第180話 三対三

 グリムは腰のホルダーからコールブランドを取り出す。


「グリムさんまで……」


 困った表情で、ベルがグリムを見つめる。


「おいちょっと待て、本気でやる気かよグリム!? 俺の相手だぞ!?」


「アマルフィスの生徒と戦う機会なんてそうそうないからな。この場は俺に譲ってもらおうか、ギルフォード」


 コールブランドを構え、背中越しに俺にそう答える。


 こいつ……相変わらずの戦闘狂だ……!

 俺を倒す前にどうたらってのも建前かよ!


 だが、騒動の仲裁にはいったのは俺が先だ。

 こいつに譲ってやる義理もない。それに、ベルが突き飛ばされたんだ、俺がこいつらと戦う理由はある。


「こいつは俺の相手だグリム」


「おいおいおい、俺様を無視してんじゃねえよお前ら! 俺が先に戦うって言ってるだろう、凡人は下がってろ」


「リューク、流石に俺達を凡人呼ばわりは無理があるぞ」


 グリムは呆れ気味にそう口を零す。


「相変わらず細かい野郎だな!」


 そう言えばリュークのやつ、グリムにも勝ったことがあるとか以前言ってたが……実際どうなんだろうか。


 やり取りを見る限り仲が悪い訳でもなさそうだし、完全に嘘って訳でもないんだろうが……。


 新人戦で直接戦ったのはミサキだから、あまりリュークの魔術は分からないんだよなあ。ウガンの使っていた魔術の一つ"レイ"……それを特異魔術として継承しているのはわかるが……。


 すると、リュークがビシっとアマルフィスの奴らを指さす。


「ごちゃごちゃうるさい奴らだ。――リヒト、茶髪、キール……こっちはギルフォードにグリム、そして俺様。ちょうどいいじゃねえか」


「ん、何がだ?」


 リュークは両手の指をそれぞれ三本ずつ立てる。


 なるほど、そういう事か。


 その指でグリムも合点がいったのか、ニヤリと口角を上げる。


「三対三か……リュークにしては悪くない案だ」


「一言余計なんだよ、お前はよお!」


「おいおい、俺を無視して話を進めんなよお前ら」


「だがいい案だろ? 俺達は退くつもりはねえ。だったらその方が都合がいいだろう?」


「そりゃそうだが……」


 くそ、完全に戦う気満々じゃねえか。


 こんな予定では……。


 すると、うちの上級生たちが楽しそうに声を上げる。


「いいねえ、三対三の団体戦! 負けんじゃねえぞ、ロンドール!」

「そうだそうだ! 新人戦の時の力見せてくれよお前ら!」

「面白くなってきたじゃねえか! 模擬試合は一時中断だ!」


 そうしてあっという間に俺たちが戦うという空気が作り上げられていく。


 観客たちも、三対三でアマルフィスとロンドールの一年生が戦うと何処かから聞きつけたのか、さっきより更に増え、その人数はここに来た時の倍ほどに膨れ上がっていた。


 校舎裏でひっそりとやっていた催し物だったが、注目度が一気に上がっていた。


 他の見回りの連中や騎士達に止められるのも時間の問題だなこれは……さっさと決着付けねえと。


 そうしてあっという間に場が整えられた。


 アマルフィスの先鋒はベルを突き飛ばしたキール。

 次鋒がロンドールに喧嘩を吹っ掛けた張本人、茶髪の男アイク。

 そして大将が騎士団長エレディン・ブラッドが認めていた強者、リヒト。


「で、誰が先鋒行く?」


 俺たちは輪になってお互いの顔を見る。


「――リヒトは俺がやる。だからお前らには悪いが、大将は俺がやらせてもらうぞ」

 

 あいつは俺がやる必要がある。

 何よりこの手であいつの力を確かめてみてえ。


 あの時名前を聞いたやつが……三校戦でしか戦う機会がないと思っていた奴が目の前にいるんだ。逃す手はない。


「大将は俺様がやるに決まってんだろ! っと言いたいところだが……あっちのリヒトって奴もギルフォードと戦うのを期待してるみてえだからな。見ろよあの目、お前しか眼中にないって顔してるぜ…………うぜえが仕方ねえ、譲ってやるよ」


 するとリオルは少し驚いた表情をする。


「……大人になったなリューク」


「だからお前は一言余計だ! 別にリヒトって野郎が特別強い訳でもないだろ。学外の奴と戦えるいい機会だ、相手が誰だろうと文句はねえさ。……で、先鋒はどっちがいく?」


 グリムはホルダーに戻していたコールブランドを右手に構えなおす。


「あのキールとかいう男は俺がやろう。譲ってもらっていいか、ギルフォード」


「なんで俺に聞くんだよ」


「ベルの分も一発殴って来てやる。……お前の分もな」


 なるほど……そういうことか。


「……そういうことなら任せたぜ、グリム。俺の分まで叩きのめしてくれ」


 俺とグリムは拳を突き合わせる。


 ゴツンと、身体の芯に響く。


 そうだ、グリムはベルと昔からの知り合いだ。

 あいつの態度に相当イラついてるって訳か。


「任せておけ」


 ◇ ◇ ◇


『お待たせしました、ロンドール模擬試合、番外編!!! アマルフィスVSロンドール一年組!!』


 司会の上級生が、リングの中央で観客を煽る。


「うおおおお!!」

「ロンドールの底力みせてやれよ一年!!」

「アマルフィスもわざわざ喧嘩売りに来たならいい試合みせろよ!!」


 歓声はどんどんヒートアップしている。


 やっぱまずいよなあこの注目度……さっさと勝負を決めるしかねえ。


「ギル君……はあ、なんでこんなことに」


 ベルが少し強張った顔でこちらを見る。

 その眼は少し潤んでいる。


「わ、悪い、気付いたらこんなことに……」


 ベルはムムムムっと口を歪ませ、少し身体を強張らせる。

 ――が、観念したようにはあっと息を漏らす。


「……まあもう止められそうにないし……。連帯責任だから私も大人しく見守るよ」


 そう言ってベルはニコっとはにかむ。


「悪い……」


『それでは先鋒戦!! アマルフィスからきた、三年生!! キール・オレル!!』


 緑の髪がゆらっと風に揺れ、その前髪の隙間から鋭い眼光が覗く。


『対するロンドール一年組先鋒は入学前から話題の人!! 魔術師界のサラブレッド、魔剣士グリム・リオル!!』


 うおおお!!

 っと、一気にボルテージが上がる。


 グリムの名は上級生にも知れ渡っている。

 それに魔術師界としても知名度がある魔術師だ。


 観客もその戦いを生で見れると興奮気味になっているのが分かる。


 グリムとキールは中央に寄る。


「随分と騒ぎになったもんだ」


 キールはどこか他人事のようにそう言う。


「君たちから喧嘩を売っておいて何言っているんだか。この落とし前は敗北で払ってもらおうか」


「面白い冗談だ。尻の青い魔術師に、魔術とはなんたるかをその身をもって教え込んでやるとするか」


「よく喋る男だ。あいにく、魔術を教わる相手は自分で選ばせてもらう。少なくともあんたじゃない」


「ふっ……ロンドールのグリム・リオル。うちの校長が獲得できなかったことを嘆いていたよ。俺には理解できなかったがね。所詮は一族の名で注目されていただけの存在だろう? 無名の男に新人戦で負けるくらいだからな」


「お前はギルフォードを舐めすぎだ。俺は彼と出会えただけでもこのロンドールに入学してよかったと思っているさ」


「はっ、負け惜しみを」


 そう言ってキールは右手首にそっと手を触れる。

 

「――下らん……初めから全力で行かせてもらう」


「能書きはいい。掛かってこい、アマルフィス」


『先鋒戦――――スタートッ!!』


 瞬間、キールの右腕に魔術の反応が走り、肘まで炎に包まれる。

 それはさながら燃え盛る松明のようで、轟轟と燃え盛る炎がキールの顔に深い影を落とす。


 キールは右腕を思い切り振りかぶり、一気にグリムに向かって突き出す。


「"炎翼フレイムウィング"二の型――ランスッ!!」


 刹那、キールの腕から派生した炎の槍が、ものすごい勢いでグリムに襲い掛かる。


 その範囲は優にグリムの身体を包み込むだけの大きさを誇っている。


 リング外までもその熱気が届き、ジリジリと皮膚を焦がす。

 その熱に皆思わず顔を背ける。


『おーっといきなり大技だああ!! グリム・リオルが炎に飲まれたあああ!!』


 グリムの居た場所は、一瞬にして炎に包まれる。


 地面を這うように伸びた"スピア"は、床に真っ黒な焦げ跡を残す。


「他愛ない……。一瞬で勝負が決まったか」


 ――っと次の瞬間、金色の光が、その大炎を一瞬にしてかき消す。


 真っすぐに伸びた光の波動は、キールの真横を物凄いスピードで通り抜ける。


「――――ッ!?」


 激しく輝く光の中に、一人の影が。

 金色に輝く剣を持つ、グリム・リオルの姿がそこにはあった。


「第七の剣――"コールブランド"」


 グリムはその剣をサッと下に構える。


「こちらも初めから全力で行かせてもらおうか。すぐに終わらせてやる」


「チィ…………グリム・リオル……!!」


 キールの額に汗が流れる。 

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