「鬼に軍略」(後編2)

アレン視点



 目の前にいるのは“化け物”だ。今までのモンストールも化け物と言える形状の生物ばかりだったけど今回の敵は今までのモンストールを凌ぐ化け物だ。きっと半年前に戦った奴よりも強い。

 まず見た目が凶悪過ぎる。威圧も凄い。殺気も放ちまくってる。角も牙も爪も尾も、体の部位全てが凶器だ。


 「武器なら、私にもあるけど」


 「雷鎧エレク・アーマ」を纏って両拳を掲げて私は攻撃体勢を取る。


 「アレン。まずは...」

 「うん。お互いに左右から――」


 スーロンの掛け声に応じて二人一斉に左右に分かれてモンストールへ駆ける。モンストールは二手に分かれた私たちを交互に見てどちらを迎撃するか一瞬考える素振りをしてから私の方へ目を向けて突進してきた。


 「そう来るって分かってたから――」


 “雷網エレク・ネット


 モンストールへ接近する手前で急停止した私は地面に手を着いて雷属性の魔力で生成した拘束網を展開する。私に向かってきたモンストールは突如展開した私のトラップにあっさりかかって拘束される。


 「っし!ここぉ! “双鬼槍そうきやり”」


 動けないでいるモンストールの横腹にめがけてスーロンが跳び上がりからの急降下蹴りを入れる。彼女の本気の爪先蹴りは本物の槍をも凌ぐ凶器となる。彼女の蹴りがモンストールの腹を抉り刺した。


 「...浅い。頑丈ね...!」


 手応えがイマイチだったらしく、スーロンはやや苦い顔。すぐ切り替えて次の攻撃に移る。ちょうど拘束が解けたモンストールも対抗せんとスーロンと向き合う。その口腔に高密度の赤い魔力を瞬時に溜める。あれは炎熱系の攻撃を放つ...!


 「やっぱり火を吹こうとしてるよね!?くらわない、よっ!!」


 事前に聞いた情報からモンストールの次の動きを予測していたスーロンがすかさず大地魔法を発動して、モンストールの周りの地面を変質、ドーム状にして囲んでいく。咄嗟の判断でモンストールが火炎の塊を放ったが、スーロンの魔法の方が速く、炎ごとモンストールを囲んだ。

 炎を防いだだけでは終わらず、大地のドームを狭めていく。そのままモンストールを圧死させるつもりだ。


 「ガギャアアアォオオオオ!!」

 

 けれどそれは叶わず、ドームがあっさり破られる。あの尻尾で破壊したらしい。その尾の色は黒く変色していて、あそこから濃密な魔力が感じられる。


 「あれは部位に魔力をすごく集中させて硬化・強化させてる。コウガがやってたのと似ている」


 コウガも素手で戦う時によく手足を黒くさせてパワーアップさせてた。「武装」って言ってたっけ。あのモンストールも自身の体を武装化させて戦うタイプみたい。


 「尾...だけじゃない。牙も爪も角も...尖った部分全部を武装して硬質化させてる...あれは強いわ」


 スーロンがモンストールの凶器となる部位が変化していくを見て警戒した様子で述べる。見せかけの強化じゃない。見れば分かる......強い。


 「ガアアアアアアッ!!」


 モンストールが雄たけびを上げて私の方へ向かう。上へ跳んで角を地面に向けて急降下してくる。私はもちろんスーロンも、距離を大げさにとって回避する。地面に突き刺した角の攻撃範囲は直径10m程度。でも私たちはそのさらに3倍以上は回避した。何故なら、


 ―――ドオオオオオッ!!


 角が地面に刺さってから2秒後、魔力を使った大爆発が起こったからだ。規模は角による攻撃範囲のさらに2.5倍ってところ。カミラの情報がなかったら巻き込まれていたかも。

 

 「“魔力爆発”...あんな危険技を使う奴初めて見たわ」


 「魔力爆発」は言わば究極の反動技。威力なら「魔力光線」を凌ぐ高火力を持つ。でもあの大爆発の起爆地点は自分の体のどこかのみになってるから、発動すれば自分もただでは済まない。誰もそれ使おうとしないのはそれを使うと自分にも大ダメージがくると分かってるから。あの爆発技は大体自害する時に使われていたとも聞く。


 「でもあいつの場合、“魔力爆発”とは相性が良いみたいね...」


 スーロンが警戒を緩めることなく爆煙の中心地を睨む。煙が晴れた先にいるのは...無傷の恐竜モンストールだった。


 「固有技能“耐爆” それがあるから平気で自爆できるってことね。なおさらあの角も、牙も爪も尻尾も...くらってはいけない」


 あの爆発の威力は同じSランクの化け物たちをも殺せるレベルの威力。私たちがくらったら終わり。


 「でもすぐには爆発しないんだったっけ。攻略の手口はそこね」

 「うん......行こう!」


 スーロンと頷き合ってから再び駆けだす。確かに敵は強大で災厄だ。でも私たちは確信している。カミラの言う通り、私たちはもう...勝ってるって!!


 モンストールが黒い爪で裂こうとする。スーロンが大地魔法で拳に岩を纏って迎え撃ちこれを防ぐ。直後に私がスーロンを抱えて後ろへ跳びずさる。その際に岩をモンストールに譲渡する。その1秒後に大爆発が起こる。

 爆煙でお互い見えない状況に陥り、お互い睨み合う形に...ならなかった。

 

 “雷槍”


 モンストールに向かって真っすぐ突っ込んだ私が、爪先に鎧と魔力を集中させた蹴りを胴体に突き刺した!

 ブシュウと血が盛大に出る音とモンストールの苦悶の声がしたことを確認して手応えを確信する。

 爆煙の中で蹴りが命中したのは単純だ。モンストールの位置から真っすぐに回避していったから、そこから真っすぐスーロンに投げてもらっただけ。


 「攻撃はまだ終わってない。 “篠嵐しのあらし”」


 連打技の究めた技を使用。「雷鎧」で加速させて一気に百数発もの拳と蹴りを放つことに成功。牙、角、爪をこの技を以て傷をつけて、破壊する。弱体化に成功。武器を潰していく。


 「そしてここからは復讐のつもりで攻撃をするから......かなり荒くて過激になるから――」


 そう忠告してから猛攻撃を再開する。


 “五月雨烈風さみだれれっぷう


 手足は刃物のように振るって敵の体を斬りつける。刺したりもする。つむじ風の如く拳術を放つ。殴る...斬る。蹴る...斬る。


 “怒羅鬼どらき


 さらに復讐の炎を燃やして憎悪と怒りのままに武撃を放つ。放った右拳には鎧の補正と魔力だけじゃない。怒り憎しみといった気持ちも乗せている。想いが乗った拳は、強い――!

 モンストールは吹っ飛びはしなかった。奴の後ろに発生した岩壁によって止められたからだ。


 「アレン!!」


 後ろから岩壁を創ってくれたスーロンが上へ跳ぶ。彼女の呼びかけに応じて私はスーロンの方へ跳ぶ。スーロンが私の拳に手をおいて魔法を発動。私の拳が黄土色のガントレットグローブで包まれて力が増していく。岩の頑丈さが付与されてより強くなった。


 「ガアァオォオオオオ!!」

 

 追い詰められたことに激怒したモンストールが咆哮とともに全身に魔力を熾して全身が赤く変色していく。最後に、大技を放つつもりだ。


 「アレン、任せたっ!!」


 スーロンがそう言って私を下へ投げ飛ばす。そこからさらに加速していって、スピードを落とすことなく私は拳を振るう。対するモンストールも尾を鞭のように振るって対抗する。

 拮抗したのは一瞬。私がすぐに拳を離して回避する。熱い。色が赤くなっただけじゃない。奴の体の温度がまるで炎だ。

 モンストールはすかさず赤熱化した尾を振るって追撃してくる。グローブ越しでも奴の体はもの凄く熱い。あれが爆発したら...負ける!


 「だから、あんたの切り札は封じさせてもらうわ」


 “砂瀑地獄さばくじごく


 そして悪い予感通りモンストールが魔力を全身から熾そうとしたその時、モンストールが立つ地面が全て砂に変わり、もの凄い勢いで標的を下へ、下へ落としていく...!スーロンによる大地魔法だ。


 「その技も予測されてたから。あんたの体が赤熱化した時、危ないって。だからあんたの相手に私が選ばれたわけね」


 体が沈んでいくモンストールが藻掻こうとするも上がる気配は全く無い。


 「無駄よ。その砂にも魔力が込められてるから。あんたを地の底へ引きずり込んでいくわ。じゃあ、地の奥底で勝手に爆発してなさい――」


 スーロンがそう言った直後、地面のはるか下方から爆音が響いてきた。そして地面が大規模に盛り上がって砂が思い切り空へ舞っていった。


 「一気に地下50mは沈めたのにこの規模だなんて。くらうべきじゃない大技だったわね。

 じゃあ、引き上げるわ。アレン、お願いね」

 「うん。準備は出来てる...!」


 そして私は、スーロンが魔法を発動してからずっとこの一撃の為に力を溜め続けていた。撃つ方の右拳は腰の方へ引き寄せて構える。最強の一撃を放つ為には全身から力を加速させながらパスする必要がある。コウガに教えてもらったこの力の加速パスを、


 「行くよ、せぇ、のっ!!」

 

 “地爆ちばく


 スーロンが掛け声とともに魔法を発動して地面を一気に盛り上げて標的を地上へ戻す...と同時に開始する!

 パスの起点は下半身から...爪先、足首、脚、腰...上半身へ。

 体幹を通して、肩を通して、腕、手首、そして拳に達した頃には、その速度は超音速の域に!

 スーロンの魔法で引っ張り上げられて、大技がスカされたことに激怒しているモンストールの顔面に、私の拳が入る――



 “金剛絶拳こんごうぜつけん



 その憤怒の形相を見たのはほんの一瞬で、私の全てを乗せた拳がモンストールの顔面を粉々に潰して、もう確認することは出来なくなった。


 「攻撃が決まらなかったくらい何?私たちのに比べたら何のことでもないでしょ?世界の害悪...」


 私が冷たくそう吐き捨てた後に、頭部が消えたモンストールの体が前のめりに倒れて二度と動かなかった。

 モンストールが完全に死に絶えたことを確認した私は、その場でぐったりしてしまう。同時に右手と腕にもの凄い痛みが襲う。

 

 「い、たい......コウガは凄いなぁ。こんな技、私じゃ何度も撃てない」


 今本人にそれを言ったら彼はたぶんこう答えるんだろうなぁ...



 (俺はゾンビだから。いくら撃って体が壊れようが平気!)



 「......くすっ」

 「ちょっとアレン、大丈夫?」


 スーロンに介抱されてようやく立ち上がり、戦いに勝利したことを改めて喜び合う。

 この戦い、カミラの軍略が無ければ私たちはただでは済まなかったかもしれない。



 「凄いなぁ。この戦いはカミラがいたから勝った。いなくてはならない、私たちの軍略家」

 「本当に何もかもカミラの予測通りだったわね。彼女が味方でいてくれて本当に良かった」


 

 私の評価にスーロンが同意するように答える。半年前は彼女が敵で、私とコウガが彼女の軍略で色々嵌められた。でもあの時は向こうの戦力が足らなかったからこっちが勝った。

 今のカミラは凄く強い...。

 私たち鬼族とコウガがいるから―――




 それから数分後、カミラがいる場所に全員が合流する。みんな大した怪我を負ってることはなく、全て思い通りに敵を丸めこんで討伐したとのこと。私たちの完全勝利だった。



 「皆さん、無事に勝利したそうですね...。これでここに侵攻してきた敵勢力は全て消えました。皆さんのお陰で、私の...私たちの居場所を守ることができました...!

 いくら優れた軍略が出せても、肝心の力が無ければ意味がありません。今回はあの時と違って十分過ぎる戦力があったお陰で、私の策が完全に通じました!

 本当に、ありがとうございます...!!」


 カミラは感激した様子で私たち一人一人に頭を下げてお礼を言う。半年前、コウガと私に国の兵士団が敗れて、その後に現れたモンストールに襲撃された際、カミラには武力が足りなかった。そのせいで国を守ることができず殺されかけた。そのことを思い出しているのか、どこか感傷に浸っているようにも感じられた。

 私のところに来たカミラを優しく抱き留めてよしよししてあげる。


 「ありがとうカミラ。カミラの居場所って言ったけど、ここは私たちの居場所でもあるんだよ。まだ半年程度しか経ってないけど、ここでの生活は私たちにとっては失くしたものが戻ってきたって思わされる幸せなものだった。私だけじゃない、鬼族の皆もカミラと同じくらいにここが大切な居場所だって思ってる。カミラを大切に想ってるよ...!」

 「アレン...!ありがとう、ございます......っ」

 

 カミラは私の胸に顔をうずめて、肩を少し震わせる。もう一度ありがとうと囁いてその頭を撫で続けた...。




 名も無き島のはるか下...地底にある魔人族の本拠地。



 「Sランクの同胞が3体消えた。それもオリバー大陸で。やったのは......鬼族の連中?侮れないわね」



 強大な戦気が多数、オリバー大陸で消失したことを確認した女の魔人...ベロニカは苦虫を潰したような顔をして地図を見る。


 「あそこにはネルギガルドが亜人族を滅ぼしている最中で...その近くにハーベスタン王国の跡地があるのよね。そこに鬼族の生き残りがいたとかで、それで適当に軍勢を寄越したのだけれど。全部返り討ちにされたみたいね...」


 ため息を吐いて資料をいくつか確認していく。



 「それに......気になるわね。鬼族の中に、私と似た技能を使ったのを感知したわ。ああいう特殊技能を使う奴がいるなら、私が出るしかないわね。潰してあげるわ...

 この私の“超能力”で―――」



 宙へ舞わせた大量の紙を、一瞬で束ねて机の上に戻す。


 魔人族序列3位であるベロニカは、まだ見ぬ特殊技能を持つ鬼族へ殺意を滾らせた。




 後にこの二人は互いに力を存分に発揮してぶつかり合うことになるのだが、それはまた別の話...。





サイドストーリー 「鬼に軍略」 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る