瑞花白宗家邸にて
あれから、
そんな風に、月影がくつろいでいたら。
突然、回廊をばたばたと走る音が聞こえてきた。
誰だ……?
月影は、首を傾げた。
仮にもここは瑞花白宗家邸、足音を立てて走る使用人など、いないはずだ。
何か、緊急のことがあったのだろうか?
月影が、そう思っていたら。
見知った人が、月影の前に現れた。
「あ、兄上!?」
月影は、仰天した。
なんと、実兄の風雅が、月影のいる室に飛び込んできたのだ。
かなり急いでいる彼は、月影の姿を認めると、大きな声で叫ぶように言った。
「月影。ゆっくり休んでいるところに悪いが、今すぐ、正装に着替えてくれ!!」
「は、はいぃぃ――――っ!! な、なんで?」
月影は、思わず叫び声をあげていた。手に持つ湯呑みを落としそうになる。
一体全体、何事だ!?
「いいから。説明している間も惜しい。つべこべ言わずにさっさと着替えろ! そんで着替え終わったら、正面玄関に来い。事情は、そこで話す」
そこまで一気にまくしたてるように言うと、風雅は月影の室の出入口に向かった。
おおーい。誰か、月影の正装一式を持ってきてくれ!!
回廊の方に首だけひょいっと出すと、使用人を呼ぶ。
それから、再び首を室に戻した風雅は、月影の方に振り向くと。
「それじゃ、またあとでな。俺も、着替える必要があるから!!」
そう言って、足早に室から出て行った。
「ちょっと、兄上!!」
月影は、慌てて去っていく兄を呼び止めた。しかし、月影の呼び止めもむなしく、風雅はまるで疾風のように行ってしまった。
兄上が…………風のように来て、風のように去っていた……。
何が何だか訳が分からない月影であったが、兄のただごとではない様子に押されて、しぶしぶ支度を始めたのであった。
◆◇◆◇◆
大急ぎで正装に着替えた月影は、回廊を疾走していた。
それから、正面玄関までやって来ると、滑り込むように兄の隣に立った。
「兄上。これは、いったい、どのようなことに、ございますか?」
月影は、上がった息を整えながら、兄に聞く。
誰だよ! こんな遅い時間にやって来る非常識な客人は!
月影がこのような気持ちになるのも、無理はないことであった。何を隠そう、この時点ですでに日は西に傾いているのである。
つまり、夕刻だ。間違っても、前触れなしに、人を気楽に訪ねていい時間帯ではない。
そんな実弟の怒りを気にすることもなく。
月影と同じく正装に着替えた風雅は、大したことではない、と言う風に、弟の顔を見て告げた。
「どういうこともない。ただ朝廷から、女王陛下の勅使が参られるそうだ」
「え? ええ――――――――っ!!」
月影は、自分の予想をはるかに上回る返答に、叫び声をあげていた。
さ、さすがは天下の
月影は、改めて実兄が養子入りした家の偉大さに驚いた。
「ここに来て早々、こんなことになって、すまない。どうやら……。俺たちが、一番最後だったらしい」
「?? 何が、です?」
月影は、頭の中に、疑問符を浮かべた。
いったい何が?
その弟の反応に、少しばかりいらいらしたようだ。怒ったように、風雅は言った。
「だーかーらっ。入京だよ。要するに、王都に来るのが、一番遅かったということっ」
「ええ――――っ!? そうなんですかぁ――――! でも僕たちも、ちゃんと期日の三日前に着いていますが…………」
月影は、再度叫び声をあげた。
てっきり、あ、もしかして、余裕だったんじゃない? くらいに思っていたのに。
噓でしょ…………。読みが甘かったか。
「他家が、早かったのか、そうじゃないのかは、この際どうでもいい。とにかく、他家と比べれば、白家の到着が一番最後だったという事実があるだけだ」
さばさばと、事実だけを述べる兄。
淡々とした兄の様子に、月影はあることを思い至ったようだ。
風雅に、おずおずとあることを聞いた。
「兄上…………」
「ん? 何だ」
「それって…………。何か、大きな問題になったりしませんか?」
まさか、罰則とか、ないよね…………。
月影の懸念していることが、わかったのだろう。
風雅は、首を横に振った。
「いや。特に問題ナシだ。とにかく体面を重んじる玄家あたりだったたら、ちょっとばかりまずかったかもしれんが、
だからまあ、気にすんな。
風雅はそう言うと、弟を安心させるために、にかっと笑った。
そうこうしているうちに、勅使の来訪を告げる声がした。
「ほら。拝礼しろ。勅使殿が、いらっしゃった」
風雅は月影を促し、自らも床に膝を付く。
月影も、兄に倣ってその場に跪いた。
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