130話「殺すことの必要性」


 「――というわけで.........ソネさん、頼みます」

 「うん。というより、ミーシャ様に頼まれる前にもう出ようって決めてたから...!行ってきます!!」

 「どうか、死なないで...!」



 ミーシャの激励を背に受けて、曽根美紀は戦場の中心地へと出て行った。元々彼女は副将のミーシャと総大将のガビルを護衛する役目を担っていた。彼女の職業柄、それが最も相応しいというわけで今までミーシャたちの傍にいた。

 しかし、現状かなり悪い流れに変わってしまい、二人の護衛に回している場合ではない、とミーシャは判断して、すぐに曽根をこの戦いの要となる“彼女”のもとへ合流させることにした。


 「では、私も出るとする」

 「ガビル様...どうしても、出られるのですね?」


 武装して出陣する気でいるガビルに、確認するように問いかける。先の戦争でガビルはかなり無理をした。皇雅との戦争に出るのは危険過ぎると診断され、特にクィンから出陣することを止められていた。

 だが守るべき救世団の戦士が二人も殺されてしまい、もう安全地で控えている場合じゃないと言わんばかりに、体に鞭打って出ることを決意した。この戦いで命を落とすことを覚悟して...。


 「クィンには、内緒にしておいてくれ。耳がとれるくらいにどやされるかもしれないしな。それにあの娘の家族は私の他にもういない、私は絶対に死んだりはしない。あの異世界の若造に頭が潰れるらいの拳骨を入れてやる!!」

 「ご武運を...そして生き残って帰ってきてください」


 ミーシャに軽くお辞儀をしてからガビルも出陣した。


 「これが失敗すれば、私たちは全員コウガさんに殺されてしまうでしょう。ここで負けるわけにはいかない...!」


 誰もいなくなった部屋でミーシャは自分に言い聞かせて、水晶玉を注視した。





 彼...甲斐田と同じクラスになってすぐのことだった。私は「この人、イイかも」...って彼に興味と好感を抱いた。

 顔もけっこう良いし、勉強できるみたいだし、何よりその運動神経の良さにときめいた。

 1年生ながら陸上部エースとして活躍していた甲斐田の評判は、学年ですぐ有名になった。私は授業中も、ソフトボール部の練習の合間も、彼の姿を見ていた。

 ある時は甲斐田が出るレースに観に行ったりもした。あの時は縁佳と一緒に行ったんだっけ。二人で彼が凄く速く(同学年では彼がダントツだった)走ってるの観て興奮してたっけ。

 時が経つにつれて甲斐田に対する好感度はさらに上がり、教室ではけっこう一人でいる彼に積極的に会話しにも行った。ソフトボール部の私も速く走ることは重要だとかいう理由で、走ることの助言をもらったり、成績優秀でもあった彼から勉強も教えてもらったりと距離を縮めていった。

 そして秋が終わる頃、私は思い切って甲斐田に告白した。



 (好きです...!前から“イイなぁ” と思ってて、それで甲斐田に近づいていっぱい話して、レースも観に行ったりして。それでもっと好きになって...。だから、今度からは一緒に遊びに行ったりとかで二人の時間もっとつくりたいなぁって思って!私の恋人になってくれない、かな...!?)



 噛むのを堪えて言いたいこと、想っていたことを本人に全て伝えた。


 (んー?俺実はさぁ――)


 私の告白に対して甲斐田は、自分の趣味を話してくれた。だがそれはよりにもよって私があまり好かない...美少女がたくさん登場する深夜のアニメや小説モノだった。彼は、私が苦手としているタイプの人間......二次作品にドハマりのオタクの男だったのだ。しかもかなりディープ(素人目線)なオタクだ...。



 (そんな俺だけど、それでも恋人になってほしいってまだ言える?曽根が俺のことまだ「イイかも」てまだ思ってくれてるなら、その告白喜んで受諾するぞ)

 (え......と、ぉ.........)



 甲斐田のその言葉に、私はすぐに返せないでいた。それだけで察した彼は、ごめんと言って去って行った...。

 私はああいうアニメやライトノベル?に深くハマっている系の男は、無理だと考えている。

 あの時まさかよりにもよって、甲斐田がそっち系の男であるだなんて思ってもなかった。当然彼の確認に、すぐにうんとは言えなかった。


 こうして私の告白は失敗に終わった...だがこれで終わりじゃなかった。

 特別な学科で入った私は、2年生からは卒業まで固定クラスになることに。縁佳とまたクラスになれたことに喜んでいたが、同時に鬱屈とした気持ちにもなった。

 甲斐田もまた、私と同じ学科だったため、また同じ...しかも卒業までずっと同じクラスになってしまった。

 フラれた男と同じクラスになって平気でいられる程、私は強くなかった。告白する前の時みたいに、また会話なんてする気にはなれなかった。

 だから、私は今度は積極的に甲斐田を避けることにした。そして大西や安藤、須藤たちによって、甲斐田はクラスから孤立した。さらに彼に陰湿な嫌がらせ...イジメと言っていい行為も受けるようになった。


 だけど、それもすぐ終わった。甲斐田自身による制裁で大西たちに危害を加えた。それを晴美が中心に咎めて、甲斐田はさらに孤立して、クラスに居場所を失うことになった。縁佳はみんなと和解させようと甲斐田に説得したが、あろうことか彼は、その縁佳の手を振り払ったのだ。優しい彼女の救済を、彼は無碍にしたのだ。


 ほら、やっぱりだ。ああいうモノに傾倒している男なんかロクな性格していない。彼に対する想いは完全に醒めて、何とも思わなくなった。完全に孤立して味方を失う彼を、私はただ見ているだけだった。だけど良心が働いたのか、大西たちと違って積極的に彼をハブる行為はしなかった。


 異世界に来た時、甲斐田程のスペックならさぞ凄いステータスなんだろうなぁと思ってたら、その予想は外れ、クラス最下位のレベルのハズレ者とまで言われる雑魚だった。その後大西たちにリンチされてる様を見ても、実戦訓練で彼が一人地下に取り残されて消えて行く様を見ても、私は嗤うことも助けようとも思わず、ただ見てるだけだった。ただの傍観者としてしか振舞わなかった。



 でも...良心が少しも痛まないというわけでもなかった...。

 それに、今にしてみれば......オタク趣味だからといって甲斐田を軽蔑したことは間違いだった、とも思うようになった。私にも、非はあったんだなって...。






 少し過去のことを思い返しながら、私......曽根美紀は、目的の場所に着くとすぐに盾を展開して、攻撃にすぐ対応できるようにしておいた。

 半年前に甲斐田が実戦訓練で消えてから、私はこの攻撃向けじゃない職業でも、頭を悩ませながら何とか手練れの兵士以上までは強くなるくらいまで強くなれた。だがそうしている間、遠く離れた地では死んだと思っていた甲斐田が、クラスの皆を殺していたのだ。


 最初の頃は甲斐田に恐怖し逃げたいと思っていたが、美羽先生や縁佳の強い姿に心を動かされてどうにか立ち向かう気力を持つことができて、今となっては怖くても彼を止めること・皆を守るという気持ちを保ち続け折れずにいられている。

 先生がいる、縁佳がいる、小夜がいる、倭さんがいる、強いひとがたくさんいる!攻撃は彼らに任せて、私はそんな彼らのサポート...守護に徹する。皆をこの盾で守ってみせる。

 ここで絶対に、甲斐田をくい止めてみせる――!


 そう決心してから数秒後、久しぶりに彼の声を聞いた...。




 「殺すと決めてた奴の方からノコノコ来てくれたか...感謝するぜぇ?」






ソネミキ 18才 人族 レベル80

職業 盾戦士

体力 5000

攻撃 1000

防御 10000

魔力 1000

魔防 10000

速さ 2000

固有技能 全言語翻訳可能 魔力防障壁 全属性耐性 神速 絶牢壁 絶牢結界 大地魔法レベルⅩ 限定強化




 戦場の中心地に来ると、兵士共の中に紛れて盾戦士である茶色セミショート髪の元クラスメイト女...曽根美紀の姿があった。

 「鑑定」してみると、その職業通り、防御の数値が人族にしてはかなり高い。おそらく魔石はまだ使ってないみたいだし、「限定強化」も未発動だ。ここから100倍近く増加すると思えば、耐久力はかなりのものになりそうだ。

 ......ここに来る途中、また回想に耽っていた奴(というか曽根が)の気配がしたのだが、この際もうどうでもいいや。



 「ここから先は、絶対通さない!!私に攻撃全て防がれてる隙に、仲間たちに無力化されて終わりよ、甲斐田!!」


 万はいる大軍を指して勝気にそう叫ぶ曽根を見て、俺は鼻で笑ってみせる。


 「数がたくさんあるから有利だ、勝てるって、まだそう思ってんのか?久々にテメーと口をきいたかと思えば、アホなことをほざきやがって...。あの死んだゴミ2体と同じように、テメーもぶち殺してやんよ」

 「ゴミ...!?あんたは...みんなを殺したこと、本当に何とも思っていないの!?クラスメイトの皆をたくさん、たくさん殺して...本当に殺す必要あったの!?私たちはあんたに殺されないといけないの!!?」



 憤慨した曽根が感情的に喚きながらそう訊いてくる。向かってくる聖水付与の矢・剣・斧・槍を躱して消しながら風を使って曽根に聞こえるように返事してやる。

 その間雑魚兵どもを殺そうとするも、奴のシールドで邪魔される。見たことない盾だ。奴のオリジナル魔法らしい。


 「もちろん。俺がテメーらに復讐して殺す理由は簡単だ。ムカついた、気に入らない、不快感を与えられた、害された、だから殺テメーらに殺意を抱いた。

 ...ほら、 “動機”がこんなにもある。あっちの世界とこの世界両方で、テメーらは俺にヘイトを溜め過ぎた。俺に殺人欲求を芽生えさせるくらいに。俺をハブり、陰湿な嫌がらせに直接的な暴力、嘲り蔑んで嗤いながら見捨ててきた。

 な?必要だろ?俺はテメーらの存在が赦せない、だから殺す」

 

 「あんたは...!!」

 「もういいだろ?どうせテメーも何も思ってねーんだろ?俺がああいう目に遭ってもその後俺に対して何も思わない、考えない、感じない。そんなもんだろ?当たり前だよなぁ、俺とテメーとは最初から接点も何も無いただの他人同然の関係だ。どうでもいい人間がどこで死のうがどうでもいいことだ。それが人間だ」


 「――っ...甲斐田、あんたそれ、それ本気で言って……っ」



 何か言い返した気に見えるが何も言わない。構わず雑魚兵どもを殺そうとするが曽根に防がれる。うぜー。やっぱリミッター解除しないとダメかー。つーかアイツいつの間にか“限定強化”してるし。

 とりあえず10000%解除。思い切り殴る。はい、盾破壊。隙だらけになった雑魚どもを蹴って、ビーム発射。はい、いっぱい死んだ。


 「う...ぁ...!!」


 曽根が呆然とした様子で兵が殺されていく光景を見ている。経験が浅くて未熟な雑魚が、この程度で怯むとか弱過ぎ。このまま残りも処理して――




 『――コウガっ!!』

 

 ――ドスッ



 カミラの警告と俺の左腕から矢が生えたのは同時だった。咄嗟に横に動いて心臓部分にあたるのを避けた結果だ。だが攻撃はこれで終わりじゃなかった。


――スパパパパパァ...!!


 刺さった矢は突然爆ぜて、斬撃となって襲いかかってきた。そのせいで左腕がズタズタになった。

 今の矢は...一般兵のものじゃないな......というか物質ですらない。

 これは、魔法でできた矢だ...!斬撃からして嵐魔法だな。というか、「危機感知」ですら拾えなかったな今の矢。少なくともここにいる雑魚どもの仕業じゃない。


 ここから離れた、どこか遠く......これは“狙撃”だ!!



 「カミラ、これをやったのは...」

 『はい、間違いありません。狙撃手である彼女の狙撃です...!それと、フジワラミワも間もなくそこに来るようです。あと、盾戦士がそこにいるということは、誰かを守る為にいる。ということはそこにヨネダサヤがいる可能性が高いです。ここが正念場かと。気を付けて下さい!彼女の狙撃は全く予測できません。今もどこから狙撃したのか分からなかったので』

 「ああ、情報ありがとう。気を付けて動くよ。まずは、呪術師からだ...!」


 カミラに礼を言った直後、後ろを振り返って先程矢が飛んできた方角を睨む。あいつの職業は狙撃手。あっちの世界では、弓道で全国大会に勝ち進む腕前を持つ。これ程相性ピッタリの天職は中々あるまい。そうだろ?



 「ここからはテメーも参戦か。上等だ......高園縁佳!!」



 見えもしない敵に向かって俺は獰猛に笑ってみせた。








 遮蔽物が無いコースの建物の屋上から「遠見」で戦場の様子を見る。すると皇雅がこっちを見て笑いながら何かを言ってることに気付く。向こうからは自分のこと見えていないのだろうが方角は分かっているらしい。だけどコレは軌道を自在に操れるから、弾道を覚えようとしても無駄だ。

 皇雅が何を言っているのか分からないでいるが、とりえず返事することにした。



 「うん、甲斐田君...ここからは私も戦うから。美紀も小夜も、そして美羽先生も...これ以上大切な人は誰も殺させないから!!」



 できれば戦場にいる仲間兵全員も死なせたくはない。だけど皇雅を相手にしては、そんな甘いことは言ってられない。せめて大切なクラスメイトと先生、そしてミーシャ様と総大将くらいは失わないようにする!

 弓道衣に似た衣装を着て中にさらしを巻いて、弓の弦を引きながら、高園縁佳は決意とともに弓を引いた――



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る