エピソードゼロ エイリーン編

エイリーンがコウルと出会う前。エルドリーンから冷静で完璧な女神と思われていた頃。


某所。とある魔物の秘密基地の洞窟。


洞窟の中は大勢の魔物が倒れ伏していた。


「バ、バカな……。オレが入念に準備した計画が……!?」


奥では一匹の大型魔物が驚愕の表情で目の前の少女を見ている。


「こんな小娘一人に……?」


その少女。エイリーンは静かに魔物に剣を向ける。


「あなた方はこの地方に害をもたらし過ぎました。女神の名のもとに征伐させていただきます」


「ま――」


言葉を呟く間もなく、剣は魔物を貫いていた。




「相変わらずの早さね。もっと地上でゆっくりしてくればいいのに。お姉さま?」


神の塔の入り口で、エルドリーンは嫌味を言いつつも出迎える。


「あなたはいいのですか? こちら側にいて。今はあちら側にいる時間では」


表情を変えず返すエイリーンを、エルドリーンは睨みつける。


「姉に会いにいくくらい構わないんじゃないかしら、お姉さま」


「……そうですね。それくらいはエイナール様も許すでしょう」


それだけ言うとエイリーンは塔の奥に向かって歩いていく。


エルドリーンは睨みつつも、立ち尽くすことしかできなかった。




「よく戻りましたね。エイリーン」


「はい」


エイナールの微笑みに、エイリーンは変わらず無表情で返事をする。


「エルドリーンも言っていたようですが、地上をもう少し回ってきてもよいのですよ?」


「いえ、これが私の任務ですから」


エイリーンは頭を下げるとすぐにエイナールのもとを離れていく。


それを見ながらエイナールは少し悲しげな表情を浮かべた。


「仕事熱心なのはいいですが、あれでは契約者はいつ見つかるでしょうね……」


さすがの女神エイナールもそこまでは予見できなかった。




女神は普段、塔の上から地上を見守っている。


もちろんそれだけではない。地上にて異変が発生した場合はそれに対処している。


女神見習いのエイリーンはその一角をこなしていた。


「今は……特に異常はありませんね」


塔から地上を見下ろすエイリーン。その姿表情からは何も読み取ることはできない。


「そんなに仕事が欲しいの、お姉さま?」


「……エルドリーン。今日はよく会いますね」


エイリーンは地上を見下ろすのをやめるとエルドリーンに向き直る。


「あら、興味があるの?」


「姉として、あなたの話を聞くだけです」


「あ、そう」


淡々と返事をしたエルドリーンだったが、その内心喜んでいた。


自身の計画に姉が釣れたことに。


「それで、あなたから話しかけてきたということは、こちらの世界で私の気づいていない異変が?」


「ええ、まあね」


エルドリーンは一枚の似顔絵を取り出す。


「名前はカーズ。あなたの世界と繋がっているあちらの世界の出身ね」


エイリーンは似顔絵を受け取ると、何かを計るように集中する。


「なるほど……。危険度急上昇。対処は早いほうがいいかもしれませんね」


そう言ってエイリーンはさっと行動に入る。


「まったくせっかちね。お姉さまは」


エルドリーンは邪悪な笑みで呟いた。




雷雨の中、ふたつの影が対峙する。ひとつはエイリーン。そして……。


「あなたがカーズですか」


「なんだ貴様は」


ぶっきらぼうに返しながらもカーズは驚いていた。目の前の少女の魔力に。


「私はエイリーン。女神見習いの名のもと、あなたを征伐します」


「女神……見習い……? そうか……」


カーズの中である線がつながった。自分に力を授けた女が言っていた。自分を止めに来るものが現れると。


「あの女の思惑に乗るのは気に入らないが――」


カーズが剣を抜く。


「――女神見習い。お前も計画の一部となれ!」


剣と剣がぶつかり合う。その音は響く雷雨にかき消される。


幾度かのぶつかり合いで勝負がつかないと察したエイリーンは、すぐさま距離を置き魔力弾を放つ。


「っ……! こいつ」


瞬時の切り替えにカーズは反応が遅れる。


それを逃さずエイリーンは魔力弾で追撃を入れ追い詰める。


「これで!」


怯んだカーズに、エイリーンはとどめの剣を掲げ突撃する。


カーズもここまでかと諦めかけた時だった。


雷光が落ちる。その稲妻はエイリーンを直撃した。


「「なっ……」」


カーズの驚きとエイリーンの驚きが同時に発せられる。


だが、エイリーンは雷のダメージで墜落する。


「そ、そん……な……」


何が起きたかわからない。いやわかりたくないエイリーン。


その眼前にカーズが降り立つ。


「クク……フハハ! 女神さまが神に見放されたか?」


「……っ」


返す言葉がなかった。あの状況から雷ひとつで形成逆転されているのだから。


だがエイリーンはあきらめない。女神見習いとしての使命が彼女を立ち上がらせる。


「よく立ち上がれる。だが、そこまで満身創痍ならもう剣を交える必要はないな」


カーズはエイリーンに向け手を突き出すと、何かを詠唱し始めた。


「っ!? これは――」


「さすが女神見習い様。知っているようだな。これは魔力を奪う秘術。


基本、この世界では魔力は人それぞれのもの。奪うことはできない。だがこの秘術は別だ」


「く……あああっ」


エイリーンから少しずつ魔力が抜け、カーズの突き出した手に向かっていく。


「この術の欠点は相手が万全だと簡単に無効にされてしまうことだが、今の貴様なら十分通じる」


「ううっ……」


使命で立ち上がったエイリーンも、魔力を吸われ再び崩れ落ちる。


「すごい、すごいぞ。この魔力量! 女神見習いは伊達ではないらしい!」


興奮しながら魔力の吸収を続けるカーズ。


エイリーンはその隙に自身もある術を発動させていた。


(私の意識が落ちる前にせめて――)


吸収されるエイリーンの魔力の一部が、光玉となって消えるのをカーズは見逃していた。


この見逃しが彼の敗北になるとは、この時は誰にもわからなかった。


(――これできっと、この男への抑止力が……)


エイリーンの意識が落ちる。


この光が後に、コウルをこの世界へ誘う希望となっていくのであった。

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