二人の話1 アンナとオルト
クルギスの右腕である、秘書のオルトが今日から私を鍛えてくれるらしい。
私はクルギスの傍にいてクルギスに育ててもらいたいのだが、オルトより優秀になったら傍においてくれると約束してくれたので、とりあえずオルトを目標にして一日でも早く追い抜こうと思う。
オルトは私の全ての面を鍛えてくれるらしいが、望むところだ。
クルギスの傍にいるなら、最低でも完璧であるべきだ。
そもそもにおいてクルギスには他人など必要ないのだから、一つでも欠点があればいらないと思われて当然だと思う。
「さて、今日から君のことを鍛えるわけだけど、まずは君の教師として相応しい面を見せようと思う。心を折っておけば言うことをちゃんと聞いてくれるようになるだろうしね」
オルトとはまだ数回しか顔を合わせてはいないが、大嫌いだ。
彼は私の心から欲しいものをいくつも持っている。
クルギスは基本的に他人のことなど必要としていないのに傍にいる。信頼されている。右腕だと思われている。
クルギスは他人を心底邪魔だと思い、同じ人間だなんて欠片も思ってない、何故一国の王子などやっているのか理解できないような人物だ。
それなのに、オルトにはある程度心を許しているように見える。
私も含めてクルギスにそんな人間はいらないのに、目障りなことこの上ない。
神は一人だからこそ尊いのだ。救いがあるとしたらオルトをクルギスが選んだわけではないということだ。
見ていても、口ぶりからもそれが伺える。
「君が一番得意なことはなんだい?」
オルトは余裕を含ませながら私に質問してくる。腹が立つことこのうえない。
「戦うことよ。トール村出身だもの」
「トール村出身だから戦うことが得意だとは限らないと思うけどね。でも、うんクルギスとの試合は見てたよ。得意だっていうだけはあった。じゃあおれと戦おうか」
オルトが戦おうと言った瞬間に、武器を持っていないオルトに私はクルギスにもらった剣で斬りかかった。もちろん殺す気でだ。
だが、憎らしいことにあっさりと避けられる。
「うん、ためらいがないのは良いことだ」
反撃としてオルトが私の背後に超高速で回り、右手刀を私の首筋に振り下ろす。私は剣で受け止めるが。
「……!」
あっさりと吹き飛ばされてしまう。有り得ない!
足運びからオルトの強さは想像できていたが、この重さと鋭さは!
「おれの勝ち。流石に弱いね。言っておくけど、本当はおれも剣が得意なんだよ」
動揺している隙にオルトはまた私の後ろに回り首筋に手刀を突きつけられていた。とてもじゃないが動くことが出来ない。
パワー、スピード。技。
一つたりとも勝ち目がないことがよくわかる。
「あなたは、トール村出身なの?」
オルトのあまりの実力につい聞いてしまった。
「いやいや、違うよ。おれはクルギスと同じ町出身だ君たちとは違う。それにおれはあくまでも一般人だよ。両親は大工と塾講師だったからね」
「なんていう町なの?」
クルギスの出身の町の情報は、何があっても是非聞いておきたい。
「言ってもわからないさ。既に滅んだ町だよ。それにしても君は弱いねえ」
あまりの言葉にイラっとした。
「あなたは本当はトール村出身なのでしょう? 人類で私たちより強いものは存在しないわよ」
「そうだね、確かにそうだよ。元々の強さではトール村の人間には決して勝てない。でも、アイテムを使えば話は違うのさ」
またアイテムだ。クルギスの使う至高の道具。あまり詳しくは知らないが。
「トール村の人間はアイテムを使わないということは有名だけどね。それでは全種族的に見るとそんなには強くない。わかるだろう?」
「アイテムを使わなくても、私たちは弱くないわ」
騎士団との戦いでも負けなかったし、どれだけ王都を見て回っても私より強そうな人間なんていなかった。
アイテムがどうこう以前だった。
「当然だね。君たちはトール村の出身だ。アイテムなんて使わなくても相当強いだろう。でもアイテムを使ってよければクルギスは当然として、おれよりも遥かに弱い。この国だけで判断しても、きみよりも強い人間は両手の指では足りないほど心当たりがある。おれにはね」
クルギスとオルトを除いても八人がいることになる。
最低でも、だ。
「世界と言う大きなくくりにしてしまうと、君たちより強い存在がどれだけの数いるかわからない。人間だけでそれだ。多種族をふくめてしまえばどれだけ弱いかな?」
想像できないぐらい多いのは間違いないだろう。確かに私たちは安心できるほどには強くない。
「時代は進んでいる。例えば初代の時代ではアイテムの文化が今よりはるかに劣っていたから、使わなくても最強を名乗れただろう。でも、今の時代ではどうだろうね?」
答えるまでもない、今の時代では初代ですらアイテムを使わなければ最強は名乗れなかったに違いない。
なによりも今の時代にはクルギスがいる。
「なら、アイテムを使ったあなたはどれぐらいの強さなのかしら?」
私は心に宿った疑問を尋ねてみる。
「才能に満ちた奇跡の子であり、皇子の片腕として便宜を図ってもらえる立場で、なによりクルギスにアイテムの使い方を教えてもらえる。そんなおれですら最低でも上に千人以上はいるだろうね」
冷静な判断でしょうね。なら私は百倍以上ね。
「おれたちはまだ十二歳だ。心も体も遥かに強くなるだろうし、トール村の子供と大人は別次元だとも聞くよ。でもどこまで成長できるかは君次第だ。今、子供の中で最強でも大人になったら最弱になるかもね」
それは有り得ないとは言えない未来でしょうね。受け入れることはできない未来だけど。
「どうかな、おれのことを教師だと認めてくれるかな?」
「そうね」
オルトがあらゆる面で現時点の私を遥かに超えていることは間違いないわね。認めざるを得ない。
「言っておくけど、私のことを完璧に育てるのよ。クルギスの部下として相応しくなるんだから」
「ああ、出来なかったら君の才能が足りなかったということだけど、出来るだけ頑張るよ」
私の十二年の人生で感情を動かした人間は二人、クルギスとオルトだ。
クルギスは服従と親愛をくれて、オルトは怒りと反発をくれた。
端的に言って、クルギスは好きだが、オルトは嫌いだ。
「君とおれはよく似ている。おれは君のことを初めて会ったときから生き別れた妹のように感じているんだ」
感慨深そうにオルトがそう言った。
認めたくはないが私も同じ感想を持っている。
私とオルトは本当によく似ている。
「同い年よね。なら私が姉よ」
「それはおれより優秀になってから言ってくれ」
おそらくだけど、私は今日、生涯のライバルに気づいたのかもしれない。
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