王都・瑞花へ
深く降り積もっていた雪が少しずつ溶けて、
鳥も、
そんな季節も過ぎ。
その本の題名は、『四神宗家の成り立ちについて』。
それは、以下のような話である。
◆◇◆◇◆
花国は、
ここで、皆は気がつくだろう。女王陛下がおわします王都“
その理由は、花国の国造り伝説から
《
花国を建国した初代女王・
彼らは、兄弟姉妹とても仲が良く、女王であった母を万事にあたり助けたと言われている。
そんな彼らを信頼していたのだろう。
女王黄明花は臨終の時に、子どもたちを
“次男である王子には、北の地を。
長男である王子には、西の地を。
三男である王子には、南の地を。
三女である王女には、東の地を。
そして、長子で長女である王女が、黄王家を継ぎ、国を治めよ。”と。
この遺言を誠実に守った彼らは、母王の喪が明けたのち、それぞれの地に旅立った。
ちょうどその頃、建国に貢献した
北の方位四神である
西の方位四神である
南の方位四神である
東の方位四神である
……というように。
そこに、何かに導かれるようにやってきた王子と王女は、それぞれ旅先で、四神と出会う。
四神が花国の守護神となったことを知り、深く感謝した彼らは、それぞれ四神を
それを知った彼らの姉でもある花国第二代目女王・
……というように。
後に、この四神を祀る四氏族は、四神宗家と呼ばれるようになり、黄王家の次に尊き家とされるようになった。
そして、黄王家は女系となり、代々黄の一族の王女が王位を継承し、女王として国を統治するようになった。
(これが、四神宗家の始まりか…………)
月影は、ここまで一気に読むと、その本を閉じた。
月影自身、この話は幼いころから何度も読み聞かされてきたため、別に新鮮さがあるわけでもない。しかし、今改めて読んでみると、四神宗家は黄王家の分家であり、四大家という異名もうなずけるほどの名家でもあるのだなと、思わずにはいられなかった。
それから、月影は本から目を離し、車窓の風景をぼんやりと眺め、物思いにふけっていたのだが。
「月影。おまえ、さっきからずっと浮かない顔をしているな」
「兄上」
窓の外を眺める月影に、声をかけてきた人物がいた。月影は、目線を外から
月影が兄上と呼んだこの人物こそが、月影が生まれる前に
名を、
そう、彼の養子に入った先は、あの白家なのである。それも、四神宗家が一つ、白宗家だ。
普通なら、珀本家の跡継ぎ夫婦の、それも長男として誕生したのなら、養子に出されることはなかっただろう。
しかし、やむにやまれぬ事情があったため、彼は六歳のときに生家を離れたのである。
そのやむにやまれぬ事情というものは、次の通りである。
◆◇◆◇◆
今からかれこれ二十数年前。
白宗家の当主がまだ代替わりしていなかったころの話だ。
そのころ、白宗家の当主の跡取りの
そんなある日、彼の父でその当時の白宗家の当主(先代の白宗家当主)が、
一族や家臣たちは、いっこうに男児を産めない彼の奥方以外に、別の奥さんも持てば、と進言する者もいた。いわゆる、
ともかく、そんな側室まで周囲に進められるようになってしまった彼は、さんざん悩んだ末に、
その苦肉の策が、なるべく白宗家の直系で、血が近い男児を他家から養子として迎えることであった。その時、白羽の矢が立ったのが、当時まだ五歳の幼児であった
実は、風雅の父は、先代の白宗家の当主の息子であり、婿養子として珀本家に入った人物であった。少々ややこしいにはなるがつまり、嵐雅の弟でもあるということだ。彼は、珀本家現当主の月影の祖父の一人娘を奥方としたのである。何よりも、父系であることを良しとする白西州では、風雅は申し分もない候補であった。
実兄からこの提案を聞いた風雅と月影の両親で、珀本家の跡取り夫妻は、
長くなったが、
ちなみに、月影が生まれる一年前に養子に出された風雅だが、子どもの頃は、一年のうち二月ほど、珀本家の屋敷に遊びに来ていた。後から聞いた話だが、白宗家の現当主で、月影にとっては伯父にあたる嵐雅の、しぶしぶ養子入りを了承した弟夫婦に対する気遣いだったらしい。
そんなわけで、毎年夏に、
月影も、たまにしか会うことのできない風雅に会えることが、とても好きだった。遠くからやって来る兄は、自分の知らない世界を連れてやってきてくれるような気がしたのだ。実際、年々、兄がくれたお土産が自分の室に増えていくたびに、そう感じたものである。
しかし、何よりも月影を喜ばしたのは、兄が語る数々の話であった。それは、特別なものではない。例えば、白西州の州都・
そんなわけで、月影と風雅は、普段住んでいる場所こそとても離れているが、心の距離は仲の良い兄弟のそれと、変わらなかった。
長い回想から現実へと戻ってきた月影は、
「それはそうですよ。兄上。僕の気持ちをご察しください」
話しかけてきた兄の方から目をそらし、再び窓の外を見つめる。正直、やってられるか、という気持ちしかない。
そんなどこかすねた実の弟の姿を見た風雅は、苦笑した。
「まあ、そういってくれるな。確かに、おまえには迷惑をかけるが、これは誰かがやらなかったらならないことだ。悪いが、我慢してくれ」
月影は、はぁーとため息をつく。
そうだった。この兄だって、白宗家の跡取り問題の一番の当事者であり、苦労もしてきた人だった。忘れていた。
それに、今回のことは、兄は少しも悪くない。だから、兄に当たるのは、間違っていた。
「…………すみませんでした。わかっていますよ兄上。僕も、もうそんなに子どもではありません。だから今回のお務めは、しっかりやります」
一応反省の言葉を述べ、謝罪する。
そんな弟の気持ちもわかっているのだろう。風雅はもう一度苦笑した。
「すまんな。月影」
「いいえ。大丈夫です」
「…………そうか」
風雅はなお、すまなそうに頷いたのである。
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