戦争
「断固として! 獣人のような醜い種族を受け入れることなど出来ません!」
「何を言う! この魔王討伐軍の中で、共に戦った戦友ではないか!」
「殿下は理解しておられぬのです! あの卑しき種族は知能も低くただ無謀に突撃することしか出来ない野蛮な種族ですぞ! 我らエルフの高貴な姿が穢れてしまう!」
ダン! と強く机が叩かれた。
酷く攻勢に出ていた宰相の顔が、僅かに青くなる。しかし、すぐに反論を口にした。
「そ、そうやって武力でしか解決できないのでしたら、この国は滅亡しますぞ……」
「……」
反論の余地が無い正論。この国の、エルフの宰相は有能だ。高い知略から多くの利益を生み出せる人物であり、現国王からも信頼を置かれている。
しかし同時に、酷く排他種族の価値観を持ったヒトでもある。エルフ至上主義であり、エルフこそが最も高貴な存在だと信じて疑わない。
「……ゆ、勇者様からも殿下に何か言ってください!」
「……ん?」
(ああ、俺に言ったのね。……ったく)
突然の呼びかけに思わず適当に返してから、ロシュエフの顔を見つめる。そこには、強い意志と僅かな不安を滲ませた、到底次期国王とは思えない顔が浮かんでいた。
「あぁそうだな。エルフは優秀な種族だ。そのほとんどが優れた魔法の技術と冴え渡る剣技を用い、高い頭脳を持っている。それに美男美女が多いときた」
「その通りでございます! やはりエルフこそが至高なのですぞ殿下!」
「だがしかし、それは他種族が居るからこそ優秀だと認められているに過ぎない。もしこの世界に人族も獣人も存在せず、魔族とエルフ、そして竜人しか居ない世界だとしたら、最も劣っているのは間違いなくエルフだ」
「なッ、あ……!」
俺の暴論ともとれる意見に、宰相は即座に反論しようとした。しかし、それが叶うことは無かった。
宰相本人の意思で、その口は開く寸前に閉じられたからだ。
まがりなりにも優秀な頭脳だ。俺の暴論が空想で屁理屈だとしても、筋が通っていることは理解できるらしい。
「わかりました……勇者様の崇高な考えと、殿下の意見を無視する訳にもいきません」
「そ、そうか!」
宰相の言葉に、顔を輝かせるロシュエフ。
「しかし、2年です。2年の間に獣人と人族のもたらす明確な利益を私に見せ、そして対等な関係であると認めさせてください。それが出来なければ、私は再び反対致します」
「……! …………ああ! 絶対に認めさせてみせよう」
そう返すロシュエフの瞳は、先ほどよりも数倍は輝いていた。
(一件落着、っと……)
俺も気楽に、その場を後にした。
「まぁ、そうだよ…な……」
あんな理想、そりゃあ達成するのは難しいに決まってる。アニメだったり漫画なら、ここから至難を乗り越えて和平を築いていくんだろうが、現実は綱渡りだ。
そして、この世界は負けた。
(テンプレだなぁ……)
きっかけは、エルフの強いプライドに虐げられていた獣人が反発し、それに対抗したエルフが続き――。
やがてそれは、世界規模の戦争を巻き起こしていた。
悲しいことに、戦争の開始日は、あの日からちょうど2年がたった今日だった。
既にロシュエフの言葉を聞き入れる貴族も居らず、宰相の進言と国王の一言で、全面戦争がその火蓋を切ったのだ。
俺は……何もしなかった。
勇者の責務から解放された今、もはや俺は一般人と同様だ。ただちょっと、戦闘に関しては世界にも挑めるくらいの自信はあるけど。
(…………)
長い沈黙だった。ひたすらに俺は、思考の天秤を揺らし続ける。
「帰る?」
「ッ!?」
突然の言葉に、俺は腰に差した聖剣へと手が伸びかけた。しかし、振り向いた先にいたのがネミだとわかって、手を離す。
「本当に全然わかんないから止めてくれ」
「無理。私は、普通にしてる」
コテン、と首を傾げて言うネミ。この子レベルの可愛さだともはや許してしまいそうになる俺の心が恨めしい。
だがしかし、彼女の意見はここ1年、俺が考え続けていることでもあった。
帰るか、残るか。一般人の俺が輝ける世界に居るか、一般人らしく平穏な日々を暮らせる世界を目指すか。
「どうする?」
思わず、目の前の少女の瞳を見つめる。透き通るような白銀の色をしていた。
その奥に映る俺の顔は、なんだか怯えているようでも、困っているようでもある。
「少し、考えさせてくれ」
今の俺には、そう言うことしか出来なかった。
「ん、私は待ってる」
答えを出せない俺を前に、彼女はそう言ってくれた。その言葉が、嬉しかった。
答えの出ないまま、エルフの国を歩き回る。どうしようもない思いが頭の中をぐるぐると駆け回っていた。
この世界で、俺は友ができた。掛け替えのない戦友ができた。
アイツらを置いて帰る決断が、俺にはまだ出来ていない。
日本には、家族がいる。向こうにも、やり残したことがあった。
何よりも、戦闘の毎日でいつ死んでしまうか分からない日々が少し、怖かった。
俺は――俺は―――。
気付けば、どこかの宿でまどろみの中へと吸い込まれていった。
明日には、答えが見つけられるだろうか。
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