約束!


ライブ会場に近くなってくる。

少し日が傾いて、ほんの少しだけ夕焼けが見え始めている。

大きな帽子のホール、その奥から響いてくるのは激しく、キレのいいドラムの音。


アイドルアイドル言ってはいるが、PPPはそれぞれのメンバーが担当の役割を持っているバンドでもある。

フルルちゃんはドラムなので、おそらく彼女の独奏中なのだろう。


「いええええええいっ!!!」


エントランスに入ると、大きな声が響き、同時に大歓声が起きる。

え?マジで…今の声…フルルちゃん?


もう席は満杯で、階段に出て見る。


ステージの上でドラムを叩いていたのは、まるで僕の知らない子だった。

キラキラしたフリルの服のまま、キラキラと照明で宝石のように輝く汗を流して、ドラムを一心不乱に叩いている。


「すげぇ…こんなフルルちゃん初めて見た…」


バシャーンとクラッシュが気味よく轟く。

大歓声が一斉に彼女を打った。


「みんなー!今日はありがとーう!」




沢山の客が帰って、ホールがガラんとした頃。

楽屋の方へ入ろうとすると警備員がいたが、何故か顔パスで通れた。さすフル。


白い壁とグレーのカーペットの廊下には観葉植物が置かれている。

数人、肩から機材とテープを下げたスタッフとすれ違う。

フルルちゃんの楽屋の戸の前に来る。


ノック。コンコン。

「もしもし、タクミですけど」

「あー、タクミ、やっときたー」

「ライブお疲れ様、凄かったね」

「えへへー、でしょー?」

「あのさ、誕生日プレゼント…って言えるのか分からないけど、どこかフルルちゃんの行きたい所、どこでもいいから言ってよ。一緒に行こう?」


ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ無理だ…

所詮僕みたいなクソ雑魚童貞にはそんな陽キャみたいな事…恥ずかしくてできそうにないっ…

しかも相手が相手だから返答の内容も予測がつかないっ…(失礼)

ヤバいぞこれは。


い、いやダメだ!逃げちゃダメだ!

ここで逃げたらすでに廃れ切った男が廃る!


ゴクリと唾を飲み、ドアをノックする。

コンコン。

「もしもし、タク「何してるのー?」


背筋ぴっきーん。


「おっ、おおっおっお疲れ様でした」


「ふふっ、ありがとう。さっきから見てたんだけどわたしの部屋に向かって何してたのー?」


ニヤニヤとフルルちゃんが言う。

別に…とはぐらかすが、彼女のことだから大体見抜かれていたに違いない。


フルルちゃんはシャワーを浴びてきた後のようで、綺麗な髪が濡れてつやつやしていた。


「わたしのドラム、聴いてくれたー?」


僕と扉の間に割り込んで、楽屋の鍵をを開けながら、フルルちゃんが尋ねる。


「うん、凄かったよ!あんなに楽しそうに叩いてて…カッコ良かった」


「うふふ、そーお?」


彼女が少し嬉しそうに言う。

ほのかにシャンプーのいい匂いが鼻をくすぐる。


「タクミ、一緒に帰っていい?」




太陽のかけらが見えなくなる頃。

山の縁が薄い紫になって、雲の影がすっと僕らを包む。街灯が照らしている。


フルルちゃんとこうやって並んでしんみり歩くのはあんまり無かったかもしれない。

彼女との背丈の差、僕の肩には自分には少し短い紐のトートバッグ。

静かな二人の間に、コツコツとレンガを踏む足音だけが響いている。


今?今か?言うなら今しかないか?

誕生日にデートに誘うって…それって本当に大丈夫なのか?自惚れんなって言われないか?

もしや一樹に騙されてるだけとか…


「タクミー?」


「うん?どうしたの?」


「今日タクミのところの部屋に泊まっていい?」


はぇ?今何と?


「ん???」


「タクミのところの部屋に泊まっていいでしょ?」


「んんんーんんーんんんーんんん?????」


んんんんんんんん????


「フルルー、疲れてるし温泉入りたいから、ね?いいでしょ?」


フルルちゃんが上目遣いで言う。


「いやいやいやいやいやいやダメでしょ普通!だだだってフルルちゃんアイドルだし!そんなことしたらファンとかマスコミとかにボコボコだって!」


「えー?マコさんの部屋貸してもらえばいいでしょー?なんで?」


あぁ〜思考停止の音〜


「…もしかしてタクミなんか変な勘違いしてた?」


「ははははっ!そんなはずはないよ!そうだね!マコさんにお願いしてみようか!はははっ!」


もうだめ。この子といると寿命縮む。

てか最近ずっとマコさんのとこ泊まってないか?

…まぁマコさんも満更でもなさそうだからいいか。


「…そうだ、フルルちゃん、どっか行きたいところとか…あったりする?誕生日だからプレゼントを何かあげようと思ったんだけど…あんまり思いつかなくてさ…それで」


タクミ…なんでこのタイミングを選んだのか…

それは一話分の長さという作者の都g(殴


「ふふっ、カズキ君に誕生日プレゼント何がいいのか聞いたんでしょ」


フルルちゃんがにやりとしながら言う。


「な、なんで知ってるの?」


「やっぱり!タクミがどっかに行こうって誘う案なんて出せるわけないと思ったんだよねー」


この子はこういうところ、妙に鋭い…


「うーん、温泉とかー?冬がいいなー、もちろんタクミのおごりで!どーお?」


「うぐ…パークの温泉…ちょっと待って…」


冬にパークの温泉って…こりゃヤバいぞ…

しかし言い出しっぺはこっち…しかも提案者まで見抜かれるというヘマ…引くに引けぬ…


「うー☆、分かった!温泉ね!」


「やったー!」


この時タクミは温泉の金銭面にしか注目していなかったので気がついていなかった。

クソ鈍童貞が女子と二人きりで温泉に泊まる未来が確定した事を…

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