第72話 無刀

「うぇあああー!!」 


 ザシュ!! っと鮮血が飛び散る。


 レンがやった‥‥‥!

 ――っと、思いきや、苦しそうに顔をゆがめていたのはレンの方だった。


 リオルのコールブランドの柄の方から後方にも伸びた赤い刃が、飛び掛かったレンの左腕を突き刺していた。


 レンはグッとその刀身を掴むと、強引に身体を捩じり、引き抜く。


「お、お前‥‥‥‥‥‥赤だと‥‥‥?」


「――さすがに赤刀までは知らなかったか。これは得をした」


 ぽたぽたと、レンの左の袖から血が垂れ、地面に紅い斑点を作る。


 リオルの赤刀は柄の後方からも刃が伸びており、他の色の2倍の長さがあった。

 想定外だったリオルによる後方への攻撃に、レンは避け切れずもろに腕にダメージを負う。

 

「くっ‥‥‥!」


 苦しそうに腕を抑えるレンをよそに、リオルは緑色の短い刃に切り替えると、自分の左足の太ももを突き刺す。


 すると、身体全体が緑色に輝きはじめる。

 レンに突き刺されたはずの太ももの2つの刺し傷が、ゆっくりと綺麗に塞がっていく。


 さすがのレンも軽く舌打ちをする。


「‥‥‥回復魔術もお手の物かよ」


「軽い傷だけさ。だが、それで今は十分だったみたいだ」


 リオルは即座に黄刀に切り替えると、動きが鈍っているレンに一太刀浴びせる。


 赤い刀身と違い、黄刀は物理的なダメージは与えられない。しかし、魔力を喰う刀。

 レンの魔力が、一気に持っていかれる。


 トリプルまで強化してやっと追い越していた肉体がみるみる削ぎ落ちていくのが分かる。

 レンの魔力量が減っていく‥‥‥!

 

 一度紫刀で斬りつけられていた右腕が、まただらんと下に垂れ始め、重そうに地面に沈む。


「くそっ‥‥‥"ストレングス"、ダブル‥‥‥!!」


 レンはすぐさま強化を戻す。

 しかし、その隙をリオルは見逃さない。


「遅いよ‥‥‥!」


 紫の刀身が、頭、腕、胴体、足――全身を斬り刻む。 

 その自重に耐え切れず、レンは地面に倒れこむ。


 まるでレンのところだけ重力が何倍にもなっているかのように、レンはうつ伏せに地面に

 

「ぐうおおおおああああ!! この位‥‥‥!!」


 力を入れ、肘を張り、上半身を起こそうと躍起になるレンだが、既に何重にも紫刀にて斬られた身体は簡単には起き上がれない。


 リオルはゆっくりとレンの射程距離内へ近づく。


「そろそろ限界みたいだな。‥‥‥ここまで楽しかったよ。まあ、おかげで最低限の実力は示せたかな。――なんせ、嫌な奴らが見に来てるからな」


 リオルは観客席の方を見る。


 手に持っている刀身が白色に変わる。

 最速の刃‥‥‥肉体への直接攻撃を仕掛けることが出来る刀‥‥‥!


 リオルは切っ先をレンの顔へと向ける。

 ツーっと頬に触れ、そこから血が垂れる。


「降参するなら今だ。無駄に傷は増やしたくないだろ?」


「誰が‥‥‥するか‥‥‥!!」


「――君ならそう言うと思ったよ」


 ゆっくりと刀を振り上げる。

 振り上げた白い刃が、白い軌跡を残し、レンに振り下ろされる。


 ブンッ!!

 

 空を切る音が、会場に響く。


「レン――!」


 ――しかし、振り下ろされた先に、レンの姿はなかった。

 さすがのリオルも一瞬硬直する。


「‥‥‥? まだ動けたのか‥‥‥」


 レンはリオルの後ろにゆらりと立っていた。

 その体からは、白い湯気が立ち上っている。


 速度が戻った‥‥‥のか‥‥‥?

 何だ、何が起こった?


 魔術の反応はあったが‥‥‥いや、まてこの魔術を俺は見た事がある。

 千年も前に‥‥‥。


「――悪いけどよ~‥‥‥こっから先、俺の速度は段違いだぜ?」


 レンは上着を脱ぎ捨てる。


「‥‥‥ほう。楽しみだ」


 事実、レンの動きは異常な速さを見せていた。


 魔力を吸い取られたのにもかかわらず、トリプルよりも速度が上がっている。

 しかも、あれだけ加重された状態で‥‥‥さっきまで動くことすらできなかったのに。

 相当筋力も上がっているらしい。


「――あれは俺が教えたんだ」


 アレックスさんが口を開く。


「アレックスさんが?」


「あぁ。あいつの強化魔術はトリプルまで。しかも瞬間的に体内の魔力を使った言わば、自分に燃料をくべ続ける魔術‥‥‥発動から下降の一途をたどる刹那的な肉体強化だ。‥‥‥だが、この魔術は、あらかじめ体内で練り込んでおいた純度の高い魔力を開放し、時間制限付きで自身の限界を突破させる。名を――」


「"リミットバースト"か‥‥‥!」


「‥‥‥ほう、ギルフォード、お前も知っていたか。身体の枷を外し、身体能力を限界まで全開放する魔術。これならば、いくらリオルでも動きについてこれまい」


 "リミットバースト"‥‥‥記憶にある。

 千年前もこれを使った魔術師たちがいたのを覚えている。

 

 一瞬だが魔獣の身体能力すら上回るが、その後の反動が激しく生と死が隣り合わせの戦場ではただの特攻だったが‥‥‥今ならまた違った使い方が出来ると言う訳か。


 レンはゆらっと倒れたかと思うと、一瞬にしてリオルの視界から消える。


 余りの速さに、リオルの目がもはや追いつけていない。

 魔力探知でもこの速度は追い切れるかどうか‥‥‥。


「‥‥‥"リミットバースト"か。奥の手という訳だね」


 レンは答えない。


「だが、所詮実戦では使えない代物だ。それはもはや魔術とは呼べない‥‥‥スマートじゃない。ただの欠陥品だ。‥‥‥まあ俺に一泡吹かせるという目的ならあながち悪い選択ではないがな」


 レンはリオルの死角に入ると、一気に奇襲をかける。

 確実に、レンの位置をリオルは把握できていない。


 この攻撃を避けられるはずがない‥‥‥!


 リオルはそのスピードに付いていくことすらできず、コールブランドも透明のまま刃を出していない。


 瞬間、リオルの背後に突如現れるレン。

 さっきとは違うのは、完全にリオルは気付いていないということだ。


 さすがに決まった‥‥‥!


 ――しかし、レンはリオルを素通りするように横を通り過ぎ、そのままズザザっと地面に倒れこむ。


 身体と地面の間には、血が滲みだしている。


 観客たちもその光景に息を飲む。

 何が起こったかを理解できているものは、俺以外にいないかもしれない。


 リオルの持っているコールブランドには、何故か刃のない部分に血が滴っていた。

 それはまるで透明なガラスに血が垂れているような、不思議な光景だった。


 リオルは刀についた血を払う。

 あれは無色の刀‥‥‥!


「無色の刀、無刀の居合‥‥‥。俺の射程距離内に入ったが最後、どれだけスピードが速かろうが、俺に斬れないものはない」


 レンに語り掛けるリオルだったがしかし、レンの反応はない。

 審判がレンに駆け寄る。


「――おっと、もう聞いてないか。なかなかいい勝負だったぞ、レン・アウシュタット」


 レンはコールブランドを腰のホルダーにしまう。


 アレックスさんの顔が愕然とする。


「無色があったのか‥‥‥なんだあの反応速度は‥‥‥人間の限界を超えている‥‥‥! "リミットバースト"だぞ‥‥‥!?」


 無刀‥‥‥。

 領域内に侵入した異物をオートで切り裂く居合の刀か‥‥‥。


 加重の紫刀。

 魔力吸収の黄刀。

 両刃の赤刀。

 治癒の緑刀。

 最速の白刀。

 居合の無刀。

 

 判明しているだけで6色か。こりゃ実際に戦うとなると厄介だな‥‥‥。

 攻撃、回復、防御、奇襲‥‥‥なんでもござれと言う訳か。

 そして奴の魔術は7色‥‥‥後1つ、隠されている可能性がある。

 

 審判が、大きくバツを作る。


「試合終了~~!! 流石はグリム・リオルといった戦いだったでしょうか!! 気付けばほぼ無傷での勝利です!」


 会場から歓声が上がる。

 そのほとんどは、リオルに対する称賛の声で溢れていた。


 その華やかな歓声の中手を振るリオルの横を、担架で運ばれていくレン。


 相当悔しいだろう。

 いや、傷も重症だ、意識はないかもしれない。


 グリム・リオル‥‥‥。

 千年前から続く原初の血脈か‥‥‥――その評判に偽りはなかったようだな。


 使い分けるあの刀の色はどんなタイプの魔術師にもある程度アドバンテージを取れるだろう。

 中でも魔力を吸収する黄刀と居合の無刀。


 俺だったらどう戦うかも考えておいた方が良いかもしれないな。


「壁は高かったか‥‥‥」


 アレックスさんはゆっくり目を瞑ると、肩を落とす。


「しょ、しょうがないですよ‥‥‥あの人は別格みたいなものですし‥‥‥」


「そう言う問題じゃないでしょ、まったく。‥‥‥ま、惜しかったんじゃない、あいつにしてはさ。頑張った方だと思うわ‥‥‥凄いわよ」


 すると、アレックスさんが立ち上がる。


「俺はちょっとレンを見てくる。治療室にいるだろうからな」


「あ、俺も行きます」


「そうか‥‥‥それがいいかもしれないな。一緒に行こう」

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