「彼女たちの因縁の結末」(後編)


 魔石で強化した三人でも、さらなる進化を遂げたジースを倒すまでには至らなかった。互いに攻めては防御を取るの繰り返しで消耗し合うばかり。カブリアスの災害を思わせる魔法攻撃も、アンスリールの全身を武器にしての雷電魔法も、縁佳の属性によって強化された狙撃も、ジースを倒すにはあと一歩及ばずに終わるばかりだった。



 「くそ...!決め手に欠ける...。これ以上強力な攻撃が、もう俺には...」

 「ハァ、ハァ...!悪いが俺も、今のが自身が放てる最強攻撃だった。あれ以上の火力は流石に...」

 「く......皇雅君...。私は、必ずこの魔人族に...っ」


 「ぐ...しつこい奴らだ...。さっさと、滅びればいいものを...。(私も、魔力が...。枯渇してしまえばこの力を扱うことが...。その前に決着をつけてやる)」



 ここにきてジースが滅属性の魔力を発現させる。その濃密で邪悪な魔力押された三人は苦し気に歯噛みする。


 「今あの滅び属性をくらったら...さすがにマズいな...。腹括るか...!」


 カブリアスは全身に魔力を迸らせて特攻態勢を取る。


 「魔人族が......最強だアアア!!」


 殺意を剥き出しにしてジースも特攻を仕掛けてくる。縁佳が矢を何度も放つが全て滅ぼされる。カブリアスが迎え撃とうとしたその時、




 “水心月すいしんげつ

 ズバァ――ン!



 「が.........っ!?」


 ジースの頭上から三日月の形をした水の刃が出現し、彼女の背を斬った。


 「新しい戦気!?いつのまに!」

 「あ、ジースの真後ろに誰かが......女の人?」


 二人が新たな戦気を感知して縁佳が新たに出現した人影を視認する。やがて明らかになったその姿に彼女は驚きの声を上げる。



 「ま...マリスさん!?」

 「ヨリカ、まだ大丈夫そうね」



 新たに出現した戦士は、ラインハルツ王国副兵士団長で海棲族の生き残りでもある青みがかった黒髪の女性...マリスだ。


 「海棲族?人族の国にその生き残りがいたのか」

 「ともあれさっきの攻撃は助かった。こっちは玉砕覚悟で突っ込もうとしていたからな...マリスだったな、唐突で悪いが、俺たちとともに戦ってくれないか」

 

 アンスリールが驚きの表情を浮かべる中、カブリアスがマリスに礼を言って共闘することを持ちかける。


 「もちろん、一緒に戦わせてちょうだい。その為にここへ来たのだから。今の私は...連合国軍として、ラインハルツ王国のマリスとして戦うわ!」


 マリスから強大な戦気が上がる。縁佳にもマリスが尋常じゃない強さを感じて、まさかといった様子で尋ねる。


 「マリスさん、もしかしてすでに魔石を...!?」

 「ええ。ワタルから予め魔石のことについて聞いていたし、兵士団の中で私にだけもらっていたわ。彼の戦気が弱まったのを感知してここまで来たけど、今の彼なら大丈夫そうね。というわけであなたを助けに来たわ」

 

 縁佳の肩に手をおいて優しく声をかける。その対応に縁佳は一瞬涙を浮かべるがすぐに切り替えてジースを見据えながら3人に声をかける。


 「勝ちましょう、この戦いに...!」

 「ええ。魔人族は滅ぶべき最悪の敵。ここで私たちが彼女を討たないと、犠牲者がたくさん出ることになる。絶対にここで討つ!!」

 「海棲族?次から次へと......!全員死ねェ!!」


 縁佳たちが奮起し、ジースが怒りを爆発させる。そして激突する両陣。



 (そういえば海棲族の特性は...)



 カブリアスがあることに気付き、天候を操り大雨を発生させる。


 「!へぇ、意図的に雨を降らせることが。ありがと、お陰でパワーアップできるわっ」


 するとマリスの動きがさっきよりも倍の速度に変化する。同時に彼女の水魔法の威力も倍になった。


 「海棲族は水の恩恵を受けると聞いたことがある。俺が降らせた雨にも恩恵ははたらくようだな。それにあの水魔法のレベルなら...!」


 マリスのさらなる強化を見たカブリアスはとある可能性を見出して、マリスの隣に立ち一緒に攻め立てる。途中攻め手をアンスリールに交代させて二人は一旦さがる。


 「マリス、俺の水と嵐の複合魔術とお前の同じ魔術を合わせるぞ。二人なら超強力な合わせ技を撃てるはずだ」 

 「確かに。あなたとなら凄く強力なのが出来そうね。良いわ、やりましょう!」

 

 二人による極大魔法を放つ準備にかかる。その間にアンスリールが魔力を全て使い切るつもりで魔法を放って離脱する。


 「ハァ......ハァ、俺はここまでだ。あとは...頼んだ!」

 「アンスリール下がってろ。あとは...俺たちの合わせ技で仕留める!」

 「いくわよ―――」


 “嵐竜の氾濫獄渦ドラゴ・テンペスト” 

 “水神の大嵐撃アクア・ディザスター” 


 カブリアスの最強魔法とマリスの最強魔法が放たれて、互いの技が融合して協調していく―――


 “水神竜嵐瀑布ネプトゥヌス・ドラグーン


 巨大な水の竜はジースを捉えて空へ打ち上げながら呑み込んでいく。


 《おおおおおおおおおお...っ!!こんなもの、突破してくれる......!》


 “尽滅黒翼じんめつこくよく

 

 暴流に呑まれる中、ジースは己の最強技を放つ。中から無数の黒い羽が水竜を切り刻んで滅ぼそうとする。


 「その中には斬撃性の嵐魔術が含まれている。お前を呑み込んで切り刻んで、何もかも消し去って行く奥義魔法だ」

 

 さらに激しさを増してジースを攻め立てて蹂躙していく水竜はジースの滅びの羽をも消し去って浄化していく。

 ドドドドドと、轟音を立てて収束していき、空からジースが力無く墜落していく。


 「止めは任せてちょうだい!“水神刀すいじんとう”――」


 落ちて来るジース目がけてマリスが剣を抜いて駆ける。ジースを捉えて剣を振り下ろした瞬間、



 「ま、だ、だアアアアアア!!!」


 ズバン!「ぅあ......っ」



 斬られたのは、マリスだった。彼女の剣が触れる直前に覚醒したジースが身を翻して黒い羽で斬りつけたのだ。


 「まずは海棲族のお前から死ね――」 



 “蛇竜武術 蛟拳突みずちけんとつ



 ジースが追撃しようとしたところに、カブリアスが武撃を放って阻止する。


 “見えざる矢”


 「っ!またあの狙撃か――」


 続いて縁佳によるオリジナル狙撃がジースを射ようとするが、直前で感知されて羽で弾かれる。


 「一旦下がるぞ!」

 「あっ......ありがとう」


 カブリアスはマリスを抱えて後方へ跳んでジースを避ける。突然抱きかかえられたことにマリスは一瞬思考が止まったがすぐに持ち直す。


 「はぁ、はぁ......まだ感知できる余力があるなんて」

 「お前の見えない狙撃とやらでも気づかれるのか」

 「今は、私の姿が視認されているから余計に感知されるんだと思います。これでは私の狙撃は通用しない...」


 「...それなら策があるわ」


 憔悴している縁佳にマリスがとある提案をする。その間にカブリアスが飛び出してジースを引き付ける。


 「ハァ、ハァ......さっさと滅ぶがいい!魔人族にいつまでもたてつきやがっテ...!シネェ!!」

 

 ジースが攻撃を放つがその攻撃には精細が欠いていた。それに彼女の目もどこか正気を失っているようにも見える。


 「滅べ、滅べ、ホロベエエエエエ......!!」


 「ふん、不相応な力を手にしたのか知らんが、追い詰められたことで自我を失いかけるとは。強大な力を持っただけの小娘が、経験不足だったな!」


 「黙れエエエ!!魔人族ではないキサマラは早く滅びロオオオオオ!!」


 目に狂気を宿したジースは、狂乱状態になって滅びをもたらす黒い羽と魔法攻撃を雑に振るって放ち始める。カブリアスは彼女の攻撃を全て正確に対応して武撃を当てていく。いくつもの修羅場を乗り越えてきたカブリアスは、魔力が枯渇して疲弊してなお果敢に攻めて弱さを見せはしなかった。


 (あの敗戦が俺を強くさせた...というのはベタかもしれないが、案外そうだったのかもな。親父はそれを見抜いて俺をここに行かせてくれたのか。俺ならきっと今度は大丈夫だと...!)


 “蛇竜烈突じゃりゅうれっとつ

 

 カブリアスの渾身の諸手突もろてづきが、ジースの体に大衝撃を与えて深く抉り、破壊した。



 「ゴ、ぅあ...!何故だ!?ナゼ私ガ地に着イテ......ッ」

 「...追い込まれて力に呑み込まれた時点でもう勝ち負けはついた。そして...お前はここまでだ―――」



 “霧雨朧隠きりさめおぼろがくれ



 その瞬間、カブリアスたちの空間に濃霧が立ち込める。一瞬で互いに視認出来なくなり、二人とも完全に視界が絶たれてしまった。


 「これは......視界だけじゃない、気配も戦気モ、何も感知できなくなッテ!?」

 「なるほど、これなら...。あとは任せるぞ、タカゾノ」

 「ハン!何もかも感知できないのハお前ラもだろ?この状況でどうやって攻撃を―――」



 “見えざる矢”



 「バカ、ナ......ッ」


 次の瞬間、ジースの胸には雷電を纏った矢が突き刺ささり、


 “雷散撃”

 ズバアアアア......ッ


 雷による追撃でジースの全身を切り刻んだ。


 「......この状況下で敵を正確に射抜くなど、この世界ではお前しかいないだろうな、タカゾノヨリカ」


 「私は絶対に外さない。約束したから。必ず勝って皇雅君のところへ行くって。

 だから...こんなところであなたに負けるわけにはいかない...!」


 マリスによる全遮断魔術で全ての存在と物体を隠蔽し、アンスリールの雷を縁佳の矢に纏わせる。これでジースを射抜けたのはカブリアスによる時間稼ぎのお陰である。


 四人による連携で、戦いに見事勝利した。



 「ち、く...しょう。魔人族は......今度は絶対に、世界...を......っ」



 霧が晴れるとカブリアスの側には、風前の灯火のジースがうわ言を呟く。彼女のもとに縁佳が近づき話しかける。


 「あなたたちに世界は壊させない、支配させない。絶対に...!」


 強い意志を込めた目でそう宣言する縁佳を、ジースはしばし見つめて、やがて息絶えて二度と口を開くことはなかった。

 



 「皆さん、ありがとうございました!皆さんがいなければこうして勝利することはありませんでした」

 「それは全員同じこと。こちらも礼を言わせてくれ。少しは魔人族に一矢を報いることができた。奴らとの戦いで戦死した同胞たちにも、少しは報いることが出来た」

 

 縁佳の礼にカブリアスたちも礼で返す。



 「しかしタカゾノ、お前の戦いはまだ終わりではないのだろ?俺たちに構わず行け。コウガたちのところへ」

 「その前に体力と魔力を回復させるわ。全快には出来ないけど...“療水りょうすい”」

 

 マリスによる回復魔術で縁佳は半分以上回復する。彼女に礼を言ってから縁佳はすぐに最後の戦場へと駆けて行った。



 (皇雅君!私に出来ることは少ない...無いかもしれないけど、私はあなたの傍にいたい!一緒に戦って、今度こそ生きて帰りましょう!!)


 

 縁佳がいなくなってからすぐにマリスが憔悴した様子で倒れる。それをカブリアスが支える。

 


 「あ......また、助けられたわね。最後あなたが時間を稼いでくれたお陰で私も安全に魔術を発動できたわ」


 「いや...それこそお前がここに駆けつけてくれたこと自体がありがたかった。お前がいなければ俺たちはまたしても魔人族に敗北していたかもしれない。お前がいてくれて良かった。アンスリール、お前もな」


 「いてくれて...良かった.........っ」


 「ふ...最後は力及ばずすまなかったな。俺も...父や仲間の兵士たちの無念を少しは晴らすことが出来たと思っている。ありがとう...!」



 アンスリールが少し涙ぐみながら二人に感謝の言葉を述べる一方、マリスはカブリアスの一部の言葉に少し赤面していた。

 彼らの戦いは終わったが、戦争はまだ続いている。

 

 ひとまずは、高園縁佳とジース。宿敵同士の死闘はこれで幕を閉じる――






彼女たちの因縁の結末 完



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