第16話 森の探索中に遭遇したもの



 森の中を歩く。

 前の世界ではアウトドアをした事は無いから、こういった自然の多い場所を歩くのは不慣れだ。

 地面はコンクリートで舗装されているのが当たり前の生活だったから、いきなり森の中を歩くのには不安がある。


「あ」


 森に入って1時間程で気付いた。

 街の近くにあるのだから、誰かに森の事を聞いておけば良かった……。

 モフモフの事しか頭になかったため、かろうじて食べ物の準備はしてはいたが、誰かに森の情報を聞いて参考にするという事は考えつかなかった。

 まあ、街の近くにある森だから、そこまで危険はないだろうと楽観的にみているが、ここは異世界、何があるかわからない。

 一応の警戒はしつつ森の中を進む。

 木々は森というイメージ程密集しておらず、枝葉や木々の隙間から日はさしてきているので、時間間隔や方向を見失うという可能性は少なそうだ。

 夢に出て来た場所が何処にあるかはわからなかったが、何となくこっちの方向という感覚で進む。

 何故かはわからないけど、何処に向かって進めばいいのかは感覚でわかっていた。

 森の中で闇雲に進むのは危険なのは知っているけど、進めばいい方向が分かるのは、森初心者の俺の不安を軽減させてくれた。


「どこまでこの感覚を信じればいいかはわからないけど……」


 せめてものにわか知識として、数十歩歩いたら近くの木にナイフで傷を付け、来た方向とこれから向かう方向の印を付けて行く。

 もし迷ったとしてもこの目印を見れば何とかなるかもしれないから。

 あまり動き回らず、感覚を信じて目的地と思う方向に直線で進んでいく。

 印と合わせて、最悪の場合森に入った場所へと戻る事が出来ればなんとかなるはず。

 日が傾き始めたら一旦戻る予定にしている。

 初めての森で、初めての野宿はしたくない。


 ……ガサ……ガサ……


 体感で1時間程進んだ時、俺の後ろから音が聞こえた。

 生えている植物を踏んだりかき分けたりするような音だ。

 森に住む動物か?と思い振り返る。

 この時まで俺は、色々なところで聞いていた野盗という存在を忘れていた。

 というより、野盗という存在に対して現実感がなく、勝手に自分に関係のある話だとは考えていなかった。

 危機管理の薄い前の世界での感覚のままでいたという事なのだろうと思う。

 危険な事というのは知っていても、それが自分に降りかかる事だとは現実味を持って理解はしていない。

 それでも、ここで会ってしまった。

 何故この森に?野盗は街道に出るのでは?と思ったが、少し考えただけでわかる事だった。

 野盗は街道を行き交う人達や馬車を襲う。

 いつも街道に待ち構えて襲うわけではないだろう。

 そんな事をすれば兵士等を派遣されて一網打尽だ。

 ではいつもはどこにいるのか?

 答えは森の中。

 森に入らなければ奥に何があるのかは見えない。

 森に身を潜めて、機会を窺い、街道を行き交う人達へ襲い掛かるのだろう。

 警備をする人達もそれはわかっていて捜索はしているはずだけど、森のどこに潜んでいるかはわからないから今まで捕まっていなかった。

 つまり、森の中に入るという事は、野盗のところへ態々自分から侵入していったという事。

 しかし後悔しても遅い、振り返った先にいたのは野盗と思われる男だった。

 使い古したような皮の鎧を着ていて、顔は髭を伸ばし放題、見るからに強面のザ・野盗といった風貌だ。


「おっと、坊主、こんなとこに一人で入って来るなんてな。ここは危険なとこだぜ?」


 野盗と思われる男と目が合うと、一人でいる事に少し驚いたような素振りを見せたが、すぐに顔をニヤニヤさせながら言ってくる。


「かわいそうになあ、こんなとこで死んじまうなんて……」


 そう言って近づいて来ながら、男はナイフを抜いて構えた。

 人を襲いなれてるのか、男は落ち着いてこちらにナイフを向けつつ、悠々と近づいて来る。

 俺は落ち着いてなんかいられない。

 誰かに刃物を突き付けられた経験なんかないし、多少の喧嘩くらいはした事があってもはっきりと命を狙われたことなんてあるわけがない。

 全身から冷や汗が噴き出るが、それに構う余裕もなく、心臓の鼓動はうるさいくらいドクドクと鳴っている。

 何とかここから逃げ出す方法を考えなければ……。

 幸い男は一人で獲物はナイフ。

 戦闘の経験は向こうの方があるのは当たり前だが、こちらはナイフより長いショートソードを持っている。

 何とかして一発与えて逃げる事が出来れば……。

 腰に下げている、昨日買ったばかりのショートソードを抜く。


「無駄な抵抗なんざしても、意味はないぜ?」


 ニヤついた顔で男は言い放ち、ナイフを持って襲い掛かってくる。

 俺はショートソードを両手で握り(手に汗をかきすぎて片手だと滑りそうだから)、正眼の構えを取る。

 前の世界で剣道の試合を見ただけの見様見真似だった。


「剣なんて持って、危ねえだろ!」


 まずは剣をと思ったのか、男はナイフで剣を叩き落そうと横なぎに腕を振るう。


「うあああああああ!!」


 それからはもう必死だった。

 相手に対してひたすら腕を滅茶苦茶に振った。

 剣の型も何もない、完全に素人の振り方。

 力の入れ方も滅茶苦茶で、ただ振りながら剣を落とさないように柄を強く握りしめる事だけを考えた。


「うお!?」


 男の方はいきなり剣を振り回し始めた事に驚いたのか、ナイフで剣を捌こうとしているが、長さの違う剣とナイフ、両手で強く握りしめている剣と片手で持つナイフ。

 何度かナイフに剣が当たった時、油断しきっていた男はナイフを取り落とす。

 冷静ではない俺は、それにすら構わず剣を振るった。

 男の右腕を浅く切り左腕に剣の腹を打ち付けた。


「ちっ!」


 男は後ろに軽く飛んで距離を離す。


「はあ……はあ……はあ」


 それを見て剣を振るのをやめ、また見様見真似の正眼の構えに戻す。

 今の数秒だけで、息が切れ、腕もガクガクだった。


「……仕方ねえ、今は見逃してやるよ……」


 ナイフは俺の近くに落ちているため、剣を持った相手に素手は分が悪いと思ったのか、俺を睨みつけながら後ろに下がって行った男はそのままこちらに背を向けて走り去っていった。


「や、やった?」


 男が見えなくなったあたりで、地面にへたり込んだ。


「はあ……はあ……」


 何とか息を整えようと荒く息を繰り返しながら、震える手で鞄から革袋に入った水を取り出して飲む。


「ゴク!ゴク!ゴク!……はあ……はあ」

 半分近くを一気に飲み干し、乱れた息を整えていく。


「はあ……はあ……ふぅ……」


 なんとか息を整えて、剣を支えに立ち上がる。


「こ、ここにいちゃ駄目だ、すぐに離れないと」


 男はいなくなったけど、もしかしたら仲間を連れてくるかもしれない。

 もしかしたら別の野盗に見つかるかもしれない。

 森の外へ出るために今まで来た道を戻りたかったけど、そちらは男が去った方向。

 同じ方向に行くのは危険と判断し、逆方向へ歩き始める。

 周りへの警戒よりもまず距離を稼ぐべきと考え、疲れるのも構わず先程よりも速足でその場を離れる。


「はあ……ふぅ……ここまで来ればなんとか……え?」


 しばらく歩いて、疲れた体を休ませるように木にもたれかかった時、森の中の空気が変わった気がした。 

 今までは、木が多いために空気が濃く新鮮だったのが、今は違う。

 圧迫感のような空気になり、疲れている体には息をするのも辛くなるような空気。

 この周辺だけがそんな空気になり、威圧されているような感覚。

 圧迫感と威圧感で、普通なら早くここから離れたいと思うのかもしれないが、俺は逆にそれが心地良いと感じている。

 何故なのかわからず、俺は辺りを見回す。


「あれ?ここって……」


 そうして気付く。

 目線の先、数メートル行った所の木々が倒されている事に。


「夢の場所……」



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