短編から掌編まで

nago

白い少女は枯れ尾花

 ふよふよと少女が浮いている。

 年のころはおおよそ十二、三と言ったところだろうか。

 流れるような黒髪は、少女の背丈より長い。しかし地べたに引きずることはなく、少女と共に宙を舞う。

 黒い瞳の中には星が瞬き、桃色の唇は春を思わせる。身に纏うのは白装束で、否が応にも「死」を意識させるだろう。

 真実彼女は生きてなどいない。

 純然たる死者であり、三年前からずっと。ずっとこの地を彷徨っている。

「ショウちゃん、今日も元気かなぁ?」

 その瞳は、恋する乙女のようにも見えた。


 寺の座敷に、柔らかな日差しが降り注ぐ。

「ん……」

 少女はゆっくりと目を開け、身体を起こした。

 寝ぼけ眼をこすりながら、うにゅうと情けない声を漏らす。井戸までふわふわ飛んでいって、顔を洗うのが彼女の日課だ。

 幽霊が顔を洗う、奇妙な話もあったものだ。

 そもそも彼女には眠る必要すらなく、不眠不休での活動すら可能である。死者の行動を活動と呼んで良いのかはともかくとして、どうあれ彼女は眠らず動けた。

 それでも幽霊の少女は「普通」の生活を送ろうとしている。食事を摂ることはなく、友人との雑談に花を咲かせることすらなくとも、彼女は「人」でありたいとそう思っていた。

「よく寝たなあ、うん、良きかな良きかな」

 先ほどの腑抜けた顔はどこへやら、眠気など微塵も見て取れない、完璧な幽霊少女のできあがりだ。どこに出しても恥ずかしくない、そんな一人の女の子。

「……んー、今日は確か、平日だったよね」

 存在そのものが浮世離れしていると、曜日の感覚が危うくなる。経験者によると、そういうものらしい。

 そのまま覚束ない足取りで(浮いているから当たり前だが)、彼女は人里へと下りていく。いつもの通り、市井を眺める時間の始まりだ。


 ――とは言っても。

 彼女の場合、見るのは主に一人の少年である。

 パッと見、ウニのような。ツンツンして堅そうな髪質の高校生を、彼女は今日も眺めていた。どうしてか電柱の陰に隠れて。

「うん、今日もショウちゃんは元気そうだね――」

 心底嬉しそうに、少年を見守る。

 彼と共に歩いている、男女各一名。三人は楽しそうに話しながら、学校への道を一歩一歩進んでいた。ふざけ合い、じゃれ合い、とても仲良く。

 その光景は、少女がもう取り戻せないもの。

 死者が蘇ることはなく、失ったものは二度と手に入らない。

 それでもいいと、日々を懸命に生きるからこそ素晴らしい。


 そう思って、少女は今日も嬉しそうに少年を見ている。



「お母さん、安心したよ」



 彼女の日々は、果たしていつまで続くのだろうか。

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