五王子


「まあ…………それでも、ここから私たちの新たな人生が、始まるんだね…………。そう思うと、何か、感慨深いものがあるように思えてならないな」

 柳桂りゅうけいは、目の前にある光景を眺めた。

 次いで月影げつえいも、同じように前を見る。

 女王後嗣許婚候補のために特別に設けられた場所からは、大極殿だいきょくでんがよく見えた。

 実は、大極殿とその前の広場は、かなりの高低差がある。大極殿が、丘の上につくられているのだ。だから、広場から大極殿に行こうとしたら、何十段、何百段もありそうな階段を、ひたすら登り続けなくてはならない。

 その大極殿の野外の舞台のようにせり出している露台には、御簾が下してあった。

 おそらく、そこに女王陛下がお出ましになられるのだろう。事実、数十人くらいのかなりの高官と思われる官吏が、付近に待機していた。いわゆる、側近という方々なのであろうか?

 しばらく、二人とも言葉少なげに大極殿の方を観察していた…………のだが。

 ふいに、柳桂が、あ、と声を上げた。

「ご覧。あそこに王子さま方がいらっしゃる」

 月影は、柳桂の目線の先を追う。

 気のせいか、柳桂の声が、興奮を隠せていないように感じた。ここが王宮で、相手が王子さま方でなかったら、人差し指で指さしていそうだ(さすがに不敬になるから、柳桂もやっていない)。

「…………ああ。あの、御簾が下ろしてあるところに近い?」

 月影は、目を凝らした。

 やはり遠目では、見えにくい。

「ああ。そうだ。御簾の下ろされているところから左に、伯佑はくゆう第一王子さま、仲真ちゅうしん第二王子さま、叔宝しゅくほう第三王子さま、秀玉しゅうぎょく第四王子さま、そして、最後が季安きあん第五王子さまだ。……おそらく」

「……………………そ、そうですか」

 一気に五人の人の名を言われた月影は、思わずたじろぐ。その情報量の多さに、柳桂の言葉を頭の中で繰り返すのが精一杯であった。ちょっと、待ってほしい…………。

「もしかして、五王子さまを、知らないの? 全員、今上きんじょう(現在、王位についている女王のこと。当代、当今とうぎんとも)陛下の御子息でいらっしゃるお方だよ」

 今上陛下の御子息…………。確か、今上陛下には、六人のお子さまがいらっしゃたはず。

「五王子さまって…………まさか」

 柳桂は、思った。どうやら、思い当たるところがあったらしい。

「そのまさか、さ。今上陛下の御子息であり、後嗣殿下の兄君にあたるお方だよ。みなさまね」

 月影は、もう一度、五人の王子たちの方を見た。

 確かに、、一筋縄ではいかない御仁ごじんのようだ。それは、ぱっと見ただけでもわかる。何となく。

 彼らは、黄王家の王子の礼服と思われる衣を纏っていた。

 その衣の色は禁色きんじきである、黄。この色は、黄王家を象徴する色であり、同時に黄王家でも限られた者しか身に纏うことができない、最高級の禁色でもあった。

 ちなみに、禁色とは、女王に許された一族の者しか礼装や正装一式に使えない色のことである。俗にいうところの、禁色の制だ。これは、花国では古くから続く制度の一つであった。

 さらに言うと、月影の実家である珀家のような四斎家や、柳桂の実家である青宗家のような四神宗家の姓の色も、禁色であった。例えば、青色の礼装は、青家の者以外、何人も着ることを許されていない、といったように。それが、彼らを特権貴族たるものとしている、と言えなくもないが。

 そんな話はここまでにして。

 柳桂が、再び口を開いた。

「五王子さまも、もしかしたら、今回の後嗣許婚選びの選考に参加されるかもしれないね。何と言っても、妹君でいらっしゃる後嗣殿下の将来のご夫君だもの。五王子さまにとっても義弟になる人なんだから、かなり厳しい選考になりそうだ」

「そ、そんなぁ~~。ど、どうしよう…………」

 月影は、ここに来たことを、とてつもなく後悔した。

 そうだ。五王子さまにとってみれば、僕たちは大切でかわいい(多分?)妹君のお婿さん候補だ。そんな妹君をお持ちの兄君たちのご心境は、如何ばかりのものか。

 …………あまり、考えたくない。僕にも、月華という妹がいるからこそ、よけいに。

「まあ、これもあきらめるしか、ないね。ここまで来てしまったのだし、どうせしばらくは王宮から出られるはずもないから」

 柳桂が、月影が考えたくない現実を、容赦なく言ってきた。

「か、帰りたい…………」

 月影は、相変わらず下を向いたままである。

 気分はどん底、まるで落とし穴にはまってしまったようだ。

 そんな月影に、柳桂は発破を掛けた。

「ほら、顔をあげなよ。背筋も伸ばして、しっかり立って。他の許婚候補も来たし。それに、もうすぐ始まるようだから」

 柳桂は、思った。

 こんなに柔で、やっていけるのかね? ここは、朝廷だぞ。

 一方。

「は、はい!」と、元気な返事をした月影は、顔を上げた。ぴんっと背筋を伸ばす。

 それから、大極殿の方を見た。

 そこでは、確かに謁見が始まりそうであった。

 宰相らしき壮年の男が、露台の前の方に進み出る。

 彼は、御簾を下ろしたままの空の玉座に向かって恭しく頭を下げたあと。張りのある大きな声で、こう告げた。

「まもなく、女王陛下、後嗣殿下が、こちらへお出ましになられます。みなさま、静粛にねがいます」

 今まで、ざわざわしていた幾百、幾千もの人々が、徐々に口を閉ざす。

 引き波のように、前の方から、話し声が消えていった。

 しーんと、辺りが静まり返る。

 そこに、女王陛下と後嗣殿下のお出ましを知らせる、銅鑼どらが鳴り響いた。どぉ――ん……、どぉ――ん……。

 次いで、太鼓が鳴る。御成り鈴と呼ばれる特別な鈴も鳴り、お二方のご登場を華やかに彩った。

花国かこく国主こくしゅ巫女ふじょ大王だいおう陛下、花国国主巫女大王後嗣殿下、出御しゅつぎょ

 朝廷百官が、その場にいた誰もが、一斉に頭を垂れる。

 月影も、慌てて両膝をつき、叩頭こうとう(頭を地に着けて、拝礼すること。土下座のようなもの)した。


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