第4話 店長って宇宙人なんですか?
レコードの声の主、ネル・ミラクルは言っていた『仲間はUFOでお好み焼きで私のすぐ側にいる』って。お好み焼きはわかんないけど、私のすぐ側にいるUFOな人ってそれ……どう考えても店長しかいないじゃん。だってここレコードショップ『UFO』だよ? そこの店長だよ! 絶対この人じゃん! って思う自分を、いやいや、あんな話を真に受けてどうするのって自分が冷めた目で眺めてる。
直接、宇宙人なんすか? って、訊いてみたらいいんだろうけど、万が一にも未来人で宇宙人だったら私がどうなっちゃうかわかんない。最悪、性的な意味じゃない方で喰われるかもしれない。よくてもバイトはクビになるだろうし。ましてや、おぉーよくわかったなぁ偉いぞ!とはならないことだけは絶対に間違いない。どちらにせよリスクしかないんだし、いっそ知らなかったことにした方がよくない? いや、ダメかもしれない、未来が大変なことになっちゃうみたいだし。見て見ぬ振りしちゃいけないかも。
悩むなぁ。あぁーでもやっぱ、店長って宇宙人なんすかぁ? とかやっぱいえないな。俺の星での流儀だ、とか言ってモヒカン頭にされそう。それから喰われそう。それはさすがに惨すぎる。
「喋ってるだけか。ほしい人には売れるかもだけど、うちで取り扱うのはちょっとな」
「そ、そうなんすね。じゃあ、これどうするんすか?」
「お客さん的には、値がつかないものもまとめて引き取ってほしいってことだから、最終的には箱売りだな」
「レコ箱一箱分でいくら、みたいなやつっすね」
「そうそう。バックルームに箱売りまわすコーナーを作ってあるからそこに置いといてくれ。最後に選別するわ」
「は、はーい」
出しっぱだったハンディモップを所定の位置に戻してから、素知らぬ顔でバックルームへ入る。
「それやったら上がっていいからー」
背中の方から声が聞こえて、掛け時計を見るともう夕方になってた。基本的に私のシフトは早番ばっかりだ。閉店までシフトが入っていることはほとんどない。でもお金がほしいからちょっと粘って働くことも多いんだけどさ。
結局、ソノシートは持って帰るわけにもいかず、箱売りコーナーの集められたレコードの間に隠すようにして挟んでおいた。万が一、店長に聴かれでもしたらマズい気がする。たぶん大丈夫だと思うけど、レコード大好きモヒカンだし、念のために隠した。
今日はもう素直に上がろう。
いまどき手書きのタイムカードってどうなのって思いながら、三十分間水増しした退勤時間を記入してやった。肉体労働の対価である。時給980円だから、その半分だと490円余計に貰えるってことになる。私は完全にあぶく銭である490円を来月のお給料でゲットするのだ。するのだから、コーヒーをLサイズにしたっていいよね。いいはず。
エプロンを脱いでロッカーにしまう。アルバイト従業員は私しかいないし、店長は二階に自室があることもあって、三人用の無駄に大きなロッカーは私の専用だ。勤務三日目にしてどこを開けても私の私物でもりもりになっている。
ロッカーに備え付けてある鏡を見るとやたら疲れた顔した自分がいてびっくりした。老けてる! トレードマークのお団子頭もほつれちゃってるし。普段から身だしなみに頓着する方じゃないけどさすがにダメだ。しゃっきりしてから戻ろう。
乱れを整えてロッカーから上着とリングノートとペンケースを持って戻ると、店長は間抜けな顔で頬杖をつきながらカウンターでノートパソコンを眺めてた。完全にサボりをキメてやがる。職務怠慢も甚だしい。
「許さんぞ、悪徳経営者め」
「はーい」
また話聞いてねぇ。
「……はいはい言って詐欺にでもあわないか心配っすよ」
さっきからずっとネル・ミラクルの虫みたいな声が頭の中でぐるぐる回ってる。
とにかく早急に日常を取り戻したかった。だからいつもどおりの日課に取り組むことにした。
私の日課のひとつ。それはバイト終わりにここで絵を描くことだ。
カフェとかファミレスとか、そういうところでじゃなくって、ここレコードショップUFOで描くことを日課にしてる。初めてお客さんとしてここに来た日から二年間も続けてきたことだし習慣になっちゃってるのもあるんだけど。気分転換も兼ねて作業場所をコロコロ変えるより、ルーティンワークみたいに固定した方が私にはあってるっぽい。
「店長ー。コーヒーの大きい方もらいまーす。あ、カフェラテにするっすね」
「はーい」
小さいマグカップにすこしだけ注いで、残りは家から持ってきた保温ポットに入れた。これはあとで飲む分。
「お金、レジんとこに置いとくんでー」
「はーい」
『はーい』連発だった。心ここに在らずの今なら、なんだって『はーい』つって二つ返事で答えてくれそうな気がするんだけど。
「店長ってその髪型から察するに宇宙人なんですかー?」
思わず直球で投げてしまった。我慢ができなかった。
「あ? モヒカンにすっぞ」
ヒィッ! モヒカンにして喰うぞってこと!? や、やはり宇宙人なのでは……? いや、でも、このくらいの軽口なら、いつもとかわないかもしれない。それに記憶を失ってる可能性もあるみたいだし……って、なんで未来から来た宇宙人が存在すること前提になってんだろ。ってか、そこは『はーい』じゃないんだ。
「またよくわからんメルヘンなやつ描くんかよ」
そう訊かれて、はじめて思った。店長を描いてみようって。だって宇宙人かもだし。宇宙人で未来人かもな人が目の前にいるのに描かないわけない。絶好の被写体だ。
「なんすか、バカにしてんすか。めっちゃエロい店長描くっすから、動かないでください」
「まじ? エロかっこいい感じで頼む」
「モヒカンが揺れてるんで」
「意識的に停止できるわけねぇだろ」
「意思ありそうっすけどね……」
母星と交信するためのなんかアンテナ的なやつに見えなくもないし。意思を待つモヒカン、ちょっといいかも。
店長こと、音生(おとお)さんは背が高い。実際は180センチもないのかもしれないけど、頭が小さい上に細身だしスラっとして見える。なによりトレードマークのモヒカンヘアが身長をカサ増ししてる。私も負けじと鞠みたいなお団子頭で対抗してるけど、インパクトではぜんぜん敵わないよほんと。
非常識なモヒカンヘアだし、いっつもボロいデニムに、聞いたこともないバンドのグロいデザインのツアーTシャツやら真っ黒なパーカーを着てるけど、顔面だけど見ると意外と柔和な感じがする。そのギャップがサイコな感じでわりとかっこいい。いや、まぁでも、実際はギャップなんてそんなになくて、普通にちょっと怖いんだけど。歳は私の八つ上だから二十七歳かな。商店街に店を構えてる人たちの中では若い方だし、この歳で自分の店を持ってるとか素直にすごい以外の言葉が見つからない。
リングノートを広げシャーペンを取り出して背景をざっくりと描いていく。
木製のカウンターと、その後ろの棚にあるコーヒーマシン、コースターの山、マグカップ、トースターに小型冷蔵庫、カウンターの上にはレコードプレーヤーとヘッドフォン。あとおまけで店長。おまけの人はカウンター内でノートPCを覗きながらだらーんとしてる。絵に描くつってんのに全然緊張感とかないけど、妙に生活感のある店のこの雰囲気が私は好きだ。その匂いまで描きとりたい、そう思う。
気づけばやたらハードロック調の蛍の光が鳴っていた。閉店時間だったらしい。結局、店内の小物は超が付くくらいラフにして、店長から描き込んでいったんだけど、ものすごいリアルなタッチになった。なんだかわかんないけどサムライ的な劇画感がある。色っぽいっちゃ色っぽい。
「おぉ、新境地ってやつだな。いいんじゃね」
「は? まだ途中なんで!」
カウンターから身を乗り出すみたいにして絵を覗き込まれる。モヒカンの毛先かおでこに当たってくすぐったい。いつもならモヒカンをモシャモシャ食べる勢いでドヤ顔をキメるとこだけど、なぜだか急に恥ずかしくなって、胸が熱くなるのを感じた。俯いたままで、店長の顔を直視できなかった。ざわざわする。初めての感覚だった。ノートをしまってマグカップを洗い終えると、そそくさと退店する。
「お、おつしたー!」
「おー気をつけてな。おつかれ」
笑いかけられると更に体が熱くなった。逃げるみたいにしてマウンテンバイクに飛び乗って走る。繁華街を抜けるころには火照った頭も冷えて、ようやく普段の感覚が戻ってきた気がする。なんだったんだろう。
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