懐かしい「音」

椿童子

はじめに、「物売りの声」


ところで、皆さん、「物売りの声」というと、何を思い出しますか?


教科書などに出てくるものでは、京都ですかね。花などを頭にのせて、「花いらんかえー」と売り歩く「白川女」(しらかわめ)や、しば・薪・花などを頭にのせて、売りにくる「大原女」(おはらめ)、こういうものがありますね。

今ではそういう方々は観光ガイド的なものだけで、普通には見かけないそうですね。


「なつかしいよなあ」と郷愁を感じるかもしれません。あ、そうですか、知りませんか。やはり、お若い方には時代が違いますから、ここでちょっと補足説明しましょう。


昔、コンビニやスーパーマーケットなどもなかった時代、そんな昔ではありません、4、50年前の昭和の時代ですが、日々の暮らしの中で、食品や物品の販売等を商いとしてされていた方がいらっしゃいまして、そういう方のことを、「物売り」とお呼びしていました。


よろしいですか?はい、それでは、話を続けます。


この「物売り」の方々は、先程の「白川女」や「大原女」のように、姿が見えなくても、声や音楽で取り扱う品物が分かるようにと、鳴り物や独特の売り声や楽器を使ってセールスをしていました。


そこで、どんな物売り屋さんがいらして、どんな声や音だったのか。


例えば1935年(昭和10年)に書かれた「物売りの声」というものがあります。著者は寺田寅彦博士です。博士は1878年(明治11年)生まれのとても有名な物理学者ですが、文豪夏目漱石とも親しく、いろいろな随筆を残されております。


博士は、この随筆の中で、豆腐を売る豆腐屋さん、納豆の納豆売り屋さん、それから玄米パン売り、竿竹売り等を採り上げ、最後に、「このような物売りの声は次第になくなっていくので、録音して100年後の民俗学者等に聞かせたらどうか」と結んでおられます。

書かれた時代は1935年(昭和10年)、第二次世界大戦以前ですから、今の暮らしとは全然違います。それでも私が生まれ育った1950年代後半から70年後半あたりでも、寺田博士が聞かれたものと同じものが残っていました。


今夜はそれを採り上げてみましょう。

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