八章 御子さま殺人事件(発生)2—1

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《夢 近未来18》



「——という夢なんですけどね。最近、多いんですよ。そういう症状を訴えてくる患者さんが。どう思います?」


水魚特製おはぎを食べながら、タクミが語る。


蘭は顔をしかめた。

たとえ夢とはいえ、自分が殺されるのは、気分がいいとは言えない。


猛や水魚も難しい表情だ。


「どうって言われてもな。夢なんだろ? ということは、それは、じっさいに起きてることじゃなく、精神世界で起きてることなんだ。つまり、エンパシー?」


言いながら、湯呑みに口をつけかけた猛は、「アチッ」と言って離した。猫舌なのだ。


「やっぱり、そう思いますか。でも……変なんだよなあ。そんな大勢に夢を見せるほど強いエンパシーなら、僕はともかく、ユーベルが気づかないはずないのに。ねえ、ユーベル?」


タクミのとなりで、おはぎをフォークで分解しながら、ユーベルが、こっくり、うなずく。


「ぼくは感じたことない。その夢——はい、タクミ。あーん」

「あーん」


あいかわらず、ママゴトみたいなバカップルだ。


現在、タクミとユーベルは首都出雲で暮らしてる。

タクミの兄弟たちが、そこにいるし、ユーベルが「田舎は退屈」と言ったからだ。


それに、タクミのサイコセラピストの資格をいかすには、人口の多い都市のほうが需要が高い。

それで、ふだんは御子さまタワーの最上階に住んでいる。週末になると、二人で不二村へ遊びに来た。


さらに今日は、タクミたちだけはない。居間には大勢が会していた。

それでなくても、今現在、蘭の館は、かつてないほどの住人がいる。


まず、最初からの住人の、蘭、猛、水魚、雪絵。そのあと、やってきた、春蘭、娘の蕗子、保護者の菊子。研究所で働きだした鈴蘭が帰ってきた。


それに、顔なしのカトレアだ。


カトレアの形成手術は、月の再生技術で成功した。だが、どういうわけか、一週間もすると、もとの顔のない状態に戻った。

記憶も戻らない。

話しかけても、あいかわらず、ぼんやりしている。応えることはない。

心理的な要因だろうと、研究員たちは結論した。それで、むりに治すことはやめた。


栄養は、いちおう点滴でまかなってる。

病気ではないので、研究所から、ひきとったのだ。

ほっとくと、ふらりと村へ出て、よく用水路をのぞいてる。村人も気にしてないし、誰かに迷惑かけるわけでもないので、自由にさせていた。


今日は、その住人たちにくわえ、前述のタクミ、ユーベル。龍吾、オーガス。昼子と、その父、池野。安藤と愛莉夫妻が遊びに来ている。

安藤と愛莉は巫子ではないが、テロメア修復薬を飲んで、若返った。


三村もあとから来ると言っていた。来ないところを見ると、どうせ時間を忘れて、作品制作に没頭しているのだ。


それにしても、こう大勢がそろうと、ちょっとした犬神家だなと、蘭は思う。

八畳ではせまい。


春蘭が上品な箸づかいで、おはぎをすっと切りわけながらたずねる。


「月の巫子が感じないエンパシーなんて、あるんですか?」


答えたのは、タクミだ。

ユーベルは、よほどのことがないかぎり、タクミ以外の人間とは口をきかない。


「いや、ないと思う。とくに夢に関してはね。ユーベルは睡眠中、能力が倍増するんだ。それでよく無意識に、SOSを発してる人の夢を感知して、僕に見せたりするんだけど。今回は、それがないから」


「でも、それじゃ、この現象は、なんだろう? じっさいに変な夢を見てるやつがいるのに、エンパシーじゃない。原因は、ほかにあるってことか?」


そう言って、猛がタクミの皿から、おはぎをとりあげた。パクっと一口で食べてしまう。


ユーベルの目がピカッと光った。


「タクミ。この人、やっちゃっていい?」

「ダメ。ダメ。ダメだってば。これは猛さんの愛情表現なんだよ。ねえ、猛さん?」

「愛情表現って言われると……恥ずかしいもんがあるなあ」

「でも、そうなんでしょ?」

「……こういう返しは、かーくんにはなかったなあ。助けてくれ。蘭」


かーくんなら、「猛のバカ。バカ。なんで、僕のとるんだよ」と大さわぎするので、猛はそれをコミュニケーションの一つの手段にしてたわけだ。

が、顔は同じでも、やはり、タクミでは勝手が違う。猛が困ってるので、助け舟をだした。


「とにかく、そんな夢が流行ると、人心が乱れますね。なんとか対処しないと」


タクミはうなずいた。


「とりあえず、夢を見た人たちには、セラピーしときました。あと、エンパシーをカットしてくれる、制御ピアスもつけるよう指示したし」


今度は、水魚が口をひらく。


「その症状を訴える人は、今のところ、首都圏だけですか?」

「そうみたいですね。僕の友達は誰も、そんなこと言ってないですから」


タクミはサイコセラピストの仲間が世界各地にいる。

交友関係も広い。

月や火星にも大勢、友人がいるのだ。

オシリスと個人的に友達だと聞いたときには、こいつ、何者だ——と思った。


「変じゃないですか? 首都圏には、それほど、たくさんのエスパーがいるわけじゃないでしょう?」と、蘭は聞いてみる。


うーん、と、タクミは腕をくんだ。


「そうなんだよなあ。本来なら、エンパシストのほうが、エンパシーでの攻撃は受けやすい。それなら、北米のエスパーたちが、もっと被害にあってるはずなんだ。ってことは、やっぱり、猛さんが言ったように、エンパシーの攻撃じゃないのかなあ」


すると、だまって聞いていたオーガスが口をひらいた。


オーガスの味覚には、おはぎはあわないらしい。皿の上のおはぎは、ほとんど減ってない。そういえば、正月の餅も、のどにつまる感じが苦手だと言っていた。


「以前、シャルルローゼさんが、こんなことを話していましたね」


オーガスは蘭たちのファミリーのなかで、一人だけ白人だ。オーガス自身、以前は月の住人でもあった。

それで、エスパーのリーダーと仲よくなっていた。アンドレアは今、エスパーたちの町、ルナチャイルドシティの市長をつとめている。


「地球に入植してまもないころ、さっきの話によく似た症状が、はやったことがあったそうです。その原因になったエンパシストを、更生不可能と見なし、処刑したと。その男の名がたしか、ジェイソンだったと記憶してます。さきほどの夢の人物と同名ではありませんか?」


そうか——と、タクミがいきごむ。


「エンパシーゴーストか! 誰かが、その男の思念に取り憑かれたんだ。それで夢で、うなされてるのかも。でも、やっぱり、ユーベルが気づかないのは変だけど」


「とにかく」と、猛が言う。

「今の段階で、グダグダ話したって結論は出ないよ。それより、市民には、蘭から通達しといたほうがいいな。『こういう症状が流行ってますが、安心してください。原因は究明中です。症状が出たら、もよりのサイコセラピストをたずねてください』ってな」


「そうですね。次の歌う御子さまの放送。三時ですっけ。まにあうかな。それまでに録画して、データを送りましょう」


蘭は腕時計を見てあわてた。

もう二時半だ。急がないと。

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