冷たい女

 熱帯夜も何日目だろう。ふらりと立ち寄ったバーの店内はエアコンがよく効いていた。

「外は暑いだろうね。それを考えると今からうんざりするよ」

 帰り際、マスターにそう言うと隣から声をかけられた。

「あたし、体温低いのよ」

 振り向くとすらりと細い色白の女がいた。美人だと思った。目が合うと、彼女はつうっと唇だけで笑った。馬鹿にされているような気がして少し頭にきた私は、つい言ってしまった。

「じゃあ一緒に来てくれる?」

 彼女は同じように笑い、椅子から下りた。二人で外に出ると思っていた通りに暑い。しばらくしたらじっとりと汗がにじんでくるだろう。

「どこへ行く?」

 彼女はそう聞いて私の腕に自分の腕を絡めた。その冷たさに驚く。体温が低い? そんなレベルではない。私は思わず腕を引っ込めようとしたが彼女は離さなかった。

「あなたが誘ったんじゃない?」

 絡められた腕が冷たくて痛い。皮膚が張り付く感じがする。彼女は、ふふふと小声で笑った。

「そんなに怯えなくても大丈夫よ。この暑さだったら、三時間もすれば溶けてしまうわ。ほら、もう」

 そう言って彼女は空いている腕を伸ばして、細い指先で私の唇に触れた。するりと滑る冷たい水の感触。押し込まれた柔らかい指を思わずなめてしまう。わずかに甘かった。

「さ、どこへ行く?」

 もう一度聞いた彼女を促して、私は歩き出した。

 触れている部分から溶け出した彼女が、私の腕を伝って流れ落ちる。一滴、アスファルトに小さな模様を作った。

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