八章 御子さま殺人事件(発生)1—3


ほかには、御子さま進路相談室。

御子さま職業案内。

御子さま建国の歴史博物館。

御子さまの秘密部屋。

御子さま育成ルーム(世界統一しちゃうぞ編、御子さまアイ活しちゃうぞ編、ほか多数)。

御子さまの思い出語り。

御子さまの食卓。

御子さまスタンプラリー。

御子さまコーディネート対決などなど……。


まじめなものから、ゲーム感覚のものまで、多数のブースやアトラクションが存在している。


コーディネート対決は、自分の選んだコーディネートがネット投票で一位になると、翌日の御子さまの着用服になる。

えらんだ服を御子さまに着てもらえるので、女の子には圧倒的な人気コーナーだ。


そのほか、フィギュアや写真をプリントした商品など、御子さまグッズは売店に、ところせましと、ならぶ。


銅像やホログラフィーも、いたるところに設置されていた。


都じゅう、御子さまだらけだ。


おかげで、ジェイソンは終始、イライラしていなければならなかった。


にぎやかな都のなかを、巡礼者は、まっすぐ神殿へ向かっていく。


神殿には宗教をこえて、パンデミックと、その後の惨禍で亡くなった者たちをしのぶ礼拝堂がある。


最上段には、やはり、そこにも御子のホログラフィーが投影されている。ひざを折り、祈りをささげる御子だ。


「あなたは、あなたの神に祈りなさい。けれど平和を愛する心は一つです」といった、万人の耳に心地よい言葉を、たまに吐くらしい。


が、もちろん、ジェイソンは、それを見物する気はない。


ジェイソンの目的は、御子の命をうばうことだ。


現地民とおぼしいのに、ジェイソンはたずねた。


「失礼ですが、御子さまは、どちらにお住まいですか?」


「あの山の上です、御子さまと巫子さまがたは、そこに暮らしておられますよ。


我々、一般人は、勝手に入ることは、ゆるされていません。そこは、この世に二つとない桃源郷です」


「桃源郷……」


「御子さまの安らかな暮らしをお守りするためのね」


「そうですか。ありがとう」


笑顔で現地民と別れる。


そのあと、ジェイソンは水と食料を買った。山道でも歩きやすいスニーカーに、はきかえた。


首都の地上部分は広大な公園だ。


ひとけのない地上公園を歩いていく。


周囲をみまわし、フェンスを乗りこえた。


首都近郊の町で自動車を盗んだ。ずいぶんレトロな電気自動車だ。持ちぬしの思念を読んで、操縦法をマスターした。


あちこちを迷ったすえ、車は山道の途中でエンストした。バッテリーが切れたのだ。


そのあとは徒歩で移動した。


エンパシーで、どうにか人の集まる気配を探した。奥へ奥へと、山をわけいっていく。


山のなかで二回、野宿した。


ようやく、その村を見つけたときには狂喜した。


待ってろよ。御子め。


祖父の……いや、おれのオリジナルの恨み、今日こそ晴らしてやる。


おれは月の大統領になるはずだったのに。


おまえのせいで、何もかもメチャクチャになった。


絶対に殺す。


ゆるさない。


厳重な見張りをかいくぐり、ジェイソンは村に侵入した。暗闇にまぎれて、農家から、大きなナタを盗みだした。


御子の住まいを見つけるのは、わけなかった。小さな村のなかで、一番、豪華な屋敷だから。


門にも見張りが、ついていた。


物陰から、一晩中、すきをうかがった。


好機がおとずれたのは、翌日だ。


見張りの交代のとき、一瞬、無人になった。すかさず、入りこむ。


なかは金に飽かせた豪邸だ。日本建築にくわしくないジェイソンですら、ひとめでわかる。


お城のように広々した屋敷。


有名な日本庭園みたいな庭。


その庭を人目を忍びながら、うろつく。


床下にひそみ、御子をさがした。


山中とあわせ、三夜が経過してる。買い置きの水や食料は、つきていた。


だが、ジェイソンは御子が見つかるまで、そこから動く気はなかった。今度こそ、確実に、しとめる。以前のように射殺されたりしない。


空腹に耐えて、待った。


すると、御子は現れた。


白いタートルネックのニットの服に、ブラックジーンズ。首に革ひもに通した勾玉(まがたま)をさげ、手には金のデザインリングをはめている。


御子は一人で歩いていく。


ジェイソンは背後から、おそいかかった。


口を手でふさぎ、頭をナタで、かち割る。


御子はジェイソンの腕のなかに倒れてきた。


(やった。ついに、やったぞ)


でも、これだけじゃダメだ。


とどめをささないと。


首を切りおとし、心臓をえぐりだし、全身をバラバラにしてやるんだ。


大声で笑いだしたいのをおさえた。


さあ、とどめをさそうと、御子の体を仰向けに置いた。


ジェイソンは、ショックを受けた。


これまで、ジェイソンは、ただの一度も、御子の顔をまともに見たことがなかった。あれほど機会があったにもかかわらず。


ホログラフィーや銅像を見かければ、ちッと舌打ちついて、すぐに目をそらした。


だから、知らなかったのだ。


御子が、こんなにも美しいなんて……。


(ウソだ。ウソだ。こんなの。こいつ……白人じゃないか。なんて白い肌……)


でも、その肌のなめらかさは、東洋人のシルクの手ざわり。


絶世の美女のようでもあるし、細身の美青年のようでもある。


誰もが、ひとめで恋に堕ちてしまうほど、美しいーー


(殺さなかったのに。これほど美しいと知ってれば……)


麗しいおもてを血に染めて倒れる、その人を見ると、ジェイソンの胸は張り裂けそうだ。


後悔の念が幾重にもかさなり、わきおこる。いまさら、遅いけど。


たのむ。目をあけてくれ。死なないでくれ。こんなの悲しすぎる。


遅ればせに心臓をつらぬいていった御子の魔法に打たれ、ジェイソンは立ちつくした。


いつまでも、御子の復活を祈りながら。

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