あの子と出会い

研修


ぽたり、ぽたりと汗が流れる。


今朝は炎天下、ギラギラと日差しが強く、こんな日には野良猫も散歩を諦めている。

それなのに…


「急げよ!あと5分しかねぇぞ!」


「う〜、元はと言えばお前が寝過ごしたのがいけなかったんだろぉ〜?」


パンパンのトランクとリュックを背負って、船乗り場へと走る。

アイツ…完全に準備不足なだけだろ…


タラップにチェーンを掛けようとしているスタッフに、アイツは駆け寄り、二枚のチケットを汗だくの手でにぎりしめて見せびらかす。


「ふ…二人乗ります…」



船内には自販機が取り付けられていて、冷たい麦茶を買って席に着いた。

トランクは後ろに括りつけてある。


「ひゃ〜、どうなることかと思ったぜ」


「お前なぁ…」


水滴を纏ったボトルを持ち上げて額に当てる。

まぁ、無事に乗れたし、よしとするか。


ブォォンと大きな汽笛と共に船が港を立つ。

スマホのギガは先月から溜めてあるし、モバイルバッテリーだって満タンの筈だ。


「ゲッ!電池残り12%…悪りぃ、モバイルバッテリー貸してくれるか?」


全く、コイツは…

この無計画アホ野郎は僕の高校の頃からの友達、橘一樹たちばなかずき

僕は至って真面目で計画的な、誰かさんとは大違いな猪俣拓海いのまたたくみ


僕たちは同じ大学を受けて合格し、獣医学の道へと進んだのだが…


「はい、これ夏休みの課題」


ドサリと僕たちの机の上に出されたのは厚さ5センチの紙の塊。


「あ、あの…准教授…これって…」


「あったりまえじゃない、レポートよレポート」


夏休みなんてないに決まってるじゃないか。

どうもこの大学には数年前からの変な伝統が染み付いているらしい。

それが、ジャパリパーク研修だ。

一年は無理矢理休みを取らされてジャパリ送りだ。

おかげさまで残り4ヶ月の授業はパンパン、バイトのシフトもガラガラに開けてきた。

ただし費用はパークで持ってくれるという条件が付いている。

ガリ勉達は喜ぶかも知れないが、チッチッチ、これは肉体労働だ。

ああ、ドナドナが聴こえてきた…



「なぁ、他の奴はどうするって?」


「他の三人は風邪だって」


「あと一人は?」


「11人目のお婆さんが死んだんだと」


みんなポンコツばっかりだ。

僕たちくらいなもんだよ、真面目に老いぼれ教授の話を聞いてあげてるのは。


こんな事なら、僕も五人目のお婆ちゃんを殺せばよかったよ。





『間も無く、ジャパリパークに到着です。港では揺れる可能性がございますので、シートベルトを締めて、着席した状態でお待ちいただけますよう、ご協力お願いします』


ブォォンと、また汽笛が鳴った。

空になった麦茶のペットボトルが軽く跳ねる。


「よっしゃ!俺が一番だぁ!」


一樹は子供のように(否、最早子供だ)出口へと跳ねて行って、ジャンプで島に降りたった。


「アイツ…トランク忘れたな…」


僕は二人分のトランクを、顔を真っ赤にしながら船から下ろし、悪りぃ悪りぃと平謝りする一樹に冷たい視線を浴びせた。


乗船した街とは大違い、気候は至って快適で、心地よい海風が吹いている。


「ふふふッ、研修生の方?」


いやに艶っぽい声が背後から飛んできて、思わず僕と一樹は体が反応する。

…何考えてるんだ!振り向いたって事だぞ!

だが振り返った先で僕たちは確かに見た。

作業着の下に着たタンクトップの中に収まりきらない谷間–


危ない危ない、思わずガン見する所だった。

僕は目線を逸らそうとしない一樹にビンタした。


「ウフッ、どこ見てるの?私の顔はそこじゃないわ」


目線をずらすと、そこには長い茶髪をポニーテールに束ねた、美人クレオパトラ、いや楊貴妃?小野小町が君臨していた–一樹はまた釘付けになった–。


「わたし、あなたたちの担当になった、佐々木真子。マコさん、って呼んでくれると嬉しいかな」


「ぼ、ぼ、僕は猪俣拓海、タクミって言います」


男なら、こんな美人を前にして自己紹介をするんだ、耳が赤くなるのも当然だろう。


一樹が谷間と顔、どちらに目線をやればいいのか完全に混乱していたのでもう一度ビンタした。


「コイツは橘一樹です、ホラ、早く礼しろって」


「お願いします…ェヘ」


コイツ…もうどこに目をやればいいのか分からなくなって、胸に挨拶しやがった…


「タクミ君とカズキ君ね、二人とも愉快でとっても楽しい事が起こりそう!ねぇ、そう思うでしょ?」


「「は、ハィ…///」」


ダメだ、笑顔が天使過ぎる。

おふぅされていてもおかしくない…



僕たちはマコさんに連れられて(一樹は腰を追いかけて)、宿舎までたどり着いた。


「ジャジャーン!これが二人の宿舎ね!本当は六人分の広さだから、伸び伸びつかってもいーよ!」


僕たちは寮生活、どうせ同じ様な部屋かと思っていたけど…


「スッゲェ!Wi-Fiあるじゃん!」


「風呂とトイレが別!!」


「布団やわらけぇ…」


「東京の水より美味しい!!!」


「ウフフッ、そうでしょそうでしょ?何せここはジャパリパークなのよ?世界中の大富豪中の大富豪が大金を積んで積んで作ったのよ?寮で一番小さい部屋でも13畳、なんならアパートよりも広いのに全額パークが持ってくれるのよ!」



これは…

絶対たのしー研修になる!!






空も飛べるはず


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る