第189話 リクへ熱量のある訪問者
「ん?」
「誰だ?」
「どなたでしょうか?」
話もそろそろ終わりかという頃、部屋のドアがノックされた。
ノックの音は大きく、そこそこの力を入れてるのがわかる。
……ハーロルトさんはこんなノックの仕方をしないから、別の人かな?
その音に、部屋にいた俺達全員が反応して、声を上げる。
ヒルダさんがドアに近付き、外へと問いかけた。
ちなみに、エルサは姉さんと話してる間もずっと俺の頭で寝たままだった……時折姉さんがモフモフを堪能するために撫でたりしていたけど、それでも起きる気配は無かった。
昨日のワイバーン戦で疲れてたのかもしれないな。
「ヴェンツェルです。陛下がこちらにおられると聞いて参りました」
「ヴェンツェル?」
「陛下、どうしますか?」
「通してちょうだい……んんっ!」
「畏まりました。……ヴェンツェル卿、どうぞお入り下さい」
「失礼する」
外から野太い声が聞こえた。
姉さんは入室許可を出して、咳ばらいを一つ……今までリラックスしていたから、女王様モードになるためだろう。
それを見てから、ヒルダさんが部屋のドアを開けて中へと入れた。
開けられたドアから入って来たのは、金属の部分鎧を身に着けたマックスさんをも凌ぎ、2メートルはあろうかという巨漢だった。
腰に下げた大剣と、鎧の間から覗く盛り上がった筋肉が只者ではない迫力を醸し出していた
……勲章授与式の時にも見たかもしれない……あの時は緊張していたから、はっきりとは覚えていないけど。
「陛下、歓談中に申し訳ありません」
「それは良いが……どうした、ヴェンツェル。何か大事でも起こったか?」
「いえ、陛下のお手を煩わせることは何も。今回は私用ににて参りました」
「お前が私用とは珍しいな……いつもの悪癖か?」
「悪癖とは厳しいですな……ですが、それが私の性ですので」
「困ったものだ……」
ヴェンツェルと名乗った巨漢の男性は、大きな体を折りたたむようにして、姉さんの前に跪く。
こうして、実際に姉さんの前で跪いている人を見ると、本当に女王様なんだと納得出来る。
そのヴェンツェルさんは、たっぷりと蓄えた口ひげを揺らしながら姉さんと何やら話している。
姉さんの方は、さっきまでだらしなく座っていたソファーから立ち、ヴェンツェルさんの前に移動している。
「りっく……リク、どうやらこのヴェンツェルは、そなたに用があるようだ」
「俺に? えーと、何かありましたか?」
「おぉ、英雄リク殿ですな。お初にお目にかかる。私はヴェンツェル・シュレーカー。アテトリア王国で将軍を務めています」
「将軍……」
「りっくん、軍のトップよ。ハーロルトの直属の上司にもなるわ」
りっくんと言いかけた言葉を一旦止め、なんとか女王様モードを保った姉さんから声を掛けられる。
俺に何か用があるようだけど、なんだろうと思っていると、自己紹介をしたヴェンツェルさんは将軍だという……。
姉さんがこっそりと小さな声で将軍が軍のトップだと教えてもらう。
軍のトップって……ハーロルトさんは情報部隊長で、情報を扱う部隊で一番偉いはずだから……それよりも上って事は、軍を統括する人……か。
トップなんだからそうなんだろう。
しかし、そんな人が俺に何の用だろうか?
姉さんは悪癖とか言ってたけど……。
「ええと、ヴェンツェルさん……様? は俺に何の用があるんですか?」
「様など付けなくてよろしいかと。英雄リク殿には、我ら軍部の不甲斐なさを救われましたからな」
「じゃあ、ヴェンツェルさんで。それと、俺に対して敬語は無しでお願いします。……ちょっと窮屈そうですから」
「わかりますか!? いや……わかるか? 丁寧な言葉というのは疲れるからなぁ。ありがたい!」
「はぁ……ヴェンツェルはもう少し言葉遣いというものを学んだ方が良いぞ」
ヴェンツェルさんには、様とかを付けなくても良いようだ……見た目も威圧感があるし、立場もかなり高い人だからと思ったけど……慣れないから助かる。
敬語を使っていてどうにも窮屈そうな印象を受けたので、それを無しにする提案もした。
マックスさんと似て豪快そうだったからなんだけど、どうやら当たったようだ。
姉さんの方は、ヴェンツェルさんを見て溜め息を吐いている。
将軍という事は、優秀な人なんだろうけど、見た目からして畏まった場はあまり得意そうじゃないからね。
「はっはっは! まぁ、陛下がそう言われるのも仕方ないとは思いますがな。ですが、あまり頭を使う事は得意ではないのですよ!」
「これで将軍として、優秀なのだから不思議だな……」
姉さんがヴェンツェルさんに苦言のように言うと、当の本人は笑って気にしていない様子だね。
俺が紹介されたあたりから、姉さんもヴェンツェルさんの雰囲気が砕けた様子になったけど、部屋に入ってきてすぐの格式ばった様子は、定例みたいなものなんだろう。
40代くらいには見えるから、姉さんの事を昔から知っていて、気安い雰囲気……という事かもしれない……ヒルダさん程ではないんだろうけど。
「ええと、それでヴェンツェルさん。俺に用があるというのは、一体何なんですか?」
「おぉ、そうだった! リク殿、私と手合わせをしてもらえないか?」
「は?」
話が逸れていたので、俺に用があるというヴェンツェルさんに話を戻すように言うと、将軍という地位にあって、戦闘も出来そうな大男……ヴェンツェルさんが俺と手合わせしたいとのたまった。
「……ヴェンツェルは脳筋なのよ……気になる相手がいたら、とりあえず手合わせして相手を推し量る悪癖があるの。……剣を打ち合って人はわかり合うとでも思っている感じね……日本の不良漫画かしら?」
「……そうなんだ……」
ヴェンツェルさんからの手合わせの申し出に戸惑っていると、姉さんが小声で教えてくれた。
しかし姉さん……昔はそう言う内容の漫画もあったかもしれないけど……最近は河原のほとりで殴り合って認め合うような漫画ってほとんど無いと思うよ……?
「ヴェンツェルさん、俺なんかと手合わせして……良いんですか?」
「何を言う。リク殿はこの国を救った英雄なのだ、そんな人物と手合わせする事は、私にとって最高の喜びよ!」
……俺は、将軍なんて地位にあるんだから、色々やる事があって忙しく、俺なんかに構っている時間は無いんじゃないかと聞きたかったんだけど……ヴェンツェルさんはよっぽど手合わせする事が好きらしい。
「もちろん、刃引きをした剣か木剣を使う模擬戦だぞ」
「はぁ……いや、そうじゃなくてですね……」
「諦めよ、リク。このヴェンツェルがこうなったら、余でも止められる気がしない。手合わせするしかないな」
「……えー」
戦う事を嫌うわけじゃないだけど、どうしても人相手となると躊躇してしまう。
というより、いきなり部屋に来て、初対面なのに手合わせをしてくれと言って来たヴェンツェルさんに、気圧されてるだけなのかもしれないけどね。
「先の魔物襲撃、陛下の危機では、何も出来なかったからな。どうにも体が動かしたくて仕方がない」
「あれ? そういえば、昨日はヴェンツェルさんの姿を見ていませんでしたね……」
昨日は姉さんを助けたり、魔物を掃討したりと色々あったけど……どこの場面でもヴェンツェルさんを見る事は無かった……こんな強烈な見た目をしているヴェンツェルさんを見かけたら、忘れられないと思う。
ハーロルトさんよりも上の立場で、軍のトップというのなら、兵士達を指揮したりしているのが普通だと思うんだけど……。
実際は、ほとんどハーロルトさんが色々指示を出してたように思う。
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