第一章 子供たちの救い編

おつかいのはじまり

 


  幸せな記憶を見ていた。だが、ぼくには思考する暇すらなく夢だと分かっていた。


 だってそれはすでに失われた風景。もう会えなくなった人。永遠にしたかった過去だ。


 広大な屋敷に、一面の本棚、苦にならない勉強、そしてぼくを育てた人間。


 ああ、なんて満ち足りた……。


  ★ 


 あまりの声に目が覚める。聞こえてきたのは副官の叫び声だった。


 起きていないことにしてやりすごしたい気持ちでいっぱいだが、今は任務の最中でもあるし、余程の大事な用かもしれないと自分を誤魔化して意識を覚醒させる。


「皇子!早く起きてください!会議が始まりますよ!」


  今回のおつかいが初対面だったが、かなり馴れ馴れしいようだ。


 そこまでの階級でもなく、年も若い。おそらく副官の仕事は初めてなのかもしれない。


 ぼくに部下が一人も存在しないのでこういう突発的な任務で大抜擢がよく行われる。ほとんどの場合はキャリア組だ。なにしろ安全であり、雑用以外やることがほとんどない。


「会議って、なんの?」


「当然、トール村への救出作戦の会議に決まっているじゃないですか!」


 ふう、ついため息が出てしまう。


 そんなことでぼくの眠りを妨げたのだと思うと呪いのアイテムを使いたくなってしまう。


 ただでさえ王都に戻ると睡眠時間がほとんどないというのに。ぼくにとってはむしろ任務先のほうが休憩できるのだということを是非理解してもらいたい。


「あのね、会議が出来ることなんて一つもないよ」


 ぼくたちは今、総勢千人ほどの集まりでちょっとしたおつかいをしている。内容はトール村の住民の救出。


 あるいは、村で現在遊んでいる敵の殲滅だ。


 命令はあくまでも生存者を連れ帰ることだけだが、もし全滅していた場合はちゃんと犯人を殺しておかなければ色々とやるせない。


「何故ですか!」


「理由は二つだ。一つは、村は既に壊滅状態だ」


「だからこそ一人でも多くの生き残りを救出せねば!」


「二つ目に、敵の殲滅は確実に不可能だからだ。トール村の住民を皆殺しにするほどの敵だぞ?」


 副官が息をのみ、震えだす。トール村。人類最強の一族の村だ。


 人口は百人にも満たないが、十人も集まれば人類程度など簡単に皆殺しにできる最強の戦闘狂共らしい。


 幸いにしてぼくが出会ったことがある唯一のトール村出身の人間は割と理性的だったが、彼から聞いた話では、よっぽどらしい。


 そんな連中が何故、こんな田舎でひっそりと暮らしているかという理由は複数存在する。


 彼らは強さにしか興味がないので支配などと言った顕示欲には無縁だとか、何故か多くの魔物が襲ってくるらしい土地がとても気に入っていると。


 だが、何故人間を滅ぼさないかと聞かれたら、人間が滅びたら困るからだ。多種族との戦いのために。世界には二十種類の種族が存在する。頂点が神族で底辺が人間族だ。


「いくら最弱の人間だからって、その中での圧倒的に最強な一族なのにね」


「その一族が、今絶滅の時なのですぞ!国王陛下の命令なのですから逆らえるわけがありません!」


「心配しなくてもいいよ。トール村が完全に全滅しても、ぼくがいれば人類に負けはない」


 メテオ王国、第十皇子クルギス。それがぼくの名前だ。


 鬱陶しいことに現国王から人類最強戦力であるトール村の人間を一人でも多く救ってこいと命令されている。あの人はぼくが逆らう気がないと分かっているので無理難題を吹っかけてくるのだ。


元々の話としても村が襲われているという報告を受けてからぼくは王都を出たのだから救出が間に合わないのは当たり前が過ぎる。


「う、疑っているわけではありません。皇子の数々の伝説は私の耳にも入っております。ですが、人類の戦力はほんの僅かにでも多いに越したことはないではありませんか」


「ああ、まあそういう理屈には興味がないから。勝手に話し合ってくれればいいよ。ぼくが言っているのは何をどうしようとも命令通りに動くことは出来ないということだよ。他種族は強すぎるからね」


「相手が悪魔族と言えど、皇子なら勝利することは難しくなどないでしょう!」


「それは当然だよ。でも、もしトール村に生き残りが存在したらすぐに殺されるだろうね」


 大体が約千人の足手まといを連れているのだ。他種族と戦うのに不利にもほどがある。正面切って戦うにも、こっそりと殺していくにしても、一人がいいのに。


 今回の任務にあたり、ぼくは国王から五人の将軍と一万二千人の兵士を押し付けられた。正直邪魔で仕方がない、基本的にぼくは単独任務を好むからだ。だが、まあ皇子である以上、対外的にこういうことも必要だとは理解できる。


「いいかい?大きいのを撃って廃墟ごと皆殺しにするなら生存者は死ぬ。正面から戦ったら味方が死ぬ。戦うんだから別に味方が何人死んでもかまわないし、犠牲を減らそうとも思わないけど、命令は生存者を助けるというものだ。ぼくたちの行動で村の人間が死んだら、それこそ命令違反だ。生き残りがいるのか、いるなら何人存在するのかは、最重要の情報だよ」


「ですが、急がねば被害は増えてしまいます!」


「違うよ、急ぐと犠牲が増えるんだ。それはちゃんと理解しなきゃ。流石のぼくも、今のところ死人を生き返らせる方法は知らないからね」


 もっともできてもやらないが。死人を生き返らせるとどこまでも人が増えてしまうからね。それではみんな困るだろう。生物は増えたり減ったりするもので、それが当たり前だ。


 とは言えそろそろ動いてもいい頃かもしれない。偵察用のカラスも帰ってきた。言葉はわからないが、意味はわかる。どうやら生きている人間がいるらしい。これで皆殺しにはできなくなったようだ。


「よし、じゃあ会議をするか」


「は、はい!では将軍たちを招集します!」


 のびをしながら会議用の簡易テントに向かう。気は乗らないが、これも仕事だ。どうやらぼくは、死者を出さないように、問題を解決しなけらばらならないようだ。


 戦いに参加したら確実に死ぬ。そんなこともわからない連中をまとめて。


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