小恐怖 ウサギと亀 イソップ寓話より

@nakamichiko

第1話花畑


 何度も繰り返しているうちに私はわかるようになってきた。確かに私たちの体は、温まらないとなかなか動かない。しかし日の燦燦と当たる道を行けば、割合にスムーズに歩くことができるし、背中の甲羅も形がいびつになることもない。この事を他の仲間に話して、あの山のふもとにある花畑に一緒に行こうと誘っても


「確かにあの花は甘くておいしいけれど、長い時間歩くように自分たちの体は造られていないのだから」


誰しもがそう答える。彼らの言う通りこの体は長時間の歩行には向かないだろう、事実、最初の頃は手足と甲羅の部分がすれて、血が出たりした。でも色々と試して体に負担のない歩き方で、なおかつ早くそこに着けるように工夫もしてみた。

しかし、そうやって改めて話したところで、仲間の意見は変わらなかった。


「一人は寂しいのだけれど」



ぽつりと独り言を言いながら、私は今日も長い道のりを歩いている。今の時期の日の高さからして、自分の歩みは着実に早くなっている。この前よりも、そして一番最初から比べれば、二倍ほどになっていることもわかった。


「ああ、一人だが、この事は本当にうれしいことだ」と思えばさらに足は進んだ。日差しは気持ちが良い程度で、今から小さな森の中の目的地に行くことになっている。

しかし、森に入ると何かがおかしいのに気が付いた。


「鳥が鳴いていない、天気が悪くなるわけでもないのに。それに虫も、大きな虫が全然鳴いていない」

いつもならばうるさいまでに聞こえてくる彼らの声が、不思議なほどにしないのだ。だが、私も子供ではない、小さな仲間が次々に他の動物に食べられている中、生き残っているのだからわかるのだ。


「鷹がいるのか、この近くに。珍しいことだ」


 だが私の歩みは止まらなかった、止める必要はなかった。このあたりに住んでいる鷹が自分達「亀」を食べたという話は聞いたことがない。他の土地では自分たちを捕まえて、高い所から落とすらしいという噂はある。だが、このあたりにいる鷹はあまり大きくなく、私たちを持ち上げるのは、彼らにとってあまりに大変な事なのだ。つまり十分な大きさの私は、彼らの食料たりえない。


「しかし・・・本当に静かだな」

とわざと声を出してみると、小さな虫が飛んで、近くに来なければその音も聞こえないような状態だった。風がないので、葉音も驚くほど少ない。他の動物が動こうものならすぐさま察知できるほどだ。


「ネズミやリスさえいないようだ、だが引き返すことは愚かしいだろう、後少しなのに」

と自分を鼓舞して私は歩みを進めた。それにこの先に咲いている小さな薄紫の花は、上品な蜜で満たされていて、時々人間がここまでハチの巣箱を置きに来ている。だから道も歩きやすくて助かりはする。だが念のため私は道の端を通る、馬車でひかれないようにするためだ。

自分はいろいろな事をこの花畑の道から学んだような気がする。そうしてこの花を美味しくいただき、帰って、また訪れる喜びがある。


 さあ、そろそろ森の切れ間にある花畑が見えるころだと思ったが、私はその手前で、大きく首を伸ばした。花の高さの二倍ほどしか伸びないけれど、その高さからでも十分に見えるものがある。それは花畑のほぼ中心にある大きな石、だがその見慣れた石の上に、今まで見たこともない、それは誰も、きっと神様の前でしかないような光景があった。


「鷹とカラスとフクロウが一緒にいる、石の上に? いやそれだけじゃない・・・」


更にその石の左右に薄紫と緑色以外のものが見えた。一つは灰色の大きなもの、もう一つは黄色と茶の混じったそれより小さなもの。


「オオカミとキツネ・・・」


花畑にいたのは、このあたりに住んでいる「動くものを食べる者たち」だった。


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