閑話:ミリア・マルリード
目の前にいるのは
最上等級の
「――えい」
『グオオオオオオオオォォッ!』
ミリアが振り抜いた漆黒の剣──ダークマターはゴルディオンドラゴンの超硬質な鱗を物ともせずに斬り裂いてみせる。
肉を断たれた皮膚からは止めどなく深紅の血が溢れ、荒廃した大地に血だまりを作っていくが、ゴルディオンドラゴンは構わず目の前にいる矮小なる獲物に食らいつこうと鋭い牙が覗く顎を大きく開いた。
「遅い」
『ゴガアアアアッ!』
しかし、ミリアはゴルディオンドラゴンの動きを先読みして
内側からシャドウバイスに喰いつかれたゴルディオンドラゴンは苦悶の声を漏らすと、さすがに動きを鈍らせてしまう。
その隙を見逃さなかったミリアは一気に肉薄、ダークマターを居合いのように腰に沿わせる。
そして、刀身に漆黒のオーラが浮かび上がり鋭く抜き放った。
──キンッ!
漆黒のオーラが刀身を伸ばし、一振りで三メートル以上あったゴルディオンドラゴンの首を落としてしまった。
ドバッと出てきた血を気にすることもなく討伐証明となる牙を剥ぎ取ると、不要な部位を燃やしてしまう。
ゴルディオンドラゴンの鱗は一枚だけでも市場価格50000ゴッズを超えており、成人男性の平均年収以上になると言われている。
鱗以外の部分もほとんどが高値で取引されるのだが、ミリアはあっけなく燃やし尽くしてしまった。
「……帰ろう」
血だまりを踏みつけながら、特に気にする様子もなく歩き出す。
身に纏う漆黒の装備に血が付着したとしても分からないかもしれないが、その強烈な死臭までは消すことができない。
だからミリアはパーティを組まない。常に単独で行動する。
近場の水場まで移動したミリアは鎧のまま湖に入っていく。
水底が見えるほどの透明度を誇っていた湖が一瞬のうちに赤黒く染まり、そこに生きていたであろう水棲の生物が浮かび上がってくる。
「……ごめんね」
浮かび上がってきた生物を両手で優しくすくい上げると、両目を閉じて祈りを捧げる。
そして、その貴重な命を食すのだ。
血が綺麗に落ちたのを確認したミリアは湖から上がり火を起こすと、濡れた衣服を乾かしている間にすくい上げた生物を簡単に焼いて口に運ぶ。
一瞬で殺してしまった血の湖に浮かんでいた生物である。普通なら毒が混じり込んでいるのではないかと疑ってしまうのだが、ミリアには意味のないことだった。
──一級の天職である
恩恵は様々あるのだが、その一つが状態異常に掛からないというもの。
これは毒も効かないということなのだが、欠点もある。
それは、回復アイテムが効かないということだ。
ジルを助けた時に渡したポーションもミリアにとっては無用の長物だった。
「……あの子、元気かな」
食事を終えて火を見つめながら、そんなことを呟いている。
あの子、というのはジルのことだ。
自然と出た言葉なのだが、二人と別れてから冷静になると自分でもとても驚いていた。
「……久しぶりに、人と喋ったかも」
単独行動が多いミリアにとって、人との会話は数日に一度あるかないかといった出来事である。
それを見知らぬ少年に行っただけでも驚きなのだが、エールを送るなんて思いもよらない行動だ。
それもこれも、ジルが挑もうとしていることに気づいたからなのだが。
「……まさか、私と同じ考えの子が、いるなんて」
ミリアの元々の天職はジルと同じ剣士だった。
当時のミリアはそれを受け入れ、剣士として生きていくことに何も疑問を抱いていなかった。
しかし、とある依頼でパーティを組んだ時にミリア以外の全員が死んでしまった。
その時をきっかけにミリアはパーティを組まなくなり、剣士という三級の天職を否定するようになっていった。
周りからは異端児だと蔑まれたが気にならない。
弱い自分が、周りを殺すのだと思えば取るに足らないことだったのだ。
そんなある日、たまたま訪れた森の中で不思議な現象に遭遇した。
(──あなた、天職を疑っていますね?)
「……誰?」
(──私はアトラ。あなたは?)
「……ミリア。ミリア・マルリード」
訪れていた森の名前は、アトラの森。
ミリアもジルと同様、アトラと名乗る女性の声と遭遇していたのだ。
(──天職を疑い、ミリアは何をしたいのかしら?)
「……私は、強くなりたい」
(──それは、誰のために)
「……私のために」
(──自分のために強くなりたいの?)
「……私が強くなれば、誰も傷つけずに済むから」
(──……そう、分かったは。ミリアに選択をさせてあげる)
「……選択?」
(──天職を捨てて、無限の可能性を手に入れる選択)
アトラはジルにしたのと同じ説明をミリアにも伝えていた。
当時のミリアは単独で行動していたものの、天職を疑っているというわけでない。
天職が無くなると聞いて、顏には出さなかったものの内心ではとても困惑していた。
(──……分かりました。では、もう一つの選択肢です)
「……まだ、あるの?」
(──一級の天職を代わりに授けましょう)
「……えっ?」
ドクン! と胸が高鳴った。
天職は絶対だと教えられてきたミリアにとって、天職が変わるというのは考えられないことである。それこそ神への冒涜ではないのかとさえ思ってしまった。
だが、これはチャンスでもあると瞬時に判断している自分もいる。
「……その、一級の天職と言うのは、何なのですか?」
(──それは、暗黒騎士)
「……暗黒、騎士」
(──これは特殊な一級の天職です。恩恵は数多くありますが、その分欠点もあります。この場では説明できませんが、どうしますか?)
「……お願い、します」
ミリアは短い時間の中で必死に考えた。考えて、考えて、考えた結果、答えは変わらないのだとすぐに理解した。
単独で行動することに変わりはない。だが、三級の剣士のままではいつどこで死んでしまってもおかしくはない。
ならば、神を冒涜する行為だとしても生き残るためならばなんだってしようと思い至ったのだ。
(──分かりました。それではミリアに祝福を与えます。あなたの天職は、本日より暗黒騎士です)
「……あの、あなたは──」
(──さようなら、ミリア・マルリード。私の期待に応えてちょうだいね)
アトラからの言葉はこれが最後だった。
目を覚ましたミリアは、みなぎる力、知識として頭の中に浮かんでくる魔法の数々を感じ取り、自然と天職が変わったのだと実感することができた。
「……あの子がスぺリーナにいたのなら、もしかしたら……ね」
湖の畔にゴロンと横になったミリアは、ジルのことを考えながら眠りについた。
いつか、新しい天職を身に着けたジルと再会できるのではないかと思いながら。
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