生きることは食べること
白い子と、確かミュウと言ういつもニコニコした笑顔と残酷な本質を持った少女が、深刻そうな表情で会話をしているようだ。
どうやら二人は仲がいいらしい。時々二人でいる姿を見る。
おそらくは、内面が似ているのだろうか。
「ねえ、アンナちゃん。体は大丈夫?」
「……ええ、大丈夫よ」
「あと、どのぐらい持つのかな?」
「大丈夫、私は死なないわよ。完全にダメってわけじゃないのだもの。ギリギリで命を繋いでみせる」
「でもさあ、無理だよそんなの、今日明日にも死んじゃっておかしくないよ。そんなにガリガリなんだから」
「……」
がりがり?
「アンナちゃんは食べ物どころか、水だけでも飲むのが辛いんでしょう? ただ生きているだけでも辛いよね?」
「そうね、でも今までちゃんと生きてきたし、これからだって」
「無理だよ。私たちは騎士団に入ったんだよ。そんな本気も出せない体じゃ直ぐに死んじゃうよ」
どういうことだろう。ぼくはアサヒに尋ねる。
「どういうことだ? 白い子は拒食症なのか? でも初代を恨む?」
アサヒは心底憂鬱そうな顔で語りだした。
「気づきませんでしたか? 私は時間が止まっているからともかく、あの子たちは体に脂肪が全くありません。顔を見ても栄養が足りないし、身長も低い」
「まあ、そうだね」
でも、世界は広いからそういう一族の特徴だろうと思っていた。
というよりどうでもよかった。最初から子供たちなんていらなかったし。
「特にアンナは全く食べられない。僅か数キロ体重が落ちただけでおそらく死んでしまうでしょう」
「だから、原因は?」
アサヒの回りくどさには辟易する。
「トール村の人間の体質です。異常なほどのグルメだと言えばいいのでしょうか。一人の例外もなく、全力を出して自分が倒した獲物か、世の中で最高レベルの料理でないと体が受け付けないのです」
「そんなわがままを許すなよ」
「残念ながらわがままじゃありません。食べたいとか食べたくないとか。おいしいとか、まずいとかなんて話ではないのです。脳や感情以前に絶対に体が受け付けないのです」
それは、欠陥に近いものではないか。
「トール村の全ての人間の体質だと言ってもいいでしょう。その基準は戦いの才能に依存します。あの子たちで一番弱い子供でも最高級料理でなければ満足に食べられませんし、アンナに至ってはこの世に存在するほとんど全ての食材全てのレシピを受け付けません」
やはり、白い子は規格外か。
「強すぎる程度の魔物を倒しても全く口に会いません。余程のダンジョンのボスぐらいでないと。でもあの子にはそれだけの実力がまだありません。味覚は実力で決まるのでなくて才能で決まりますから」
物凄い話である。
実力ではなく、才能で味覚がきまるのなら弱い時は何も食べることが出来ないのではないか。
「今までどうやって生きてきたの?」
「体を強制的に黙らせて、地獄の苦しみを乗り越えた上でごく少量の食べ物を。それと飲み物です。食べ物に比べればまずくないらしいですね。あの子は基本的にその人生を水だけで生きてます」
「栄養食や点滴はどうなの?」
「摂取するものとして基準は同じみたいです。特にあの子は純粋なものを好みますから、ジュースよりも水を望みます」
凄い話だ。
あの子は食べる楽しみというものを、人生で一度も感じたことがないらしい。
何で生きているんだろう。常に空腹なら体調も安定しないだろうし、睡眠だって満足にはとれない。
慣れるにも限度がある。
いっそ死なせてあげるべきではないだろうか。
「やっぱりクルギスくんに相談するべきじゃないかな?」
「ダメよ、迷惑がかかるわ。それに王都中の料理を試してみたのだもの、クルギスにだって解決は難しいわよ。……あれだけ忙しいクルギスに頼めないわ。オルトは役に立たないし」
「無理だって言われちゃったもんね。色々手伝ってもらったけど」
「私だけの問題じゃないわ。ミュウだって美味しくなかったのでしょう?」
「うん、でもなんとか飲み込めるぐらいだったからあたしは生きてけるよ。でもアンナちゃんは死んじゃうよ」
「大丈夫よ。なんとか生き残ってみせるわ」
「誰に難しいって?」
ついアサヒの門の外に出てしまった。
驚いた白い子が、動揺を見せずにぼくに尋ねる。
「私たちの話を聞いてたの? ……クルギスに迷惑をかけるつもりはないわ」
「おいしい料理を見つけることは、国の利益にも繋がるよ。君たちに死なれるのも迷惑だし、ぼくがやるよ。君たちを助けてやる」
「出来るの?クルギスくんに」
イラっとした。この笑顔の子はこのぼくをオルトと同じ程度に見ているし、ぼくを舐めている。
「君にも協力してもらうことにしよう」
「へ?」
ぼくは笑顔の子の腕をがっと掴み。無理やり引きずっていく。
「え?ええ?」
「三日でなんとかする」
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