九章 御子さま殺人事件(推理)2—2


だが、猛は何も言わない。

かわりに、タクミが話を進めた。


「とにかく、御子が、どこに行ったのかは、今のところ、わかりませんよ。

それが御子の意思であるかどうかも、ふくめて。それより、誰が蘭さんを殺したか、さきに考えませんか? ナイフは猛さんのもので、蘭さんの腹部の傷は、猛さんの仕業だった。でも、じゃあ、なんで、ここにナイフがあるんです? 鈴蘭さん、身に覚えは?」


鈴蘭は首をふる。


「猛さんは?」

「おれは、とりあえず、床下にころがしといたよ。あとで処分しようと思って」

「それをひろって、鈴蘭さんが隠す必要は、ぜんぜん、ないですよね?」

「ないな。おれと鈴蘭は特別な仲じゃないし」


ちろっと、みんなの目が蕗子に向く。


「ほんとに見たんですか? 蕗子さん。鈴蘭さんが、これをタンスにしまってるとこ」


蕗子は分が悪いと見て、急に泣きだした。


「見たと言ったら見たんです。なんで、みんな、わたしを責めるんですか。わたしが、みにくいからですか? ひどいわ」


わあわあ泣いて手に負えない。


「だまされちゃダメ。この子は自分に都合が悪くなると、ああやって泣いてごまかすの。心のなかでは、なんとも思ってないんだから」


仮にも育ての母とは思えない厳しい口調で、菊子が言及する。

親子の仲が、これほど破綻していることを、みんなは初めて知った。


「どうします?」

「もういいから、ユーベルにサイコメトリーで見てもらえよ。このナイフ」

「あっ、猛さん。もと探偵でしょ? いま、放棄しましたね。探偵の資格」

「そういう、おまえだって、月では副業で探偵してたんだろ」

「僕は超能力探偵ですから、ESPでの捜査、ありですよ」

「ずるい……」

「自分だって、念写するくせに。念写は超能力じゃないんですか?」


タクミと猛が幼稚な言いあいを始めると、よこから、そっと雪絵が口をひらいた。


「わたし、見ましたけど」


二人が同時に、雪絵をながめる。


「え? 何を?」

「教えてくれ」

「はい。あのとき、わたし、夕食の下ごしらえをしてました。それで、あのときなら修正可能だったので、みなさんに聞いてまわってたんです。イワシのつみれ汁と、豚汁と、どっちがいいか」

「あ、おれ、豚汁」と、猛が即答。


が、雪絵は申しわけなさそうに(でも、なんだか笑みをふくんで)頭をさげた。


「ごめんなさい。もう、つみれに……」

「ああ……」

「でも、メインディッシュは豚肉の生姜焼きですから」

「おおっ!」

「猛さん。死にたいんじゃなかったの? 食欲全開だね」


タクミに指摘されて、猛は笑った。

「食欲に勝るものなし、だよ」


はいはい、秋の腹ね——と考えて、顔なしは首をかしげる。


なぜ今、そう思ったんだろう?

昔、いつだったか、誰かの口から聞いたような気がする……。


「それで、みんなにメニューを聞いてまわってたんですね。そのとき、雪絵さんは何かを見たの?」

「この部屋から、蕗子さんが出ていくところです」


あ、やっぱり、という目で、みんなが蕗子を見た。


「な……なんですか? みなさん。そんなの、ウソっぱちよ。そうだわ。わたしが見た後ろ姿、鈴蘭さんじゃなく、雪絵さんだったのかもしれない。だって、二人とも黒髪を長く伸ばしてるから。見間違えたのよ。きっと、雪絵さんが鈴蘭さんのせいにしようとして、この部屋にナイフをかくしたんです」


雪絵はあぜんとして、即座に反論もできないようす。

それを見て、猛が口をはさんだ。


「でも、鈴蘭は洋服で、雪絵は和服だ。見間違えるはずがない」


そりゃそうだ。洋服と着物では、後ろ姿だけとはいえ、ぜんぜん違う。

なのに、なぜか、蕗子はほくそえんだ。


「やっぱり、かばうんですね、そうですよね。お二人はずいぶん前から、みだらな関係ですものね」


やはり兄妹だ。その瞬間、雪絵は水魚と同じように、着物のたもとで顔をかくした。


猛が大きく、ため息を吐きだす。


「ほんと、なんでも知ってるな。よっぽど、毎日、調べまわってたんだな」


「えッ」と、タクミ。

「じゃあ、なんですか? お二人って、恋人だったんですか?」


「ああ。そうだよ。ずっと隠してたんだ。蘭が知ると、すねるから。でも、おれは女房にするなら雪絵しかいないと思ってる」

「猛さん……(これは雪絵)」

「ごめんな。なんか、日陰の思いさせて」

「いいの。わたしはいいの」


人前でイチャイチャしだすので、なんとなく、顔なしはイライラした。

近づいていって、二人のにぎりあった手をふりほどいてやりたい衝動にかられる。


嫉妬——あきらかに、この感情は嫉妬だ。


顔なしはとまどった。


「今ので確信したよ。やっぱり、ナイフを隠したのは、蕗子だ。雪絵なら、たとえば、おれが蘭を殺したんだと勘違いして、ナイフを持ち去ったとしてもだ。それを鈴蘭のせいになんてしない。他人のタンスを勝手にあけるなんてこと、絶対しない。それも下着なんかにくるんで。雪絵は明治生まれの親に育てられた古風な女なんだよ。わかるか? この不二村みたいなド田舎の明治の親父が、どんだけガンコで厳格か。昭和生まれのおれには想像を絶するよ」


タクミが助勢する。


「僕なんか、昭和ですら、はるかに遠いですけどね……まあ、たしかに、雪絵さんのパーソナリティではないですね。雪絵さんなら、風呂敷にでも包んで、自分の部屋の天井裏とかに隠しそう」


すると、「蕗子よ。蕗子が鈴蘭のせいにしようとしたのよ。美人で、かしこくて、気立てもいい、みんなに好かれる鈴蘭が、憎かったのよ」と、菊子が決めつける。


さッと、ユーベルがナイフに手をかざす。


「蕗子が犯人」

「犯人って、ナイフを隠したのが? それとも、まさか、蘭さんを……」

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