第3話 ツリーハウス

 俺はクロに抱えられたまま、森の中をズンズンと進んでいく。

 さすが吸血鬼というべきか、かなりのスピードで森を駆け抜けるもんだから、風が強すぎてまともに前を向けない。


 陽の光が森に差し込み、幻想的な雰囲気を漂わせている。


 何もかもが、目覚める前と違っているようだ……。

 森なんていう神秘的な力がたまりやすい場所なんて、そこら中に魔獣が跋扈していたはずだが、今は殆ど見かけない。


「本当に平和になったんだな……」


 しばらくして、クロは急ブレーキをかけ立ち止まる。


「ほらついたよ。ここが我が家さ」


「お……おぉ……!!」


 巨大な木を中心にそれを取り巻くように木造の小屋がいくつも並んでいる。

 それぞれの小屋は橋のようなものでつながっていて、思っていたよりも本格的な作りだ。


 所詮子供の秘密基地程度だろうと高を括っていたが、これは驚いた。


「結構ガチ目な家じゃん」


「当たり前だろう? まあ、私一人で作ったわけではないがな。もうかれこれ築20年近くになるか……君の生命反応が強くなってきたから、この場所に越してきたってわけさ」


 20年――。

 生半可な日数ではない。

 きっとクロは俺が目覚めるまで毎日のように様子を見に来ていたんだろう。


 とはいっても、やはり吸血鬼と人間は生きる時間が違う。

 

 けれど、やはり感謝するべきなのだろう。


「――悪いな、なんか。ありがとう」


「ふっ、気にするな。千年も寝てたから性格まで丸くなったのか? 気持ち悪い」


「う、うるせえな! やっぱ今のなし」


「はっはっは、懐かしい。――さて、君のために作った部屋があるんだ。ま、いうなれば子供部屋ってところかな」


 クロはにやにやとした顔で俺の顔を覗き込む。


 俺はむっとした表情で睨み返す。


「吸血鬼より鋭い眼光をする小僧だ、怖い怖い。――ま、冗談はさておき、普通に君の部屋だ。しばらくはそこでのんびりと考え事でもするといいさ」


「あぁ……そうさせてもらうわ。この世界のこともいろいろ教えてくれよ」


◇ ◇ ◇


 子供部屋は本当に簡素な造りで、ベッドに机、椅子、後は魔術関連の恐らく俺の家から持ってきたであろう書物が大量に積まれている。


 どれも埃を被った状態ではあるが、魔術とは便利なものでどれも傷は殆どない。


 簡素な造りとは言っても、それは内装だけの話で、家屋としての耐久性に問題は殆どないと言ってよかった。


 丸い窓から外を眺めることが出来るようで、開いたその隙間から涼しい風が吹き込んでいる。


 クロは俺をそっとベッドに寝かせる。


「おっ‥‥‥おぉ~‥‥‥」


 ずっと眠り続けていたとはいえ、千年もの間石の上で横たわっていたのだ。

 久しぶりのふかふかのベッドの魔の吸引力と、その万人を駄目にする包容力に俺は思わず声が漏れる。


「何変な声だしてるんだよ」


「‥‥‥‥‥‥うるさい」


 俺は落ち着いた気持ちでもう一度目を瞑り、深く深呼吸する。


 いっそこのままもう一度眠りにつきたい程の気分だ。


「君さあ、自分の身体ちゃんと見たかい?」


「見れる訳ないだろー」


 俺は上の空で空返事する。


「あのねえ、千年の間その瀕死の時に着てた血だらけの魔術装束を着たままで横になってて、更に風呂にも入らずにいたんだよ? 自分だがどれだけ汚い存在かわかってるのか?」


 クロは鼻をつまみながら苦い顔をする。


 あっ、傷つく‥‥‥。


「ぐぬっ‥‥‥じゃあ何でベッドに寝かせたんだよ!」


「そりゃ床に放り出すよりはましだろうと思ってね。――と言うわけで、全部脱げ」


「おいっ、ちょっ――!」


 有無を言わさず、無力な俺は赤子のように簡単に服を引っぺがされる。

 大人サイズのぶかぶかだった魔術装束は部屋の隅にあるゴミ箱へぶち込まれ(お気に入りだったのに‥‥‥)、肌着やなんやらも全部放り出され、パンツ一丁の恰好で無防備に横たわる。


「くっくっく、とても世界を救った英雄とは思えない無残な恰好だねえ」


「‥‥‥自分でやっといてとんでもねえ奴だな‥‥‥。英雄だろうが学者だろうが、夜はみな赤子に戻るんだよ」


「四歳児が言う発言じゃないな、まったく」


「四歳――」


 クロはコクリと頷く。


「身長や骨の具合、あとは生命反応とかから見るに、大体それくらいみたいだ、君の身体は」


「は、はは‥‥‥」


 俺は頭を抱え込んで項垂れる。


 嘘だ‥‥‥じゃあ酒も飲めないのか!?


「おいおい、落ち込む必要はないじゃないか。君が眠りにつく前は確か二十一歳だったろ。そっから十七歳も若返ったんだ。古今東西、金も権力も何もかもを手に入れた人物はみな一様に不老不死を求めたそうじゃないか。その成功例に一番近いであろう存在が君だよ? 嬉しくないのか?」


「う~ん‥‥‥。まぁ、不老不死は言い過ぎだけど、確かに若返りは嬉しくない訳じゃない。やり直しがきくわけだからな。それに俺はもう第二の人生として受け入れる覚悟は出来てる」


「ほう?」


「ただなあ、子供って何かと不便じゃない? 身長も小さいし、大人には舐められるし」


「君は舐められるのが嫌いだからな。でもメリットも沢山あるぞ?」


「例えば?」


「そうだな、例えば、前はあんなに憎たらしかった若造が、子供の姿になっただけで愛おしく見えてくるとか、前は見下ろされてて内心イラついていたが今は私に抱っこされないと移動もできないくらいに可愛らしくなってるとか、後は――」


「だぁー! 全部そっち側のメリットだろうが! 俺を行き場のない母性の矛先に定めるな!」


「くっくっく、からかいがいのある雰囲気になったのもメリットだな。――じゃあ、私はちょっと飯の準備するから、しばらくベッドでのんびりしててくれ、じゃあな」


 そう言うとクロは俺の怒りで火照った顔を眺めにやにやしながら勝ち誇った表情をし、何も言わずそのままドアから出て行った。


「――ったく。クロは千年経ってもクロのままだな‥‥‥」


 やっと静かになった俺の子供べ――もとい、俺の書斎で、落ち着いて思考を巡らせる。


 千年‥‥‥千年か。きっといろいろ変わってるんだろうなあ。


 魔神ももういないし、魔獣も以前ほどの脅威じゃなくなってるんだろう。

 これだけ時が経っていれば国もいろいろ変わってるんだろうなあ。なくなったり、増えたりしたんだろうか。


 俺の居たミスティオの魔術師部隊‥‥‥きっと千年もの長きに渡る鍛錬で、以前の魔術なんかじゃ太刀打ちできないくらいに強大になっているに違いない。それを視れるのはちょっと楽しみだな。


 あいつらは‥‥‥俺と一緒に旅をした五人。

 ウガン、エレナ、ニルファ、ジーク、クイン‥‥‥あいつら自身はあの戦いで死んじまったけど、その一族はきっと国王からの報酬できっと栄えただろう。

 どっかで会うことになるかもしれないなあ。


 そう考えると、確かにこの第二の人生も楽しいことが沢山あるような気がしてきた。

 何事もポジティブだな。


 世界の変化を見て、人に会って、魔術の鍛錬をして‥‥‥俺の時代に出来なかったことを取り戻す。

 俺たちが手に入れた平和なんだ、俺がそれを謳歌しても誰も文句は言わないよな。


 とりあえずはそうだな。ここでクロの世話になって身体をしっかり元に戻して、まずはあいつらの墓参りにでもいこうかな。


 そうしよう。

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