異変Ⅱ


「ぎえーっ…ただいまぁー」


部屋に入って、そのままジッパーを下まで下ろし、最短距離でパンイチベッドイン。ちかれた。


やっぱりこの仕事は疲れる。

時間はきっちり八時間以下で賃金も悪くないらしいが、にしてもハードすぎる…気疲れとか。


「ホッキョクギツネとシンヤ、結構仲良くなってきてて良かったな…最初はどうなるかと思ったけど」


独り言をボソボソ呟きながらベッドを転がる。

今日はゆっくり風呂に浸かりたい。


胸を温かい水滴が打つ。

落ち着いた色の明かりが清潔なバスルームを照らしている。


「あったまってるかな…?」


お湯に指を入れようとした時、石鹸が落っこちて足元へ。

お察し、伝統芸能。  


「う"ぇ"ぁ"っ?!?!」


思わず変な声が出る。

そのまま頭から湯船にバシャーンと突っ込んだ。

やべぇ、風呂桶がマジで大きいから助かったものの、頭から突っ込んで打ってるから上下がわからん!溺れる!


「がぼっ!いってぇ!溺れ!…る…?」


犬神家の例のアレみたいな感じで湯船に沈んでるんだけど…沈んでるんだけど…呼吸できる。

溺れてない。

視界もぼやけない。


ゆっくり、足を打ち付けないようにひっくり返って湯船に浸かる。

なにこれ。


髪がぺたーっと水で額にくっついている。

鼻のツーンとするあの嫌な感覚もない。

顔面を恐る恐る水面につけてみる。

ゆっくり目を開ける。


「どうなってんだ…?」


顔にお湯の持つ熱を感じる。

手を見ると、シワの一つ一つまでくっきり見える。

水中で息を吸おうとした時、目と鼻に激痛が走り、息ができなくなった。


「ぶっ"ばっ"えげっ!ゲホゲホゲホゲホ…変なとこに水入ってる…え"ほっ…」




「って事があったんだよ」


僕はスマホで「水中 息できる」の検索ページを飛ばし飛ばし調べていた。 

液体中の酸素濃度がどうのこうので、言ってることも分からないし、さっぱりそれっぽいのは出てこない。


「酒で酔ってたんじゃないですか?先輩弱そうですし」


「んでも飲んでないしなぁ…」


さらっとシラフシンヤに馬鹿にされた気もしたが気にしない気にしない。


いきなり、前の席から顔が飛び出した。


「タクミくん、その話、詳しく聞かせてもらえる?」


ヒロミだった。


「チッ、なに聞き耳立ててんだよ…気持ち悪いから前向けって!」


シンヤが邪険に扱う。

それをマサキが、まぁまぁとなだめる。


「何か昨日、こけて風呂に頭から突っ込んだんですけどね…」


起こったことをありのままに話す。

ヒロミはこの間もサンドスターについて語っていたし、何かパークの超常的なアレなら、もしかしたら分かるかもしれない。


「なるほど…興味深いね…全然わからん」


何だよ!人の話を聞いといて!

と心の中で呟きながら「ですよね」と相槌を打つ。


「ペンギンとか、イルカ、アシカのフレンズも同じように水中で呼吸が出来るみたいだしね…パークの何かがタクミくんの体に影響したのかもしれない…例えばタクミくんがいつも一緒にいるペンギンのフレンズとか」


「フルルちゃんが?」


「例えばの話だよ…例えばね…」




「もう!なんで!私が!こんな事まで!こんな所まで!こんな長い時間をかけて!他の職員と同じ給料で働かないといけないのよっ!観覧車回す金があるんなら残業手当くらい増やしなさいよこのクソハゲデブ××××××!」


虎柄のキャンピングカー…に模した、パークの探査車両。

その中で残念な髪の染め方をした感じのロングの女性が枕で壁を殴っていた。


「は、博士!落ち着いてください!もう直ぐミッション完了ですから!落ち着いて!」


黒い守身チョッキに身を包んだ男の顔面に高速で枕が飛んでくる。

いやァ…びっくりしましたよ…大の男が、特殊部隊の男がですよ?頭一つ分自分より小さい女性が投げた枕でぶっ飛ばされたんですからねェ…


「なぁ、今の枕の飛ぶ音聞いたか…?ボッ、ていってたよな…ボッ、て…」


「相当ブラックだよなぁ…」


体の状態もよりによってここで最悪。

お腹も痛いし頭も痛い。

乗り合わせているセルリアンハンターのフレンズが彼女の頭を撫でている。

足を丸めてようやく横になれるベッドスペースにエナジードリンクの缶が転がっている。

二日の間寝てない。地獄だ…


「いました!約2000メートル先にコード:クラーケン!」


リカオンのフレンズが、人のいない草原のエリアまで追い込んだ巨大セルリアンを見とめる。


「カテゴリ4、7メートルだ…バケモンだぞ、ヒグマ、キンシコウ、リカオン、喰われるなよ…お前らもだ、骨の一本二本は覚悟しろ…」


「残り100メートルまで接近します」


フレンズ達の抜けた歯や切った爪の粉末が練り込まれた合金の弾。

サンドスターを利用した爆弾の位置を、ベストの上から確認する。


「残り200メートル!コード:クラーケンに気づかれました!」


「しゃあない!もう降りるぞ!車を回して援護できる位置につけろ!走行しながら俺らは降りる!」


「いっちょブチのめしてやるか!仲間の仇だ!」


ヒグマのフレンズが目を光らせる。


「気をつけて!」


黒いベストの隊員3人が車から飛び降りる。それに続いてハンター達も。


「援護して下さいっ!」


「私たちを撃たないで下さいよ!」


ハンターのフレンズ達が驚異的な速さでセルリアンとの間合いを詰めていく。

大きな黒い球体状だったセルリアンに、まるで有精卵が分裂するかのように切れ込みが入る。

その名を冠するに相応しい、八つの暴力的な触手がぶら下がる。


「硬さは分からない…が、石が見えたら撃て。ハンター達の動きは気にするな、アイツらなら弾を避けてくれる。アンチセルリウムじゃない、倫理委員会からやっと許可の下りた新型の弾だ。あの化けダコを死ぬまでファックしてやれ」


身軽なリカオンがセルリアンの振り回した大きな触手に飛びついてよじ登る。


「切り落としますか?!」


「出来るならやってくれ!切れ込みでも入れれば動きは鈍くなるはずだ!」


リカオンの爪から虹色の輝きが迸る。


「そりゃぁっ!」


ギャンと黒板を引っ掻いたような音を上げて大きな触手が切り離される。

7本の触手が鋭くなり、一斉にリカオンの方向に向けられる。


「はっ!コイツは図体ばかりでそんなに強くないぞ!3人なら余裕…だっ!」


ヒグマの大きな熊手が、一点に狙いを集中させてしまったセルリアンの背面を抉る。


「今!」


三発の弾丸がセルリアンに向かって飛んでいく。

ヒグマが身を捩って弾の射線を避ける。

石に二つ穴が開いた。


「やった!」


セルリアンは意味不明な断末魔をあげながら、豪快に破裂した。

バッシャーンと。


「うわぁっ!」「きゃあっ!」


普通、セルリアンはビスマスのような幾何学模様の固体や期待に変わりながら昇華する。

セルリアンはすべて空中でタールのようにベタベタした液体に変わりながら飛び散った。


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