第3話 ムシ声のネル・ミラクル

 いそいそと店内も戻ると相変わらず閑古鳥が鳴いていた。

 この時間でお客さんゼロって。もしかして世界が終わったんじゃ……なんて思って外を見ると、わりと人通りがあったから安心した。安心している場合ではないけど。お給料は大丈夫なのかな。未払いは許さんぞ。


 呑気なBGMはさっき聴いたとこをリピートしてる。店内BGM用のオーディオはCDとレコードどっちもに対応しているんだけど、今日みたく手が離せないときはCDのリピートが都合がいい。

 音楽を止めて、アンプのチャンネルをレコードに切り替えた。カウンターに設置されたターンテーブルの電源も入れて、ソノシートの真ん中の穴を合わせてのっける。

 スイッチをパチッと叩くとターンテーブルがぐるぐる回転するんだ。

 三十三回転――一分間にそれだけぐるぐるする。他にも四十五回転とか七十八回転とかあって、それぞれのレコード盤に合わせた速度で回さないとダメなんだよね。いまは三十三回転でオッケー。……たぶん。

 こうしてぐるぐるさせるだけじゃ音は鳴らない。なぜなら、音っていうのは空気の振動だからだ。

 レコード盤には、その空気の振動を記録した音溝おんこうっていう小さな溝が掘ってある。回転したレコード盤の、その上にレコード針を落とすと、針の先端が溝に沿って走って小さく振動するんだ。振動っていっても、目で見てわからないレベルにだけどね。その小さな振動をカードリッジっていう機械で電気信号に変換して、アンプで音を膨らませて、スピーカーを通してはじめてやっと耳に届く。単純そうで意外と複雑なんだ。


 なにが鳴るかわかんないからボリュームをすこし下げて、ゆっくりと針を落とした。

 針がレコードに着地した瞬間の、その僅かな衝撃を、ボッと音で拾う。

 サッ――サッ――サッ……。

 ソノシートの外周部から、音の刻まれた内側の溝へと針が進む。

 音を拾う。今度こそミュージックスタートだ。


『あ、あー テステス 聞こえ、ますか――』


 え、喋ったんだけど……なにこれ。これって、あれかな? 音楽とかじゃなくって、なに、メッセージ系の方だった? 店長が言ってた『当時のアイドルがファンに向けたメッセージ』の方だとすると、この声の主はアイドルとかなんでしょ。それがなんでこんなヘリウムガス吸ったみたいな声なの。虫っぽいんだけど。

『環、キミは、三輪環で間違いない、かな?』

「え、あ、はい。間違いないです」

 すぐ側で話しかけられたみたいに錯覚して謎の声の主に思わず返事してしまった。

『返事は、いらない。私には、キミの声は届かない。ただ、レコードを止めずに聞いているということは、本人で間違いないということで、話を進めると、する』

 なんだか怖くなって思わずレコード針を上げそうになった。ザッザッザッと周期的にノイズが混じる。意味もなくノイズのタイミングを耳で追っているうち、止めるタイミングを見失いさらに話は進んでいった。

『私は、ネル。ネル・ミラクルだ。環の暮らす、今よりも、ずっと未来の世界の、地球外の星に住んでいる発明家だ。このような方法でしかコンタクトができず、心苦しいのだが、どうか許してほしい環』

 なに言ってんの……?

 自称未来人で宇宙人のネル・ミラクルは、ほんとに申し訳なそうな口ぶりだった。そんな風に話されたら私にはレコードを止めることができない、止めちゃダメな感じがした。それにちょっと馴れ馴れしい感じが嫌いじゃない。あとやっぱ虫っぽい。

『地球外生命体だからといって、恐れることはない。私たちは、元々は環と同じ地球人だったのだ。しかし、今からはるか昔……環の時間でいえばそう遠くない未来に、地球はダメになってしまうのだ』

「え、なんで」

『簡潔に説明すると、龍脈がデストラクションすることで時空構造に乱れが生じ、その結果すべてが無になり……終わってしまう。塵も思念も残らない。青いマザーアースは、なかったことになる』

 ……あの、言い辛いんだけどリューミャクとデストラクションからして意味わかんない。日本語吹き替えが必要かもしれなかった。

『荒唐無稽にもほどがあるか。しかし、信じてもらうしかないんだ。なぜなら、その崩壊へのトリガーになってしまうのが――三輪環、キミの存在なのだから』

「え、えぇ?」

『そうだな、こういえばいいかな……キミのダイナマイトが爆発する。わかるね?』

 わかんない。それで噛み砕いたつもりなの。そもそも所持してないしダイナマイト。なんなの、え、ダイナマイトってなに? なんかの隠語だった? 

『私たちは、キミを悪いようにはしない。私たちは、キミと未来を救うために、仲間を派遣した……な、なか、なか、なか、ま、ま、ま、……』

 声がループしだした。一度、針を持ち上げまた下ろす。後半へと進むにつれ針がびょんびょんジャンプしまくる。盤面が傷んで反っているみたいだ。

『しかし、私の仲間は転送時の衝撃で記憶を失っている可能性があるようだ……キミと未来の地球を救うためには、仲間の協力が不可欠なんだ……仲間は……私の…………UFO…………お好み焼き…………キミのすぐ側に……』

 UFOとお好み焼きがなんだって……? 肝心なところで針が飛ぶんだけど!

『地球のため、そしてキミと私たちのために旅立った、勇敢なる仲間を見つけてくれ。頼んだぞ……マイトガール、環……』


 そこで終わっていた。

 針が飛んでしまった部分――UFOとかお好み焼きとかって言ってた箇所を狙ってもう一度針を落としてみたけど、やっぱりダメだった。よくよく見ると盤面が火で炙られたみたいにグニャグニャしてるし、これじゃ音が拾えるはずもなかった。

「もしかしたらB面に……ダメか」

 通常、レコード盤は裏表で別の曲が収録されているんだけど、このソノシートに関しては片面しか録音されていないものらしい。針はあっという間に盤面を滑っていった。

 音が拾えないところも含めて、全貌を把握したい気持ちもあるけど、とりあえず今はいい。

 それよか私自身の名前が謎の声で呼びかけられた事実を、どう受け止めたらいいのかわからない。マイトガール環ってなによ、勝手に変なあだ名つけてんじゃないっての。……ちょっとかわいいけど。

「どうだったそれ」

 店長がすっかり冷めちゃってたであろうコーヒーを飲みながら戻ってきた。私はわかりやすくビクッてしてしまってひとり照れた。

「あ、いやー、なんかよくわかんないこと喋ってたっすね、音楽とかじゃなかったです」

 嘘はついてない。でも、隠し事はした。

 未来がどうとか地球を救えとか、そのあたりのことは言えなかった。

 なぜなら、このモヒカン店長が未来人で宇宙人かもしれないからだ――。

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