シリアスは勇者力(物理)で崩壊する

抹茶

最高の仲間と別れ

魔王討伐



「善き、剣だった……」

「アンタも強かったよ……」


 これが、俺と魔王が最後に交わした言葉。別段今の日本社会じゃテンプレとすら呼ばれる言葉だが、俺にとっては何よりも心に届く言葉だった。

 9時間と47分。俺が魔王と対峙し、戦った時間の合計だ。


 朝に突撃を始め、既に太陽が沈みかけていた。

 俺と魔王の攻撃で半壊状態な魔王城から、赤く染り始める空が見える。


 今しがた、魔王は討伐された。俺の手によって心臓コアを砕かれ、生涯の幕を閉じた。

 

 異世界オリキア。なんと数百年にも渡って何代もの魔王と戦い続けていたらしい。

 今代の魔王が23代目。歴史上で最も力を持った魔王で、人類の受けた傷は底が知れない。


「あーあ。終わったなぁ……」

「だな、終わった」


 俺の伸び切った言葉に同調するように、爽やかな声が聞こえた。

 繰り返す、声だ。つまりは――陽キャ。


 ピュン――!


「うおぉっ!? ぁっぶねぇなフェイト!」

「うるさい、イケメン死すべし」

「うおっ!? っと! は! おい止めろバカ!」


 圧縮された超高火力の熱戦が、金色の鎧を身にまとった好青年の傍を貫通した。

 身長は高く、蒼く透き通った髪が丁寧に手入れされている。瞳はどこまでも見通すような緑で、その容姿は女子から大変受けが宜しい。


 ちなみに名前はロシュエフで、そこだけ案外普通で好感を持てる部分だ。そこだけは。

 

 まぁ性がアレインテールで、この国の国王の長男なんだけど。イケメンで地位高いとか死ねよ。


 対して俺は、平均より少しだが低いくらいの身長に、ぼさぼさの黒髪と黒目。典型的な地味キャラだったりするんだが、これでも勇者だ。名前はフェイト。性は無い。

 いや、だった。


 今しがた魔王を討伐したことで、勇者としての責務は全て果たされた。これで晴れて俺は――


(俺は……)


「こーら! 何辛気臭い顔してんの? せっかくの勇者サマが勿体無い」

「そんな顔してない。ただちょっと考えてただけだ」


 俺の様子を見て声を掛けてきたのは赤い髪をした少女。

 一般的な女子と比較してもそう変わらないようなザ普通を地でゆくこの少女は、名をメリルと言う。


 もうどこかのゲームに出てくる勇者パーティーの総勢が揃いそうな勢いで似てるキャラが出ているのは、気のせいだと信じたい。

 

「考え事ね。どうせアンタのことだからロクなこと考えてないでしょ?」

「お、大正解。これから魔王城をどうしたら俺のモノにできるか考えてた」

「ほらみたか」


 呆れたような声で言うメリル。にしたってしょうがないと思う。

 

 なにせ折角の異世界であるというのにハーレムは無いしチートも無いしお飾りだし貶されるし。

 勇者が最も価値無いパーティーとかどんだけだよ。


「はぁ」


 嘆息。本当にどうしたら良いのやら。


 もう、それならいっそ――


「帰る、という選択肢ならあるよ?」

「わぁッ!?」


 思考を読まれたレベルでピンポイントなこと言ってくる少女がそこに居た。

 白衣に身を包み、右手で俺の服の裾を掴んでいる。俺同様に手入れされていない紫の髪が変に捻くれていた。


 彼女の名はネミ。名の通り眠るのが好きでもある。


 彼女の方を向くと、その寝癖だけでなく容姿にも特徴がある。

 背が低い。成人した大人なはずだが、それでも俺の胸元くらいの背しかない。これはこの世界においても珍しいことで、本人いわくコンプレックスだとか。


「…‥貴方が魔王と戦っている最中、私は魔王城の地下に行ってた」

 

 俺が無言なのを続きを促していると解釈したのか、そう語り出す。


「神話級の魔道具、禁術の書物、奴隷化の秘術、性の強制化魔術。色々と置いてあった」

「たしかに前半は有り得ないくらい凄いけど後半はただの性奴隷の魔術創ろうとしただけじゃねぇか」

「……それでその中に、異世界への召喚魔法の対抗魔法があった」


 あ、スルーなのね。という呟きが空気に流される頃、彼女の口から出た言葉は充分俺のセリフを無視するだけの重要性を秘めていた。


「ッ……それで、確率は?」

「100パー。恐らく完全対向型の魔法」


 魔法を他人に教えるには、魔方陣と呼ばれる幾何模様の円陣を描く必要がある。

 そこに記した効果が適切に発揮されれば、それを他人に受け継がせることで魔法を広めることができる。


 そんな際、魔方陣の一部を弄ることで真逆の魔法を発動させることができたのだ。

 つまりは、電気の回路に近い。普通の魔方陣がしっかりとした回路に対して弄った後の魔方陣は真逆に電気が流れる的な。


 しかしそれは、本来想定していないことだから勿論不具合を起こす場合がある。それを確立で表すこともできる。


 そして今回の、完全対向型の魔法というのは、その数ある確率の中でも確実に成功する、つまり100%の魔法に適用される言葉だ。

 ある特殊な魔法に対して、その効力を完全に消すためにのことを指す。


「……そう、か…………」


 話が長くなったが、つまりは俺が日本に帰れるかもしれないということだ。いや、ほぼ帰れる。

 未だその魔方陣を見てないからわからないが、恐らく出口は日本なはずだ。


 少なくない希望に胸を躍らせながら、俺は先ほどまでの不安が消え去るのを感じた。


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