礼部尚書からのご挨拶
道中、一波乱はあったものの、無事に
「みなさま。遠いところから来ていただき、ありがとうございます。私が、礼部尚書の位を授かりました、
そう言うと、深々と揖礼をする張尚書。話し方も、物腰もずいぶん柔らかだ。どうやら、
桂花宮の一室で椅子に座り、おとなしく話を聞いている月影は、ほんの少しうつむき加減で、彼の顔を盗み見る。
一見、中肉中背の典型的な中年男性のように見えなくもない。しかし、よく注意して観察すると、彼の立ち居振る舞いの一つ一つには、一切の隙もなかった。
さすがは礼部の尚書、と言うべきか。
そんな風に、月影が人間観察をしていたら。
「では、主な指南役をご紹介いたします。こちらをご覧ください」と、張尚書が右手を使って(月影たちからすると)左側の方に注目するように促す。
身体を横にして見ると、そこには四人の男性が立っていた。
そのうちの一人を、張尚書は示した。文官の正装を着ていることから、おそらく礼部の官吏だろう。
そう軽く思っていた月影は、次の瞬間、びっくりすることとなる。
「みなさまもご存じかもしれません。こちらが、
柔和な笑みを浮かべて月影たちの方を見る第一王子――――黄伯佑は、この上なく優雅なしぐさで軽く揖礼する。
王子に頭を下げられた月影たちは、あわてて同じように揖礼をした。
「次に紹介しますは、
武官の略式正装を身に纏った第二王子――――黄仲真は、「よろしく」と、口元に人懐っこい笑いながら、拱手した。
月影は、その雰囲気にやや面喰いながらも、先ほどと同じように揖礼を返す。
「その次が、
眼鏡をかけたまだ若そうな男性官吏が、表情を崩すことなく揖礼をする。
月影は、何だか関わりにくそうな人だな、と思いながらも揖礼した。
「そして最後が、
白髪の老人が、ゆっくりと揖礼した。
もしかしたら、月影の祖父(六十路すぎ)より年長かもしれないと月影が思ってしまうほど、彼の頭は真っ白だった。
彼は、月影たち後嗣許婚候補の少年をどこか品定めするように見た。その歳を重ねてきた者特有の鋭い眼光で射られそうな気分になった月影は、我知らず背筋を伸ばす。
気が付くと、
「以上が、みなさまの指南役となってくださる方々です。みなさま、大いに学んでください。では、詳しい説明の方は、黄伯佑礼部官にお願いします」
張尚書が説明するのはここまでのようだ。
ずっと前の方に立っていた彼は、数歩下がる。
「はい。わかりました、張尚書。あとは、お任せください」
張尚書と替わって、名を呼ばれた黄伯佑礼部官が、前の方に進み出た。
「では、礼部の官吏として、あなた方に今回の試しについて、説明します。詳しい内容はおいおい話すとして、今日は、今のところ予定していることの大筋だけ言います。一度しか言わないので、よく聞いておいてください」
みなが「はい」と、返事をする。
「まず最初の三ヶ月は、講義に出てもらいます。ほとんどが座学中心です。六芸はもちろんのこと、後嗣許婚として、次代の王夫君として必要な最低限度のことも教えていきます。これらの講義が終了したあとには、座学の試験が一回行われます。これは、第一回目の講義からのまとめ試験です。及第点に達さなかった者は落第とみなし、故郷に帰ってもらいます。しっかり勉強しておいてください」
月影たちは、また先ほどと同じような返事をする。
「罰則についても言っておきましょう。奥ノ宮を含む朝廷で定められている重大な決まりを破った者、国法を犯した者については、厳罰に処します。それは、あなた方が例え四神宗家やそれに連なる一族の者であったとしても、変わりません。だから、何かあっても親御さんや当主さまが助けてくださる、とは間違っても思わぬように。朝廷がありますここ、
黄伯佑礼部官が、念を押すように言う。
その言葉に、月影たちは揖礼をすることによって応えた。
月影は、思った。やはり
「私からは、以上です。方々、何か連絡事項等はおありですか?」
黄伯佑礼部官の話は、終わったようだ。彼は、他の指南役の方を見る。
是、と答えた者はいなかった。
「では、みな、励んでください。この中に、後嗣殿下にふさわしい者がいることを願っています」
お開きだ、とばかりにこう言って、黄伯佑礼部官は締めくくった。
それを合図に、張尚書を始めとする下位の礼部官や指南役たちが、室を退出していく。
それを、揖礼をしながら見送った月影たちであった。
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