェルさんは、とにかく戦闘で活躍するタイプのようだね。


「まぁ、そんな事よりだ、リク殿。手合わせの方、受けてくれないか?」

「はあ……まぁ、少しだけなら……」

「そうか! ありがたい! 英雄と剣を合わせる事が出来るとは、長生きはするものだな!」


 どうしても俺と手合わせしたい様子のヴェンツェルさんに、承諾すると満面の笑みで喜んでいる。

 40代に見えるヴェンツェルさんが、長生きとかいうのはまだ早すぎる気がするけどね。


「よし! そうと決まれば話は早い! 早速訓練場に行くぞ!」

「は? え?」


 今すぐ手合わせをするのだと、ヴェンツェルさんは俺の手を掴み部屋から連れ出そうとする。

 軍もある国の中心部だから、訓練場とかで兵士達が訓練をしていて十分な広さがあるんだろうなぁ……なんて今考えてる場合じゃない!


「ちょ、ちょっと待って下さい、ヴェンツェルさん」

「そうだ、待てヴェンツェル。今日はもうこんな時間だぞ。手合わせは明日……いや、明後日だ」

「むぅ……しかし陛下、体がうずいて仕方ないのですよ……」

「お前の状態等この際どうでも良い。昨日の戦闘等もあって、英雄殿は疲れているのだぞ? 万全の状態でない者と手合わせして、そなたは満足なのか?」

「む……それは……いやしかし……むぅ……」


 俺がヴェンツェルさんを止める横から、姉さんも止めてくれた。

 さすがに時間が時間だし、今からすぐってのはね……疲れはあんまりないんだけど。

 姉さんは上手くヴェンツェルさんの脳筋……というより、騎士道精神? のようなものを刺激して思いとどまらせようとしている。

 ヴェンツェルさんの方は、万全の俺と戦う事にこだわりたいらしく、頭の中で葛藤しているようだ。


「……ぬぅ……陛下……明日……明日にはなりませんか?」

「明日は貴族達を含めた重要な会議があるのだぞ? そなたが参加しなくてどうするというのだ」

「……会議はハーロルトに任せます。どうせ、私が会議に出ても置物となっているだけで、発言は出来ませんし、話し合われている内容もよくわかりませんから」

「ふむ……それは確かにな……」


 姉さん、ヴェンツェルさんが会議の役に立たない事を認めちゃった。

 ヴェンツェルさんが自分で言ってる事ではあるんだけど……軍で一番偉い人が、国の重要会議に参加しなくても良いのだろうかと思ってしまう。


「いや、しかし明日の会議には、リクも参加して欲しいのだ」

「え? 俺も……ですか?」

「そうだ。バルテルや魔物達と戦った功労者だからな」

「いやぁ、俺も会議に出るのはちょっと……あまり役に立たないと思うし……そんな堅苦しい場所に行くのも……」

「はぁ……この子は……んんっ!」


 明日の会議、姉さんとしては俺にも参加して欲しいようだけど、俺としては何としても回避したい。

 貴族を含め、国の偉い人が集まる所に俺が参加しても、何を言えば良いのかわからないしね。

 そんな事をするくらいなら、ヴェンツェルさんと手合わせしていた方が、気分も楽だ。

 溜め息を吐いて、一瞬だけ女王様モードを解いた姉さんを見ながら、何とか逃れる方法を考えた。

 

「……よし、ヴェンツェルさん、明日。明日手合わせしましょう!」

「うむ、そうだな。明日が良いだろう!」

「……はぁ……そなた達は……わかった。嫌がる者を無理に参加させるものでもないだろう……本来は重要な事なのだがな。まぁ、リクは仕方ないとしても、ヴェンツェル……そなたは後で色々とやってもらうからな」

「は……色々とはどのような……?」

「ふふふ、それはもう色々だ。楽しみにしているが良い。ヴェンツェルの名代はハーロルトだな。……あやつも情報部隊として参加するはずなのに、苦労をかけてしまう」

「……は。ハーロルトには、私からも労っておきます」

「そうしろ」


 俺が無理矢理ヴェンツェルさんに明日手合わせするように言うと、それに同調したヴェンツェルさん。

 姉さんの方は、俺が本気で嫌がっているのだと察したのだろう、すぐに諦めてくれた……ありがとう、姉さん。

 しかし、すぐに姉さんは邪悪と言える笑みを浮かべて、ヴェンツェルさんに詰め寄った。

 ヴェンツェルさんには、会議に参加しない事で何かしらペナルティというか、罰が待っているらしい……俺には無いようで良かった……こういう時の姉さんとは、出来るだけ関わらないに限る……というのは昔の経験則だ。


 でも、実際これくらいで軍のトップが重要な会議に参加しないというのは、出来る事なんだろうか?

 女王である姉さんが許可した事だから、例外なのかもしれないし、ヴェンツェルさんが会議なんかで役に立たないのは、俺が思っているよりも浸透しているのかもしれない。

 それでも、将軍という地位に就けているのは、逆に凄い事かもね。


「では、リク殿。明日の朝にでも迎えに来るぞ」

「朝ですか?」

「時間は早い方が良いと思ってな。何か不都合があったか?」

「いえ……不都合はないんですが……」


 でも出来れば、朝からこの暑苦しいテンションの人と手合わせするのは避けたい。

 どうしようかと考えていると、ちょっとだけ良い考えが浮かんだ。


「ヴェンツェルさん、俺以外にも人を連れて来て良いですか?」

「それは構わんが……誰を連れて来るのだ? リク殿と見合う戦いをする者か?」

「いえ、戦闘の方はどうかわかりませんが……俺の冒険者仲間です。この際、一緒に訓練するのも悪くないかと思いまして」

「ほぉ、リク殿の冒険者仲間か……良いぞ、若者が強くなろうとする事は素晴らしい」

「ありがとうございます。では、皆を集めるのに少し時間がかかるので……明日の昼食後、手合わせするという事でどうでしょう?」

「……モニカ達を使ったわね、りっくん」


 俺の考えというのは、皆を連れて来る時間が欲しいから、手合わせを昼からにするという事だ。

 朝からヴェンツェルさんと手合わせというのを避けたいがためだけど、本当に皆を集めるなら、昼からになるだろう。

 ソフィーさん辺りは、訓練とか好きだから、喜んで参加してくれそうだしね。

 ……とりあえず姉さんはボソっと呟かないでくれ、ヴェンツェルさんに聞こえてしまうから。



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