第34話 12月22日

 そのクリスマスパーティーっていうのに私を誘ってくれるのが仮にね、仮の中の仮、仮々にね、店長だったとしてさ、私がそれをオッケーするとその日に結ばれちゃって、で、結ばれると私は舞い上がってしまってそのテンションで胸元のダイナマイトは爆発して、そうなるとどんどん世界の流れは狂ってヤバい感じの地球で暮らして、どのくらい先なのかわからないけど、ついには地球はデストラクションしちゃってなくなって、ごく一部の人類は違う星へ旅立つことになる。

 逆に、逆にだよ? 断るとするよ。それだと私は店長とは結ばれない。あ、仮ね、店長は仮。そっちを選択したら地球はこのままのんびりと呑気に時を重ねるっぽい。結ばれなかったとしても私も店長もみんなも穏やかに――いや、ほんとのところ穏やかかどうかなんてわからないけど、すくなくともまともな地球で人生を全うすることになるんだよね。


 どっちがいいかなんて考えなくたってわかる。

 世界を賭けたクリスマスパーティーなんて聞いたことがない。やっぱ断るしかないよ。

 なんて、決断した風だけど、部屋ん中はさっきから煙が充満してて導火線がジリジリいって燃えてる音がしてるんだ。店長のことで頭がいっぱいでまた熱でも出そうだよほんと。

 はなさんは朝早くに出かけて行った。宇宙船だかタイムマシンだかの確認をしに行くらしい。私もついて行こうとしたけど、煙が酷くって外に出らんなかったんだ。そんなだから今はこうして部屋の真ん中で座禅を組んで精神統一を図っている。なんとなくスマホでお経を流してるけど、その言葉の意味まではわからない。でもそれじゃ罰当たりは気がして、お経 とはって検索したと同時にスマホが震えた。店長からのメッセージだった。まさか、クリスマスパーティーのお誘い……?

『パン買ってきてください👾』

 パシリかよ。そうだよな、朝に連絡あるときはいつもパン買ってこいってやつだもんな。なんとなく察してたけど!

『何がいいんですか?』

 すぐ返信がきた。

『お前が選んだやつならなんでもいいよ🥪👾✨』

 ……は? なにそれ。私が選んだパンを食べたいってこと? なんなの、今までそんなこと言ったことなくない!? 煙で画面が見えないんだけど!

 なんか動揺してしまって『調子のんなよ』って返事した。ぶっきら棒になっちゃったんだけど了解の意思は伝わってるかな。たぶん大丈夫だよね。既読マークついたし。ってか、とくになんの返信ないんだけど。さすがにメッセージ上の無視はグッとくるものがある。黙って買って来いつってんだよ! とかそういうのがほしいところなんですけど、なんなの、言わなきゃわかんないの。しばらく待ってみたけどスマホからはお経が流れるばかりでなんだか切なくなった。


 いつもどおり巨大なお団子頭を作ってからオレンジ号を担ぐ。階段を降りるときはいつもガンガンガンって乗ったままで発進するんだけど、今日ばかりはその衝撃でダイナマイトが爆発しそうな気がしてやめておいた。

 あーもう。ほんとどうでもいいんだけど、店長に買っていくパンは何がいいんだろう。新作の焼きそばパンはマジでおススメしたいくらいだけど朝食には重いような気もする。タマゴサンドはこの前食べたそうにしてたから外さないと思う。でもそれじゃなんかこう、期待に応えられてる気がしないし、もっといい変化球で驚かせたい気持ちがある。――なんてことを考えてる最中も襟首のところから煙が漏れ出してたんだけど、オレンジ号で走ってる分には煙が風に流れてあんまり気にならなかった。人目はそうとうヤバいけど当然無視してやった。


          *


「おはようございます」

 意識を宇宙らへんに飛ばして超然とした面持ちで店に入る。店長が訝しげな顔で迎えてくれた。

「おはよう。なんだよ、今朝はいかめしいな」

 そんなことないんすけど! なんて言おうもんなら際限なく煙が噴き出しそうだったので、無言で買ってきたパンを差し出した。

「味噌カツサンドってお前」

「日本人の朝は味噌だと思ったので」

 店長はめでたく地球人認定されたので。

「だからなんでそんな仏頂面なんだよ」

「いろいろあるんで」

 ほんと、いろいろあるんで……。まず、宇宙人だって疑っててゴメン。昨日見つかったよ。

 あとね、はなさんから聞いた話は店長にも伝えておきたかったけど、ダメなんだ、どう話していいのかわからない。いやぁ~なんか私が気になってる人(店長)にダイナマイトが反応しちゃうみたいで、それでその人(店長)といい感じになると爆発しちゃうみたいなんすよね~つって? ほとんど告白みたいになってるんだけど! 無理でしょ! ぼかして話すにしたって、このモヒカンは腹立つくらいに察しがいいし突っ込まれでもしたら上手く立ち回れる自信ないよ。

「つーか環、明日ヒマ? またマウンテンバイク?」

「……」

 明日って、なんだっけ。二十三日でしょ、クリスマス・イブイブだけど、なんだったら今日はイブイブイブだけど、まさかパーティーってわけじゃないよね……? スマホを見た。祝日だけど水曜日だからお店はお休みのはずだし、マウンテンバイク一緒に乗りに行ってくれるのかな。いや、違うな。別の何かを誘おうとしてるんだよこれ。どう返事しよう。

「ひまじゃぁぃです」

「え、どっち?」

「うぅー、どっちでもないですし、どっちでもあります」

「禅かよ」

 くぅー。やっぱり曖昧な返答じゃツッコんでくるんだよなぁ。

「明日なんかあるんすか? 場合によってはヒマです」

「ドライブ行くぞ」

 グッと胸元が熱くなる。これは煙が出ちゃうやつだ。こんな状態でドライブなんかしたら私が灰になってしまうのでは。

「えっと……」

「いや、ばあちゃんから預かってたレコードの査定がもう終わるから、今年のうちに支払っておこうと思って。なんか用事あんなら俺ひとりで行くけど」

「あ、そ、そうっすよね! ドライブデートなわけないっすよね!? なんだよビックリさせんなよー!」

 背中をばこばこ叩いてやった。いろいろ誤魔化すのに必死だった。

「いてぇよ、グーで殴んじゃねぇっつてんだろ!」

「へへ」

「なんなんだよお前、ちょっとおかしいぞ」

「うるさいおかしくない」

「……だったらいいけど。じゃあそういうことで今日もワンオペよろしく」

「は? 不満しかないんすけど。そういうことで、って言葉で世界がうまくまとまると思うなよ」

「……」

 店長はいつもの無視でバックルームに引っ込んだ。

 結局この日はなにも起こらなくって、無事に生き延びた。はなさんに報告するとケラケラ笑われちゃって照れたあとにぎゅううって抱きしめてもらったけど、明日こそはまじでヤバいんじゃないかなって、そう思う。もしクリスマスパーティーに誘われたらどんな顔して断ったらいいんだろう。よくわからない。OKするときの言葉ならいくらでも思いつくのに。

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