運が悪くてお困りのようですね
鈴木KAZ
爆死
放課後の廊下で住田マサシはスマホを持ったままうずくまっていた。
「10連ガチャ・・・・大爆死かよ・・」
スマホゲームの世界では、この一言で何が起きたのかはたいてい察しがつく。
その金銭的な負担が高校生には重くのしかかってくることも である。
「ここで SSR引いとかねぇと後あとツラいんだよな・・」
マサシにはどうしても激レアキャラを手に入れたい事情があったが、世の中甘くはないということだ。
「お困りのようですな」
気味の悪い口調で話しかけてきたのは1年のときいっしょのクラスだった安達(アダチ)だ。
「パズル&パズルで大爆死したときのような表情ですが・・」
表情はそりゃそういう顔だったろう。しかしゲーム名まで当てるとは。
「では、こちらをご覧ください」
アダチが差し出したスマホにはパズル&パズルのキャラクター一覧が表示されていた。
「・・・・
のわっ!!!! SSRじゃんか!!!」
たった今 自分の手が届かなかった激レアキャラをこいつはゲットしていた。
「すげぇな・・・、いくら使ったんだよ??」
「ふっふっふっ・・。ボクが金を持っているように見えるかい?」
いや、見えないけど。なんだよその自信。
「金がなくても SSRを手に入れるには・・・。
わかるだろ?」
「ラッキーだったってことだろ。 いいなあ」
運自慢というものは、目の前で明確な結果が出ているだけにタチが悪い。
この先どうであるかはわからないにもかかわらず だ。
「たしかに SSRを引き当てたのはラッキーだったと言えよう。
でも、そのラッキーが たまたま じゃなかったとしたら、どうだい?」
たまたま SSRが出てきたのをラッキーと言うんじゃないのか?
アダチの釣り針がマサシに近づく。
「運部 ってのがあるんだが」
「運部? 運動部じゃなくてか?」
「運部だよ。 運を引き寄せる活動をしている」
ダサいネーミングに 少しだけ釣り針は遠のいた。
アダチはポケットから10円玉を取り出して、親指の上に乗せた。
「10連ガチャは5千円だが、10円玉ひとつあれば無限に運だめしができる」
無限!? たしかにそうだ。10円玉はなくなることがない。・・・当たり前だろ。
「ピンッ!!
・・チャリン」
アダチのはじいた10円玉は彼の頭上を飛び越え、はるか後方に落下した。
見事なコイントス失敗である。
アダチは表情を変えずに10円玉のかたわらにしゃがむと、そのままの位置で10円玉を立て、指で押さえた。
「ボクはウラだ」
え? 運試し継続中? 失敗したんじゃないのか?
「あ、、、じゃあオモテ」
ウラと言われたらオモテと言うしかない。まあどっちでもいい。
アダチが人差し指で10円玉をはじくと、それは勢いよく回転し、地球儀のようにキレイな球を描いた。
「ギュルルルルッ・・」
やがて10円の回転が弱まり、かたちが崩れた。
「オヮン オヮン オヮン・・・・」
アダチはマサシに手招きすると10円が止まらないうちに結果を伝えた。
「ウラだ」
マサシの負け。10連爆死の直後だ。何も不思議はない。
だいたい「10」って数字の書いてある面がなんでウラなんだよ!?
つまらないことに八つ当たりもしたくなるマサシにかまうことなくアダチは倒れた 10円玉を立て直した。
「もう一回いくぞ」
そう言って10円に人差し指を近づけたところでアダチの動きがピタリと止まった。
「場所を変えるか。
いつもの場所で続けよう」
30秒ほどで到着したのは視聴覚室の前だ。
「え? ここが部室なのか?」
「視聴覚室だ」
いや、それは見ればわかる。
アダチはカギがかかっていることを確認すると、ポケットから針金を取り出した。
部室ではないということだな。
部屋の電気をつけたアダチは入口近くの机でさっそく10円玉を回した。
5回やって、3-2でアダチの勝ち。
「いや、これって単に 10円の表と裏が出る確率だろ」
「たしかにその通り、今やったのはただの運まかせだ。
運部のメンバーはそんな事はしない」
「運部って何人いるんだよ?」
「ボクと2つ上に先輩がひとりだ」
アダチとマサシは高校二年生だ。2つ上ということは・・・留年?
「先輩は3月に卒業したけど、ちょくちょく遊びに来るんで実質部員は2人だな」
なんだよ「実質」って。
スマホの料金みたいな言いぶりにいぶかしい表情を浮かべるマサシを気にも留めずにアダチはポケットから何やら取り出した。
「ボージョボー人形って知ってるか?」
ボロボロの人形だかゴミくずだかわからないそれをマサシに押しつけるとアダチは続けた。
「幸運のお守りなんだが、モノは何だっていい。要は精神の問題だ」
アダチは自分の胸を軽く叩いた。
「ガチャ回すとき、さっきの10円のときみたいにボーっとした顔しないだろ」
ボーっとした顔は余計なお世話だが、どうでもいいやと思っていたのは事実だ。ガチャのときはそうはいかない。
「当たる じゃなくて、当てる だ。
結果を引き寄せるんだ」
あ、、、これはヤバいやつだ。マサシは本能的に心の扉にカギをかけた。
「こんな話ぜったい怪しいと思うだろ。
自分も 100% 疑ってたよ。今でも 30% くらいは信じてないけど、
そこを解明していくのが運部の活動だ」
アダチは自信たっぷりにポケットから10円玉を取り出した。
「数字はウソをつかない。
さっきとの違いを見てみようじゃないか」
10円玉をマサシの顔に近づける。
「この「10」って書いてある方を 10連ガチャの SSR と思うんだ。
強く思えば思うほどいい。少なくともボクの場合そうだった。
その人形に頼ってもいいし、他の何かを思い浮かべてもいい。
当たる じゃなくて、当てる だ」
マサシは純粋に結果に興味を持った。
違いが出るならそれはそれで面白い。
10連ガチャと言われたらなおさらである。
結果はおどろくべきことに 5-0、ウラが出続けたのだ。
「マ、マジかよ・・・」
「スゴいな、まさか全勝とはね。予想以上だ。
いまの感じ忘れるなよ。
その日の体調とか、それまでに使っちまった運とか、いろんな要素で運の力は変化する。
そういうのをきっちり把握して、最高のコンディションで 10連ガチャを回すんだ」
マサシは口を閉じるのを忘れてアダチの演説を聞いている。
「まあ、実際ウマくいくことばかりじゃないけどね。
そういうのを研究しているのが運部だ。
データは多いほどいい。
スマホゲーやってる連中が全員入ればいいんだけどな」
なるほど、スマホもってうなだれてる自分に声をかけてきたのはそういうことか。
おおよその事情を理解したマサシであったが、部員としていっしょにやっていくかといえばそれはまた別の話だ。
放課後10円玉を回しつづける高校生活というのもいかがなものか。
だいたい名前がダサい。運部。 人に言えるかよ。
「ガチャッ」
そのとき視聴覚室のドアが開いて私服の青年が入ってきた。
「あ、先輩。 ちわっす」
例の2つ上が登場したことで運部が全員そろってしまった。
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