大江戸死霊戦線

大神清志郎

プロローグ

【魑魅魍魎】ちみもうりょう 山、川、海に現れる化物、妖怪に対して古くより使われる総称。


夢か幻か、おどろおどろしい場所や死に直面した場合などにそれは錯覚、又は現れ見えてしまうものなのかもしれない。

理解を超えた説明のできないものの存在や不可思議な出来事というのはいつの時代も少なからず何処からか現れ伝わり、そしてまた闇へと葬られ姿形を変えてよみがえる……


 滅多に無い社会見学のこの日、歴史の授業の一環で僕達のクラスは 【日ノ本歴史資料展】 と言う都心部で開催中の美術館へとやって来た。

まあ、ここへ来るまでは何処へ行くのかも分からない位、興味なんてなかった。

しいて言えば普段のつまらない授業を聞くよりはマシ。と言う事だけだった。


――「真理先生~。一緒に見ようよ」

で呼ばない。水野さん。では、各班乱れることのないよう静かに見学する事」 若い女性教師、真理先生はそう言うとサッと受付を済ませ水野の班と共に中へと入って行った。

 一面真っ白な空間が、堅苦しく気に食わない。

僕はいっその事、それらを見ずに外へと出てやろう! と思ったがさっきから受付のおばさんがチラチラと鷹のような鋭い眼差しで僕を警戒しているように感じたので諦めた。


 入り口を入ってすぐに、国生みの神 【イザナギ】 【イザナミ】 と書かれた長い文章と二人の人物画があらわれた。

「知っていますよ~。古事記や日本書紀によりますと、この二人が日本列島を作ったのです。はい」 青白い顔をしたメガネの片岡が言う。

「何だか知らないけど王様って事だろ」 相撲部のヨシオは言った。某アニメ剛田商店の息子のようなヤツだ。

 奈良時代、平安時代、鎌倉時代などの展示物を淡々と見ながら江戸時代までやって来た。稲作や農業の様子…… もう帰りたい。

出来る事ならこの大きな展示物のガラスケースの中へ入って蝋人形か何かで出来たであろうコイツらのケツ目掛けてカンチョウをしてやりたい。

 江戸時代に猛威を振るった疫病。コレラ・梅毒・天然痘の大流行…… 気が滅入る。

こっちはこの長たらしい文字列を見るだけで口から泡が出そうだ。


――「おい見ろよ慎。幽霊画だってよ」 ヨシオが僕に話しかけてきた。

TVゲームやスマホゲームで幽霊やゾンビを普段から倒しまくっている僕にとって辛うじて多少の興味はそそられる展示物だった。

え~と。タイトルは 【四谷怪談】 何処かで聞いたことがあった。

妻のお岩が夫、田宮伊右衛門に殺され幽霊となり復讐をした…… 重いよ。

 幾つかの飾られた幽霊画を見終えた後、最後に一点、数人の人物が描かれた古ぼけた絵が飾られていた。

ふむふむ…… 幽霊画の巨匠、エンヤマ…… オウ…… の初期作品。タイトルは無し。

そこには七人の凛々しい立ち姿が描かれていた。


――「おい、慎。今日、夜の特番見るだろ? 生放送のやつ」

「あ、ああ見るよ」…… 僕はその一枚の絵を食い入るように見ながら言った。




――ザザザ!


 夜の海うねる浪。月夜に照らされ海坊主あたりが不気味な視界からパッと現れそうである。ぼんやりと無数の人魂の様な船の篝火かがりびが遠くの方でゆらゆら揺れる。

 一隻の巨大木造船が漆黒の海原を突き進んでいた。

その船の薄暗い船内の一室には三角フラスコ、ビーカー等の実験道具や無造作に置かれた分厚い書物があり部屋の中心には小さな籠に入れられた数匹の死にかけたモルモットの姿があった。ゼンマイ式の懐中時計を手に持ち、それを凝視する白衣姿の紳士的なチョビ髭の男が一人……。

ローソクの小さな光に揺られ怪しく狂気的な空間を醸し出していた。


――コンコンと歯切れのよいノック。

「失礼します。ドクターエンゲル、到着時刻に変更はございません。明日、正午上陸予定です」

試験管の中に入ったドス黒い液体を見つめ、そのチョビ髭の男ドクターエンゲルは不敵に笑みを浮かべた……。


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