第78話:フィア・アルプス

 フィアが落ち着いたところでメリと神父がゆっくりと話を聞き、その間にリザがジルとヴィールを呼びにいく。

 最初は大勢で押しかけるのは良くないのではと思っていたメリだったが、フィアから助けてくれた人にお礼を言いたいのだとお願いされた結果だ。

 部屋にジルとヴィールが到着すると、二人はフィアの意識が戻ったことを喜び、そして仲間の死を弔ってくれた。


「……皆さん、私を助けてくれて本当にありがとうございました」


 フィアはベッドの上で体を起こせるまでに回復しており、部屋にいる全員に頭を下げる。

 仲間の死という辛い経験をした直後とは思えない姿に後から来た二人は心配していたのだが、メリとのやり取りを見ていた者はもう大丈夫だと信じていた。

 そして、ここからが本題である。


「アルプスさんの体力が動けるまでに回復したら、故郷か拠点にしていた都市まで送り届けようと思っています」


 ジルたちはフィアをいつまでもスペリーナに置いておくわけにはいかないと思っている。

 フィアが望めばその限りではないが、ここは全く知らない土地であり一人で生活をするには大変な部分があるだろう。その点、土地勘のある場所ならば多少はやりやすい面もあると考えていた。


「……あの、その件なんですが」


 だが、フィアは少し言い難そうにしながらも自分の意見を口にしてくれた。


「わ、私を、皆さんのパーティに入れていただくことはできないでしょうか?」

「俺たちの、パーティに?」


 突然の提案にジルは困惑顔を浮かべながらメリを見る。


「……フィアさん、どうして冒険者を続けたいんですか? 故郷に戻って暮らすのもいいと思いますし、拠点にしていた都市なら私たちよりも知っている人がいるはず。その人たちとパーティを組んだ方がいいんじゃないですか?」

「その、私は、ジェイドたち以外とはほとんど会話とかしたことがないんです。もちろん顔は知っていますが、その人となりは全く分かりません」

「それは私たちも同じですよ?」

「ち、違います! メリルさんは私に優しくしてくれましたし、迷宮から無理を押して助けてくれました!」


 何故だかとても必死に食い下がってくるフィアに疑問を感じながらも、ジルたちはその話を聞いている。


「拠点にしていたのはセルジュですが、あちらには頼れる人がいないんです!」

「故郷はセルジュなんですか?」

「故郷は……違い、ます」

「だったら、故郷に戻るというのは──」

「それだけは嫌です!」


 故郷の話になった途端、フィアは声を荒げて否定を口にする。その形相は必死であり、先ほどまでの落ち着いた様子からは程遠いものだった。


「フィアさん、落ち着いてください!」

「はあ、はあ、はあ、はあ……す、すみません、メリルさん」

「いいえ、私の方こそごめんなさい。でも、故郷に戻りたくないのには、何か理由があるんですよね?」


 話を聞けなければパーティに加えるのは難しい。それは命を預け合う仲になるといくことであり、信頼関係が何より重要なものだからだ。


「……」


 だが、フィアの口は固く閉ざされてしまい理由を教えてくれそうにはない。メリは加入を断ろうとした──その時である。


「いいんじゃないか、加えても」

「……えっ?」

「ちょっと、無責任すぎるわよ、ジル」


 まさか了承されるとは思っていなかったのか、フィアの口からは驚きの声が漏れ、メリからは呆れたような言葉が出てきた。


「赤の他人である俺たちのパーティに加入したいっていうくらいなんだから、それなりの理由があるんだろう」

「そうだと思うけど、命を預け合うパーティだよ? ジルはそれでもいいの?」

「本心は信頼できるようになってから組みたいけど、それって難しいんじゃないか? 俺とメリは幼なじみだし、ヴィールさんはリザ姉の旦那さんだから問題なかったけど、それがなかったら俺だって赤の他人とパーティを組むことになっていたんだ。冒険者なんてそんなもんだろう?」

「それは、そうだけど……」

「それにさ、メリ。人は誰にだって秘密はあるし、知られたくないことだって一つや二つじゃないはずさ。でもそれって、徐々に信頼関係を築いて初めて教えてもらえることなんじゃないかな」


 ジルの言葉にメリは何も返すことができずにただ黙っている。


「フィアさんとの信頼関係は、これから徐々に築いていけばいい。その過程でもし教えてもいいって思えたら教えてほしい。それでも良ければ加入してもいいけど、どうかな?」


 最後の言葉はフィアに投げかけられたものである。

 全員の視線がフィアに注がれると、断られると思っていた反動からか表情は驚いた時と変わらないのだが、その目からは自然と涙が流れ落ちていた。


「……その、本当に、いいんですか?」

「あぁ。フィアさんが良ければだけどね」

「お、お願いします! 足手まといにならないよう、頑張りますから!」

「メリもそれでいいよな?」

「……分かったよ。リーダーはジルだし、私もフィアさんを放ってはおけないもの」

「メリルさん……本当に、ありがとうございます!」


 フィアは再び頭を下げた。だが、今回は謝罪ではなくここから前に進むための感謝の気持ちからだった。

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