第153話 封印していた記憶



「ではリクよ、受け取るがよい」

「はっ!」


 俺の前まで来た女王様が章飾を差し出し、それを俺が下から恭しく両手で受け取る。

 その瞬間、至近距離で女王様と目が合った。


「……リク……陸……りっくん?」

「え……その呼び方……芽有里姉さん?」


 周囲がざわついているのがわかる。

 俺と女王様は章飾の受け渡しの体勢のまま、動けないままだ。

 そんな状態で何も動きが無いのだから、見ている人達がどうしたのかと思うのは当然だろう。


「私の名前を知ってる……本当にりっくんなの!?」

「俺をそう呼ぶって事は、そっちこそ本当に芽有里姉さ……ぐっ!」


 女王様が本当に姉さんなのかどうか……確かめようとしたら急に酷い頭痛に襲われた。

 頭痛と一緒に、頭の中が掻き回されてるような不快感……これはなんだ!?


「どうしたのりっくん! 気分が悪いの!?」

「いや……ちょっと頭が痛いだけで……」

「リクさん!?」

「リク!?」

「……どうしたのだ?」

「陛下は何をしているんだ?」


 受け取ろうとした章飾から手を離して頭を押さえる俺に、女王様が声を掛けてくれる。

 モニカさんやソフィーさんの声が聞こえるけど、そちらに答える余裕は無い。

 ……頭が割れるような痛みだ……頭の中が掻き回されてるような不快感と相俟って、徐々に何をしているのかもわからなくなってくる。

 参列者達の声もする……そう言えばここ、謁見の間だったなぁ……。


「ぐっ! うぅぅぅ……」

「りっくん、ねぇ返事をして、どうしたのりっくん!?」


 女王様が心配そうにしながら必死に声を掛けて来るけれど、痛みと不快感で声を出せない。

 俺は痛みに蹲るばかりだ。 

 ……その時、一瞬だけ痛みが引いた。

 だが、それで楽になることは無く、すぐに頭の中に色々な映像が湧き上がって来た。

 ……あぁ、そうか……俺、忘れてたんだ……。


「……ごめん、姉さん」

「りっくん!?」


 頭に浮かんだ映像の内容を理解して、大事な事を思い出した俺は、女王様……いや姉さんに謝った瞬間、意識を失った。


―――――――――――――――――――



 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 またこの夢か……、何度も見た光景だなぁ……。


「あれは……?」


 何度も見た夢の中、いつもと違う事があった。

 そこには白い光に包まれて、俺を見ている人影。

 俺はその人に謝らなければいけないと感じてる。

 いつもは覚えていないはずの夢なのに……。


「ごめんなさい」

 

 俺はその人影に謝る。

 その人影は、俺の言葉に首を振るだけだ。

 これだけじゃいけないのか?


「……お……え……せ……だ」


 いつもの声が聞こえて来る。

 それは俺を責める声。

 だけど、どこかで聞いた事のある声。


「俺は許されないのか?」


 人影に向かって問いかけた。

 その人影はそれにも首を振っている。

 ……どういう事だ?


「……おま……の……いだ」


 またあの声だ。

 今度は少しだけはっきりと聞こえた。

 よく耳を澄ませてその声を聞いてみる。


「おまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだ」


 聞いてるこっちの気が狂いそうになる程、憎しみの声で俺を責め続ける声。

 俺のせい……か……そうだな……。


「俺は許されないんだな……」


 どれだけ夢の中で謝ったとしても、許される事は無いんだろう。

 だって、本当に謝りたい相手は、ここにはいないのだから……。

 俺は謝る事、許される事を諦め俯く。

 その俺を、いつもの暗い影が取り巻き始め、体を覆って行く。


「りっくん!」


 暗い影が俺の体のほとんどを覆った時、白い人影が声を上げた。


「りっくん! 大丈夫だから、ね?」

「……姉さん?」


 その人影の顔はわからないが、何故か俺に向かって笑った気がした。

 ……許されないと思っていたのは、俺だけだったのか?


「おまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだ」


 繰り返される憎しみの声。

 俺を責め続ける声。


「あぁ……そうか……」


 この声は俺の声だ。

 聞き覚えがあって当たり前、自分の声なのだから。


「結局、俺を責めていたのは俺自身……か」


 そう呟くと、今度は白い人影が頷いた。

 今まで首を振るだけだった人影なのに。

 俺にその事を伝えたかったんだな……。


「色々わかって、まだ自分を許せたとは言えないけど……それでも、俺は前を向いて生きて行くよ。ありがとう」


 白い人影に向かってそう言うと、再び人影は頷いて、微笑んでくれた気がした。

 気が付くと、さっきまで聞こえていた声も聞こえなくなり、俺を覆うようにしていた暗い影も無くなっていた。

 この夢も、もう見る事は無いんだろうな……。

 そう理解した途端、体全体が浮き上がるような感覚。

 もしかすると、目が覚める事を知らせてるのかもしれない。


「ありがとう……姉さん。俺を助けてくれて」


 その呟きを残して、俺の意識は浮上した。



―――――――――――――――――――――


「ん……」

「リクさん!?」

「リク!」


 目が覚めて、俺が声を漏らすと聞こえて来る皆の声。

 頼もしい皆だけど、心配かけちゃったかな。


「……おはよう……かな」

「リクさん! また気を失って……私どうしたら良いかと……」

「ヒルダに感謝するんだぞ、ここまで運んでくれたんだ。もちろん私達も手伝ったがな」


 体を起こして、ベッドの横に立っていたモニカさんとソフィーさんに挨拶をする。

 モニカさんは目が潤んでるけど、ごめんとしか言えないな……。

 俺が寝ていたのは、王城に用意された部屋だ。

 謁見の間からここまで運ぶのは大変だったろうに。


「ヒルダさん、ありがとうございます」

「いえ、何事も無く起きられたようで、安心致しました」


 モニカさん達の後ろに立っていたヒルダさんに感謝しながら、ベッドの横に立つ。

 部屋の中には他にも、ユノとエルサ、フィリーナやアルネ、ハーロルトさんまでいる。

 皆、心配してくれたんだろうなぁ。

 ユノとエルサは、何故かソファーで気持ち良さそうに寝てるけど……。


「りっくん!」

「うわっ!」


 部屋を見渡してると、横から何かにぶつかられた。

 俺が見ていなかった所にもう一人いたようだ。

 その人は俺の事を呼びながら抱き着いて来た。

 支えきれなかった俺は、そのまま一緒にベッドに倒れ込んでしまった。


「りっくんりっくんりっくん! あぁ、本当にりっくんなのね!」

「姉さん……落ち着いて」

「りっくんと会えたのに落ち着けるわけないでしょ!? どうしてここにいるの? 学校はどうしたの?」


 姉さん……この世界に学校なんて無いよ……。

 無い……よな?


「陛下……その……大変申し上げにくいのですが……年頃の陛下が男性に抱き着いているというのは……」

「はっ! ……コホン」


 ハーロルトさんが、姉さんに抱き着かれて身動きの取れない俺を見ながら、言いにくそうに注意した。

 確かに傍から見たら、ベッドに倒れ込む男女って……只事じゃないよね。

 姉さんは周りに人がいる事に気付いたのか、俺から体を離しながら咳払いをして立ち上がる。

 授与式で着ていた鎧では無く、ドレスを着ている姉さんに目を奪われそうになった。


「リクさん、本当に女王様の弟なの?」

「姉さんと言っているしな……陛下の方も親しそうだ」

「しかし、陛下にご兄弟はおられないはずですが……」

「でもあの様子は只事とじゃないわよ?」

「なにか男女間の事情か?」

「陛下には今まで親しい男性はおられませんでした。それがあんな……」

「えーと……」


 俺がベッドから立ち上がるが、他の皆は顔を寄せ合ってひそひそと何事か話している。

 俺と姉さんがどういう関係なのか、話し合ってるみたいだ。



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