修道女、額づく人を見慣れてきたことに気づく
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この国での奴隷売買は禁止されている。……というのは建前で、法の下に市民としての権利を剥奪された犯罪奴隷以外にも、使用人という名目でまるで物のように扱われている奴隷階級は存在する。
メイラの育ったリゼルの街は、人口もそれほど多くはない田舎だが、それでも首に奴隷紋を刻まれた下働きは一定数いた。
名目上彼らは『元』奴隷であり、雇用者とは対等な契約を交わしている事になっているが、実質的には魔術で主人に逆らえないよう縛られている者は多いと聞く。
詳しい事はあまりよく知らない。一般的な市井の人間のほとんどがそうだと思う。
国から規制のある奴隷という存在は、真正面から見ることすら躊躇う恐ろしいタブーなのだ。
メイラの乏しい知識だと、現在国内にいる奴隷の過半数が犯罪奴隷であり、おもに鉱山などで強制労働についているという。残りは借金を返せなかったり、子供の頃に誘拐されたなどの理由で奴隷に落とされた者たちで、街で働く者はそれに分類される。
奴隷を売買することは、法律で禁止されている。しかし、『元』奴隷である彼らを雇用することを禁じる法はない。
つまり、他国で奴隷を購入してくればいいだけで、富裕層の多くが奴隷を所有しているのは、そうやって法の抜け道をくぐって上手くやっているからだ。
ルシエラの話とは、その奴隷ついてのことだった。
黒竜と時を同じくしてメイラを襲った男たちは、リーダー格の男も含めてすべて奴隷紋を刻まれた誰かの所有物であったらしい。
奴隷であれば、拷問にかけようが説得しようが金を積もうが、主人の不利益になることは絶対にできない。しないではなく、できないのだ。
何人かが悶死して初めて魔法的な縛りに気づき、改めて身体を調べたところ、首ではないところに徴を見つけたそうだ。世界規格では首へ刻まれる決まりのある奴隷紋が、服に隠れる目立たない部分にあるのは非常に厄介だ。
「この離宮の使用人の身体を隅々まで確認しましたところ、三名の奴隷紋持ちを見つけました」
ルシエラは若干早口でそう言って、一息ついてから更に続けた。
「おそば近くの者ではなく、離宮で端働きをしていた使用人です。問題は、その男女が担当していたのは厨房と浴室で、やろうと思えば毒などを仕込むことも可能だったということです」
ちなみに、確認方法は全員一か所に集められての全裸だったらしい。
それは傍付きたちも同様で、ユリたちメイド、おそらくは貴族の子弟である近衛騎士たちまで素っ裸になって互いの身体を目視で確認したらしい。もちろん男女別部屋だが、複数人でまとまったグループになって脱いだという。
ことさら丁寧なルシエラの説明によると、確認した者同士が結託していたら容易に誤魔化せるので、そうする隙を持たせないよう抜き打ちで、厳重な監視の元おこなわれたのだとか。
メイラは目の前のルシエラがその女官のドレスを脱ぐ状況を想像しようとして、すぐにやめた。
さすがの彼女でも少しは恥じらうのではないかと思ったのだが、堂々とどこも隠さず仁王立ちになる姿しか思い浮かばなかったのだ。
むしろ、同僚の男性騎士を容赦なく剥く様を想像してしまい、非常に残念な気持ちになった。
「いずれ後宮内の方々についても全員調べる予定です。後々どなたかから問題視されるかもしれませんので、御方さまのお身体についても陛下が直接ご確認ください。」
余計なことを妄想してしまったせいか、即座に反撃された。
「……えっ」
「隅々まで、子細漏らさずお願いいたします。湯殿番の使用人が紋を刻まれていたのは内腿の付け根付近でございました」
「ああ、任せてくれ」
「ええっ?!」
か……確認?!
容赦ないカウンターはしっかりと決まり、ルシエラの整った面には非常に悪い笑みが浮かんでいる。
「どうした、メルシェイラ」
震えあがったメイラの背後からは、尾てい骨が震えるほどの低音の含み笑い。
普段はこれ以上ないほどに安心するその声の、普段とはあまりにも違う雰囲気に恐る恐る視線を上げると……
「……ひっ」
即座に逃げ出そうとした小動物メイラに対し、捕食者陛下はもちろんそんなことを許すはずもなく、舌なめずりをしそうな表情でこちらを見ている。
いや今更だ。今更なのだが!
貧相なこの身体のどこにも奴隷紋などないと、陛下はもとよりルシエラだってよくわかっているはずなのに。
念のためにしばらく外出は控るようにだとか、身分不確かな者は傍に寄せないようにだとか、それらしい注意はその後も続いたが、最初の反撃が急所にざっくりとくいこんでしまっているので、ほとんど耳に届きはしなかった。
「……今頃御方さまを排除しようと企んだ面々は青くなっているのでは」
涙目のメイラをひとしきり眺めてから、ルシエラが歌うような声で言った。その口角は、ものすごく嫌な角度に吊り上がっている。
「ああ、ここまで騒ぎになってしまえば今更止めても勘繰られるだけだな」
「陛下に近づきすぎる者は刺客とみなすと通告済みです。おもしろくなりそうですね?」
目の前で重要だと思われる話が続いていたが、、まったく内容が頭に入ってこない。
「下手な動きをすれば黒竜の件まで疑われかねませんから、必死でもみ消そうとするでしょう」
「そう上手くいくか?」
「上手くいくか行かないかではなく、行かせるのです。期限はあと三日もございますので、お任せを」
ぞわり、と全身に鳥肌が立った。
ルシエラの、氷の女王(悪役)然とした表情に震えあがったというのもあるが、メイラがもっとも弱点とする両脇腹を、くすぐるというにはあまりにも生易しい触れ方で撫で上げられたのだ。
「ハ、ハロルドさま!」
もちろん、陛下の手は止まらなかった。
「ひっ……う、あ」
特に卑猥なことをされているわけではない。
それなのに、大きな手でたったひと撫でされるだけで、メイラの身体はぶるぶると震え始めた。
「……本当にお可愛らしい事です」
「ルシエラ!」
メイラは陛下の膝の上に座らされているので、必然的に視界は前に向いている。
なので、ルシエラにじっくりと観察するような目つきで見られていて、更にはメイドたち、侍従たち、近衛騎士たちの視線がこちらを向いているのに気づいてしまった。
「私以外の名前を囀ってくれるな」
耳元に落とされた低音に、じわりと視界が滲む。
「あ、ハロルドさま……っ」
「湯殿へ参ろうか」
まるで屠場に連行される羊になった気がした。
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