第70話:迷宮⑨
体長は四メートルに迫るほどに大きく、額からは一本の鋭い角が生えている。
筋骨隆々の肉体をさらけ出し、人型の魔獣は深紅に染まる双眸で四人を見据えていた。
「……こいつは、オーガか?」
「……いや、それにしては大き過ぎる。まさかとは思うが、オーガファイターか?」
オーガは人型魔獣の中でも大きくて筋肉もあり、まさに目の前にいる魔獣と似たような体型をしている。
しかし、目の前の魔獣はオーガよりも二回りは大きいサイズでこちらを見据えている。であればオーガの上位種だろうとヴィールはあたりを付けたのだが、まさにその通りだった。
「オーガファイターなら、肉弾戦を得意とするオーガの数倍は強いと思ってくれて構わない。これは、僕たちでも苦労するかもしれないな」
「それでも、やらないといけないんですよね」
「……あぁ、その通りだ!」
「二人とも、まずは私が魔法を使うわ!」
オーシャンズロッドを掲げたメリはそう口にすると、魔法効果の補正が掛かる水属性魔法のアクアボールを放った。
外の魔獣には明らかな威力過多を見せた魔法である。オーガファイターといえどダメージは受けるはずだと確信を持って放ったのだが――
『ゴオオオオオオオオッ!』
「う、腕で防いだの!?」
咆哮をあげながら右腕でアクアボールを殴り飛ばすと、凝縮されていた水が飛沫となり粉砕されてしまう。
しかし、アクアボールの発動と同時にアルとヴィールはすでに動き出していた。
武器の長いヴィールが正面から、小回りの利くジルは壁際から回り込むようにして近づいていく。
『グググ、ゴガアアアアアアッ!』
「うおっ! こいつ、巨体のくせに動きも速いのか!」
大きい相手と戦う上で機動力を削ごうと足元への攻撃を試みたヴィールだったが、左腕の薙ぎ払いが予想以上の速度で迫って来たこともあり一度後退する。
「こっちならどう――どわあっ!」
『グルアアアアッ!』
次いで横合いから迫ろうとしたジルに対しては地面を削りながらの蹴りが放たれ、抉り取られた石礫と共にジルの突進力を激減させてしまう。
その隙を見逃さずに腰を落として肩でタックルを見舞おうと突っ込んできたオーガファイターめがけて、今度は位の高い水魔法――ウォーターランスが放たれた。
『グオッ!』
「よし、ダメージがあったわ!」
貫通力に特化したウォーターランスはオーガファイターの左腕を貫いた。
腕の半ばで止まってしまったので致命傷とはならなかったが、それでも攻撃の手を緩めることはできるはずだとさらにウォーターランスを発動していく。
『ゴ、ゴゴ、ゴドオオオオオオッ!』
「ま、魔法! オーガファイターが!?」
ウォーターランスの猛攻を防ぐため、オーガファイターは両腕を地面に叩きつけると土がせり上がり、土の壁としてオーガファイターの盾になる。
全てのウォーターランスが土の壁に突き刺さり勢いを失うと、今度はその土の壁をオーガファイターが殴りつけて巨大な土の塊がメリたちに襲い掛かる。
「ウインドシールド!」
メリは攻撃から防御へと切り替えて風の壁を作り上げるウインドシールドを発動させ、土の塊を脇へと吹き飛ばしていく。
だが、直後には土の壁がなくなり一直線の距離をオーガファイターが駆け出していた。
「させるかよ!」
「これでもくらえ!」
『グルア!』
そこへ土の壁を隠れ蓑として近づいていたジルとヴィールが横合いから飛び出してきた。
足を止めてその場で打ち合いを始めたオーガファイターだったが、二人の武器が腕や足を傷つける逸品であることを悟ると即座に飛び上がり後方へと移動する。
筋肉の鎧を身に纏っているオーガファイターを傷つけることができる武器はなかなかなく、オーガファイターも二人のことは眼中になかった。
しかし、今の攻防で脅威がメリだけではなく、ジルとヴィールも危険な存在だと位置づけていた。
「巨体なのに動きが速いとか、反則だろ!」
「でも、やれない相手じゃないさ」
「は、はい!」
「一撃の威力はメリちゃんの魔法が一番だから、隙を見て魔法での援護を頼む。僕とジル君は反撃を警戒しながら、少しでもオーガファイターの動きを止められるように接近して――」
「ヴィールさん。あれ、なんですか?」
ヴィールが指示を飛ばしている中、言葉を遮るようにしてジルが口を開く。
ジルヴァードを握る手に力が入っており、ヴィールは即座に視線をオーガファイターへと向けた。
「……傷が、回復している?」
「オーガファイターの自然治癒力って、そんなに高いんですか?」
「いや、筋肉の鎧を纏っていて傷自体つけることが難しいから、自然治癒力はそこまで高くはないはず」
「それじゃあ、いったい何が起きているんですか?」
『グゴゴゴゴ……ゴ、ゴロス……ゴロズゾオオオオオオッ!』
ジルたちの視線を集めていたオーガファイターが突如として雄叫びをあげると、その肉体を突如として黒い靄が包み込んでしまった。
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