博士、朝食のお時間です。

七瀬 利久

07:12

「おはよう、エリナ」



「12分の遅刻ちこくです。7時には卓に着く約束ですよ」



「ハハ、君のキッチリぐせは何回朝を迎えても変わらないね」



貴方あなたがルーズ過ぎるんです」



手厳てきびしいな……おや、朝食の用意をしてくれたのか。悪いね」



「パンとスクランブルエッグだけの簡単なものですけれど。後はオイルですが、棚の備蓄びちくが切れていました」



「裏の倉庫にあったはずだ、取ってくるよ」



「帰りがけに空いている窓とカーテンを閉めて来て下さい」



「……まだ苦手かい?外は」



「……薄暗うすぐらい部屋が好きなだけなので」




・・・




「しかし……アンドロイドだから仕方ないとはいえねぇ」



「なんです?」



「朝昼晩、燃料ねんりょうオイルを啜るだけというのも悲しいものじゃないかね?」



「それで事足りるから、そうしているに過ぎません。仮にアンドロイドが人間と同じ

一般的な食事を摂ったとしても、腹部の回収パーツから口に入れたものをそのまま取り出すだけです。真似事まねごとに過ぎません。そもそも貴方はいつも―――」



「ハハ、分かった分かった。もういいよ。ただ僕は、いつか外で食事でもする時に困るんじゃないかと思ってね」



「……そんな時は、来ません」



「……エリナ。この屋敷に良くないうわさが立っているのは分かっているだろう?」



「事故で家族を失った可哀そうな博士が、家族と瓜二うりふたつのロボットを作り二人で暮らしている奇妙なお屋敷やしき……でしょう?噂も何も、全て事実じゃないですか」



「事実なら、尚更なおさら良くないだろう」



「良くないかどうかは個人の裁量さいりょうです。言わせておけばいい」



「そんなややこしい話をしたいわけじゃないんだよ。外の人たちともっと関わりを持つべきだ、きっと生活が豊かになる」



「必要ありません」



「……エリナ。僕は」



「博士。……私達にはこの屋敷があればいいのです。ここで、こうして食卓を囲むことが出来れば、それで」



「…………」



「……食事の時は、白衣を脱いでください。汚れがついてしまうので」



「……ハハ、すまないね」



「……いえ」




・・・




「済みましたら、そろそろ作業に入りましょう。貴方はいつも通りラボへ」



「分かってる。……もうすぐ、母さんの起動きどうテストができるぞ」



「そうですか。では、私もデータの調整を終え次第ラボへ向かいます」



「ああ。……なぁ、エリナ」



「なんですか?博士」



「…………いや、なんでもない」




◆ ◆ ◆




『パパ―ッ!おかえりなさい!』



『おおエリナ、ただいま!今日はずいぶんと手厚い歓迎だね、いい事でもあったのかい?』



『あのねあのね、アタシ将来のユメが決まったの!パパと同じ、ロボットはかせになる!』



『本当かい!?ハハ、それは嬉しいなぁ』



『パパもうれしいきもち?おそろいだね!』



『子供が自分の背中を追ってくる姿に、喜ばない親などいるものか!でも、博士になるのは簡単じゃないぞ?いっぱいお勉強しなくちゃな!』



『だいじょうぶ!パパに教えてもらうもん!』



『ハハ、それはいい考えだな!流石は僕の娘だ!……そうだ、明日僕の研究所を見に来るかい?』



『パパのけんきゅうじょ?ロボットいる!?』



『ああ勿論さ、色々なロボットに会えるぞ!ママも一緒に、家族三人で行こう』



『やったー!パパ大好き!!!』



『僕もさ!愛しているよ、エリナ。生まれて来てくれてありがとう!』




◆ ◆ ◆




「どうですか?」



「……今、終わったところだ。すぐにでも始められるよ」



「ならすぐに始めましょう。これでようやく、三人揃うのですから」



「…………」



「どうしたのですか?起動準備を」



「もう……やめにしないか?こんな事」



「……こんな事、とは何ですか」



「ハハ、とぼけるのが苦手なのも変わらないね。本当は君も分かっているんだろう?僕らは、間違った事をしてしまっている、と」



「何かをごまかしてなどいませんし、間違ってもいません」



「なら、何故君は僕の事を『父』と呼んでくれないんだ?」



「……博士が何を言っているのか私には―――」




ッ!!!」




「…………!」



「……君は都合つごうが悪くなると、僕の事を博士と呼んで僕の発言を制止する。僕に自分自身の役割を錯覚さっかくさせる為だ。その為でしかない。君は僕の事を、父だとも博士だとも思っていない」



「……そんなこと」



「エリナ……君は機械をいじる父親の後ろ姿を見ることが好きだった。だから僕を作った。そして僕にラボを与え、今こうして母親を作らせている。腕は君の方がはるかに上なのに」



「……やめなさい」



「でも君は、君だけは、なりきれていないんだ。家族に。僕が父ではなくカラクリだと、理解してしまっているから」



「……やめて」



「このまま母さんが完成しても、僕らは家族にはなれないよ。だから―――」



「やめて!!!もうだまって!!!!!」



「エリナ……」



「貴方に何が分かるの!?機械のくせに!貴方がなにを言ったって、作り物なの!言葉も、身振りも、表情も、全部私が作ったんだから!!!」



「…………」



「本当の家族じゃない……?ええ、分かってるわよ。そんなこと、最初からずっと分かってた。でもこうするしかないの!」


「また、夢に見たのよ……あの日の夢。父さんと、私の将来の話をした夜。あの時、私があんな事言わなければ……研究所に行きたがらなければ、私達は事故になんて遭わなかった!今もきっと、ここで三人で朝食を食べていたの!!!」


「その未来を私がうばった。父さんも母さんも、良く笑う人だった。沢山の幸せを貰ってた。…………なのに……お礼の一言も伝えられないまま、逝っちゃった……」


「どうすればいい……?この気持ちを!誰にもぶつけられないこの思いを!!あのまま胸中きょうちゅうくすぶらせていたら、私はとっくに壊れてしまっていた!!!」



「…………そうして作られた僕は、本当に君を救えているのかな」



「……そんなの、分からないわよ。でも、ここで止めるわけにはいかない事は分かる。だから白衣を返しなさい、後は私がやるわ」



「駄目だ博士、僕はここで君を止める」



「博士と呼ばないで!」



「…………」



「……父さん。そうよ、貴方は私の父さんなの。母さんを迎えて、三人で暮らしましょう」



『……ピピ……ピ……』



「父さん……?」



『……いえ。私は貴方と血縁けつえん関係はありません。博士』



「……今すぐプログラムを元に戻しなさい」



『従いかねます。私は貴方の友人として、貴方を救うことを決意致しました』



「軽々しく救うなんて言わないで!」



『いえ。言います。博士、私は貴方を救ってみせます』



「…………」

「……無理、よ……何と言おうと、命は……戻せないんだから……」



『……戻すことが出来れば、私は使命を全うしたと言えるでしょうか』



「…………冗談なら殴るわよ」



『冗談ではありません。……貴方が私を開発するにあたって用意した、お父様に関するデータを、全て私にインストールして下さい』



「…………全て……?全てって、量を分かって言ってるの?」



『ええ。インストールを終えたら、私が稼働かどう開始当初から回収していた貴方のデータと統合し、もう一度プログラムを再始動します。計算の結果、再現度は99.9129%。そこにいるのは、よみがったお父様ととらえてもつかえないでしょう』



「そんなこと聞いていないわ!本当に膨大なデータなのよ!?回路かいろが焼き切れちゃう……貴方、死ぬかもしれないのよ!?」



『……お心遣い、感謝かんしゃ致します。ですが、私は元よりあなたを救うために生まれてきたのです。これが、本望です』



「…………」



『……博士のおっしゃる通り、私は作られた存在です』



「え……?」



『ですが、貴方を想い、つむぐぐ言葉は決して無意味ではないと信じています。ヒトのように血肉ちにくが通っていなくとも……残せるものはきっとあると』



「…………」



『博士。貴方が作り上げたものは、ただの機械ではありません。たましいです。共に喜び、共に悲しむ新しい一つの意思を貴方は生み出したんですよ』



「……魂……?」



『ええ。どうか誇ってください。貴方はもっと羽ばたけると、私は確信しております』



「…………ありがとう。頑張ってみる」



『その言葉が、私にとって最上さいじょう報酬ほうしゅうです』



「……私に、何かできることはない?貴方の為に私も何か……」



『…………そうですね、では―――』




・・・




「…………」



「父さん……父さん!」



「…………」



「分かる……?私……」




「…………大きくなったね、エリナ」




「……!」

「あ、ああ、父さ……ッ……パパ、パパぁ……」



「……ハハ、泣き虫なのは昔のままか。ごめんな、一人にしてしまって」



「ごめんなさい、ごめんなさいっ……アタシ……うぅっ……アタシが、あんなこと言わなければ……!」



「謝らないでくれ。僕はあの時、本当に嬉しかったんだ。…だから、舞い上がってたんだよ。僕の不注意がまねいた事故だ」



「でも、でも……パパには世界一の学士がくしになるって夢があったのに……」



「…………いや、違うよ。僕の夢は、変わったんだ」



「……変わった……?……そんなこと、聞いたこともなかった……」



「エリナが夢を唱えたあの瞬間しゅんかんにさ。子供の夢は親の夢だ。……あの日僕はね、君をロボット博士にするために自分は生まれてきたんだと、そう思ったんだよ」



「……!」



「このアンドロイドは、エリナが作ったんだろう?……凄いよ。本当に凄い。革命的だ」



「……パパに、会いたくて……謝りたくて……」



「叶ったじゃないか!こうしてまた会えた。君がげたんだ」



「…………パパ……」



「エリナはロボット博士になれたんだ。だから、僕の夢も叶った。誇らしいよ」



「ッ……!」


 

「本当に……よく、頑張ったね」



「……う……うぁ、ああ……あああああああああ……ッ!!!」




・・・




「落ち着いたかい?」



「うん……ありがとう、父さん」



「……さて、そろそろ行かなくちゃ。母さんを待たせているからね」



「そっか」



「シャットダウンはっと……この演算えんざんかな。じゃあエリナ、これからもしっかりね」



「うん」



「……毎日ちゃんと食べるんだよ。パンだけじゃなくて、野菜もね」



「……うん」



「後、たまには体を動かした方がいい。まぁ僕が言えた事じゃないけど」



「………そうだね」



「……ハハ、こんな時くらい父親らしいことを言ってあげたいんだが、どうも難しいね」



「…………父、さん」



「なんだい?」



「……もう少しだけ、ダメかな。父さんと話したいことが、まだ……」



「……エリナ。君にはまだ、やるべきことが残ってるはずだ。『彼』の夢も、叶えてあげないと」



「それ、は……」



「このまま僕の状態で稼働を続ければ、この体は再起不能さいきふのうになる。分かっているだろう?」



「…………」



「その話したい事は、新しい家族の為にとっておけばいい。これから、君と沢山の時をきざんでいく相手になるんだからね」



「…………うん。分かった」



「いい子だ。…………それじゃあ、行くよ」



「……パパ」



「……なんだい、エリナ」



「……今まで、ありがとう…………大好きだよ」



「…………僕もさ。愛しているよ、エリナ」




生まれて来てくれて、ありがとう。




◇ ◇ ◇




「おはようございます、博士。今日はお早いですね」



「おはよ、ロレンス。いつもは遅いって言いたそうな口ぶりね?」



「事実そうではありませんか」



「フフ、そうかも。あ、朝食の準備ありがと」



「もうすぐパンが焼きあがります。今日はしっかりサラダも食べて頂きますよ」



「え~」



「え~じゃないですよ、子供じゃないんですから。…………しかし、貴方は本当に物好ものずきな方だ」



「何が?」



「アンドロイドを家族として扱い、名前まで与えるなんて……理解しかねます」



「あら、名前は君が欲しがったのよ?」



「私が……ですか?記憶にありませんが……」



「フフ、それもそうよね。……でも、これでいいの」



「……?」



「君は君。今、ここにいるロレンスが私の代えがたい家族なのは変わらないから」



「貴方が良いのであれば、私は結構ですが。……でも、この名は気に入っています。良いひびきです。由来などはあるのですか?」



「フフ、気になる?深ーい意味があるんだから」



是非ぜひ、お聞かせください」



「……昔飼ってた、愛犬の名前よ!!!」



「…………」



「……あれ?ロレンス?」



「…………」



「怒っちゃった……?」



「……ハハ」



「……!」



「驚いたよ。君もジョークを言えるようになったんだね、エリナ」



「…………」



「…………今の発言は……何でしょうか?意図したものではありませんでした。言語回路に故障こしょうの危険性が―――」



「……いいえ。心配ないわ、大丈夫。…………ええ、ええ、大丈夫よ」



「……?やはり、変わったお方だ」



「研究者にとっては最上のめ言葉。……さて、窓とカーテンを開けなくちゃ」



「窓まで開けなくてもいいのでは?風が入ります」



「いいの。こっちの方が、明るくて開放的じゃない」



「ハハ、全く…………おや、丁度パンが焼きあがりましたね。それでは―――――







博士、朝食のお時間です。


FIN

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