本編
第1話
父さん母さんお元気ですか。弟は今日も楽しそうに学校へ行きましたか……
と言っても数時間前に感動的な見送りをしてもらったばかりですが。
父さん母さん、俺、聞いてほしいことがあるんです。悩んでいることがあるんです。
実は、今日入学するはずの学校がどこにも見当たりません……!
……カルヴィラル異世界転移者育成専門学校。それが俺、
前半のファンタジーっぽさに比べ後半の現実味を帯びた学校名には苦笑いもしたくなるが、まぁ仕方がない。
随分と長々とした名前だが、単純に言えば世界中に片手で数えられる程度にしか無い異世界に転移する為の人材を育てる学校の一つだ。
昔は適当な人間を勝手に召喚して、それで能力を与えていたらしいがそれも数十年前の話。異世界とも連携が取れるようになった現代でそんな非効率で面倒な方法はしない。
今では異世界に行きたいと思う人々は老若男女問わずごまんといる。その中で異世界に行けるのはその世界を救うに値する全ての能力を兼ね備えたごく一握りの人間のみ。
俺は幼い頃から異世界というものに憧れ、平凡ながらも自分の努力とありったけの異世界愛で筆記、実技、面接、その他諸々…と、とてつもなく厳しい入学試験をギリギリで合格し、なんとか日本には一つしかない転移者を育成する学校の入学へこぎつけた。
とにかく、異世界転移に特化したこの学校に入学できるということは夢への大きな第一歩…だったはずなのだが!
俺が今学校だと思って遠路はるばるやって来たのは辺鄙な田舎の、人なんて寄り付きそうにもない山奥だった。
「ここ、どこだよ……」
どうしようもない現状に俺は泣きそうになる。
確かに俺は学校から送られてきた情報通りにここまでやってきたのだが、どう見ても学校どころか建物一つありそうにない。
特別な学校だから人目を憚るために山奥にあるのかもしれない、と淡い期待を胸に山の入り口にあった長い階段を登ってみてもあったのは今俺の目の前にそびえ立つ妙に新しく見える真っ赤な鳥居だけだった。
ここに居ても仕方が無いとは思いつつもだからと言ってどこに行けばいいのかも分からない、しかし残酷にも学校に着かなければならないタイムリミットはどんどん迫ってくる……どうすれば、どうすればいい…ぐるぐるぐるぐる俺の中で解決策を考えていくうちにどんどん焦りが込み上げてくる。
「と、とにかく……絶対ここは違う、絶対学校じゃない!」
助けが来るわけでも無いならここでじっとしていても何にもならないじゃないか…
そうだ、そうしよう。そういえばここからは随分離れることになるけれど来る途中に民家があったな、もしかしたらそこに住んでる人が何か知ってるかも…
ぐるぐるぐるぐる。ちょっと足りない頭で、それでもどうにか打開策を見つけようとしている最中急に声をかけられた。
「なぁ、お前さっきから何やってんだよ?」
「う、うワァっ!?ゆ、幽霊っ…」
さっきまで周りには誰も居なかったはずなのに…思わずびっくりして裏返った声が出る。
「幽霊じゃねーよ!初対面の奴に失礼だなお前!」
そっちこそ初対面のくせに随分と口が悪いなと反論したくなるがどうやら幽霊じゃないらしい。俺本当に失礼なこと言ったな。でもこんな薄暗い山奥で急に話しかけられる身にもなってほしいと思う。……まぁ、幽霊じゃなくてもとにかく怪しい奴には変わりがない、早くここから離れよう……
「す、すまん、だけど俺、急いでるんだ!じゃあな!」
焦りとパニックで早くここを立ち去らないとという気持ちとは裏腹に怪しい奴は俺の腕をつかんだ。
「おい、待てって!お前、俺と同じカルヴィラルの生徒だろ!ここ以外にどこに急ぐって言うんだよ!」
カルヴィラル、俺と同じ学校……?そう言われてそいつのことをまじまじと見る。俺と同じローブ…間違いないカルヴィラルの制服だ。おまけに艶のある金髪と俺を見るキリッと形の整った碧眼は荒々しい日本語がとてつもなく似合わない程にイケメンである。少し隣に並びたくなくなった。それでも俺の蜘蛛の糸には変わらない。あとはこの幽霊もといイケメンについていけば……勝てる!突然差し伸べられた救いの手に勝利を確信する。
「神様……」
「あぁ?何言ってんだよ」
イケメンは腰に手を当てるさりげない仕草だけでも絵になるんだな……いや、そんなこと考えている暇なんて俺には無いんだった。
「っよかったぁー!お、おおお俺!カルヴィラルに入学する予定だったんだけど全然学校が見つかんなくてさ!恥ずかしいけど、めっちゃ迷子になってたからめっちゃ助かった!途中まで一緒に行こうぜ!」
と、その瞬間イケメンが変に顔を顰めた。少し不安が込み上げてくる。俺、なんか変なこと言ったか……?
「……お前何言ってんだ。学校そこ抜ければすぐだろ。」
イケメンは不思議そうな顔をしながら俺に向かって指をさす。だけどその指の先を辿ってみてもそこには意味のない鳥居が一つとありきたりな森の風景しか広がっていない。
「……は、どこ?」
嘘だと思いつつももう一度尋ねてみる。もしかしてこいつ幻覚でも見えてんのか。神の助けだと思ったらとんでもない奴に出会ってしまったのかもしれない。
「いやだからこれだって、ここ!この鳥居!」
「嫌なんで鳥居が学校になんだよ!意味わかんねーよ!」
どんどんこの奇妙な状況に訳が分からなくなって俺の声は早口になっていく。意味がわからないまま全身汗がびっしょりだ。
「だーかーらー!ここだっつってんだろ!この鳥居潜る!学校に着く!are you okay!?」
イケメンは何を言っているのか分からないと言ったような顔をしていたがその顔をするのはこっちの権利だと思う。なんなんだよ鳥居って。あとめっちゃ英語の発音いいな。
「いやいやいや……異世界でもないのにそんな魔法みたいなこと起こる訳……」
何を言っても理解をしない俺にとうとう痺れをきらしたのか、イケメンは俺の腕を更にがっしりと掴むと鳥居に向かってものすごい力で走り出した。
「だぁーっ!とにかく、急ぐぞッ!入学初日から遅刻してたまるかぁっ!」
半ば強制的に、俺は幽霊…もとい金髪碧眼で口の悪い日本語の流暢なイケメン同級生に手をひかれながら夢への最初の一歩を踏み出すことになったのだった……
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