第41話 ヘルサルの街をゴブリンの軍勢から守ろう



 そこは戦場だった。

 生きるか死ぬかの場所でしかない。

 門が開けられ突撃した俺達は、ひたすら目の前に来るゴブリンを切り捨て続けた。

 戦闘開始からどれくらいの時間が経ったのかはわからない。

 ただゴブリンを切る事だけを考えてた。

 幸いゴブリン単体では弱いため、皆がしっかり戦えていた。

 今のところ怪我人はいないようだ。

 さすがは訓練された人達だね。

 近距離部隊はまず第1部隊、俺がいるのもそれなんだけど、その第1部隊が突撃。

 数を減らしつつ時間を稼ぐ。

 しばらくすると再度門が開いて第2部隊が突撃、それに合わせて第1部隊が後退し、街へ帰還する事になっている。

 数日は防衛しないといけないから、部隊を数個に分けて交代で突撃と防衛を繰り返す。

 Eランク以下の冒険者は後方支援、Dランク以上の冒険者は攻撃部隊になってる。

 ゴブリン数匹程度ならEランクやFランクでも戦えるけど、数が多いと対処できない可能性が高いし、高ランクの人の邪魔になりかねないからとの事らしい。

 ゴブリンの数が一番多く、一番激しい戦闘が行われると予想される最初の突撃を任された第1部隊はCランク以上で固められてる。

 マックスさん、マリーさん、ソフィーさんは当然この中に入るけど、モニカさんはヤンさんがCランク相当の実力があると判断し、この部隊に編成された、連携が取りやすいというのも理由だ。

 兵士の方も第1部隊には実力者が揃えられているらしい。



 もう何匹ゴブリンを倒したのだろう。

 数えるのも馬鹿らしくなるくらいのゴブリンを切り倒しながらふと気付いた。

 ゴブリンの中に棍棒ではなく剣を持ってる者、弓矢で離れて攻撃してくる者、魔法で攻撃してくる者、盾でこちらの攻撃を防ぐ者が混じっている。


「ちっ、ただのゴブリンだけじゃないとは思ってたが、こんなに上位種が混じってやがるのか!」


 マックスさんが俺の近くで剣を持ってるゴブリンを両手剣で切り倒しながら叫んだ。

 ゴブリンの上位種……以前マックスさんに教えてもらったっけ。

 確か、ゴブリンソードが剣を使って、ゴブリンアーチャーは弓矢を、ゴブリンマジシャンは弱い魔法を、ゴブリンナイトは盾で攻撃を防ぐ……だったっけ。

 通常のゴブリンは単体だとFランク冒険者で簡単に倒せる強さだけど、その上位種になるとEランク冒険者でも苦戦する事もあるらしい。

 複数が集まると多少ながらも連携を取り始めるため、討伐難易度はさらに上がる。

 最初は通常のゴブリンしかいなかったため、突撃した皆は楽々切り倒せていたけど、上位種が出て来た今は1匹切り倒すのに時間がかかっている。

 圧倒的に敵の数が多いのに、敵を倒す速度が遅くなるとさらに数で押され始める。

 今はまだ大丈夫だけど、疲れ始めたらどうなるか……。

 それでも何とか援軍が駆けつけてくれるまで耐えないといけない。

 少しでも数を減らして、交代する部隊を楽にさせないと!

 そう思う一心で俺はゴブリンをひたすら切り続けた。

 俺が力を込めて剣を振れば、敵のゴブリンは上位種である事も関係なく、粗末な剣を持っているゴブリンソードは剣ごと切り裂き、木の盾で防ごうとしたゴブリンナイトは盾ごと切り捨てられた。

 魔法や弓矢を使うゴブリンは外壁から飛んで来る遠距離部隊の攻撃で蹴散らしている。

 マックスさんに貰った剣が丈夫なのか、野盗に襲われた時にセンテで買った剣のように折れる事は無かった。

 さすがに刃こぼれくらいはしてるだろうから、この防衛戦が無事に終わったらマックスさんに教えてもらってちゃんと手入れしないとね。


「ふん! ふぅ、さすがだなリク、次々とゴブリン共を倒してるじゃないか」

「っ! さすがなのはマックスさんですよ。そっちもかなりの数を倒してましたよね。しかもそんな大きな両手剣を使ってまだ疲れてるようには見えないなんて」

「まあな。まだまだ若い奴らにゃ負けてられんよ。それに獅子亭の昼や晩の戦に比べればまだマシだ。ふん!」


 マックスさんは俺の身長くらいあるデカイ剣を持ち上げ、軽々振り下ろして近くのゴブリンを切り倒す。

 よくそんな重そうな剣を振れるよなあ。

 力任せに敵を切り捨てる俺もどうかと自分でも思うけど。

 俺もマックスさんも簡単に話してるけど、マリーさんやモニカさん、ソフィーさんはそんな余裕はなさそうだ。

 そもそもマリーさんは魔法がメインだから本来は外壁上の遠距離部隊のはずだけど、何故か自分からこの部隊に入った。

 魔法を細かに使いつつ、細身の剣でゴブリンの急所を的確に突いているのはさすがとしか言えない。

 モニカさんも槍で何とか戦っているけど、こちらはまだ経験が足らないのかゴブリンを倒すペースは速くない。

 ソフィーさんは素早い動きでゴブリンを翻弄して剣で華麗に切り捨ててる。

 けど、3人共さすがにそろそろ疲れが出ているのが俺から見てもわかった。

 もうどれくらいの時間戦ってるのか、2,3時間は軽く過ぎてるとは思う。

 上位種もいる中これだけ戦って、怪我人はさすがに出てるけど、まだ死者が出てないのは第1部隊が実力者で固められてるからか。

 でもさすがにそろそろこちらにも被害が出そうだ。



 その後またしばらくの戦闘を続け、日が傾いてき始めた頃外壁上から号令が出た。

 昼から夕方くらいまで戦ってたのか……。


「門を開け! 第1部隊は後退、第2部隊突撃! 遠距離第1部隊も後退して第2部隊は前に出ろ! 怪我をした者は手早く治療し、次の戦闘に備えろ!」


 その号令が出てすぐ、門が開き始める。

 門の向こうに第2部隊が突撃用意をしているのが見えた。

 ようやく交代だ、体はまだあまり疲れてないけど、精神的に結構疲れた。

 さすがに初めての戦場で、ひたすらゴブリンを切り続けるのは辛いな。

 怪我人優先で俺達は後退を始め、第2部隊が突撃を開始するため、門が完全に開いた時……俺は油断した。

 慣れない戦場で気を張り続けた事で、ようやく休める瞬間が見えたから気が抜けたのかもしれない。


「危ない!」


 モニカさんの声で瞬間的に気を持ち直したところで気付く。

 ゴブリンアーチャーの放った矢が俺に目掛けて飛んで来ていた!

 しっかり気を張っていたさっきまでなら、飛んで来た矢は避けるか叩き落せていたけど、気付くのが遅れたせいで、今から剣を振ろうにも間に合わない。

 矢は俺の心臓部分を狙って一直線に飛んで来た。 


「ぐっ!」


 矢から逃れられないと思った瞬間、俺の前に誰かの体が入り込みその体に矢が深々と突き刺さった。


「……マックスさん!?」


 俺の前に入り込んだ体はマックスさんの物だった。


「まだ油断するんじゃねえぞリク。ぐぅ!」


 マックスさんの右肩に矢が突き刺さっていた。


「父さん!」

「アンタ!」

「マックスさん!」


 モニカさん、マリーさん、ソフィーさんが叫びながらマックスさんに走り寄る。


「このくらい大したことねえ。死にゃしねえから心配するな」


 そう言いながらもマックスさんは痛みで顔をしかめている。

 俺のせいだ……。

 俺が油断したから……。

 マックスさんが怪我をした……。

 こんな戦がなければ……。

 こんな……!

 オレガモットタタカエテイレバ……!


「!?」

「リクさん!?」

「これは一体!?」

「おい、リク!?」


 俺の体から魔力が溢れた。

 4人が俺を驚いた顔で見ているけど、俺はそれに対して返す余裕もない。

 今はただ、この戦を終わらせることを考える。

 ただ、これだけは皆に伝えないと。


「マリーさん、モニカさん、マックスさんを連れて門の中へ逃げて下さい。ソフィーさん、外壁上の人達も含めて全員街の中に下がって下さい。エルサ頼む、お前もソフィーさんを手伝ってくれ。……マックスさん……すみません」

「リク、アンタ……」

「リクさんは!? リクさんはどうするの!?」

「リク、何をしようとしてるんだ?」

「……わかったのだわ。契約者の意志に従うのだわ」


 エルサはすぐさま俺の頭から離れ、自分で飛び始める。

 他の皆はまだ動かない。

 今は説明してる時間はない。

 溢れる魔力をそのまま周りに叩きつけながら叫ぶ。


「皆早く! 早く行け! 門を閉じて絶対に外壁の外に出るんじゃない! 出来るだけ西門から離れるんだ!」

「「「「!」」」」


 俺の魔力を叩きつけられた皆は、弾かれたように動き出した。


「死ぬなよ! リク!」

「中で待ってるわリクさん!」


 マックスさんとモニカさんの声が最後に聞こえ、俺は笑顔だけを返しておいた。

 うまく笑えたかわからなかったけど。

 魔力が溢れてそれを留めるのに必死だから。

 もう声を出す余裕もない。

 ゴブリン達は俺の魔力に押されてか、今は向かってこない。

 皆が外壁の内部へと入っていく。

 さて、そろそろ始めよう。

 魔法はイメージすることが大事だとエルサが言っていた。

 ならこのあふれ出ている魔力すらもイメージで変換していけば……。

 俺は周りを窺う事すら辞め、ひたすらイメージを練る事に集中した。



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