第1話 『進む道なき』シオン その1
「ダンジョンって、こんなに遠かったんだ……」
ようやくたどり着いた街の門に身体を預け、『戦士』シオンは呟いた。
周囲にいるのはシオン一人。後は、土がむき出しの道と草っ原。
丸太を適当に組んだだけの門には、ここから街の領域と示した看板があるばかり。
建物も無ければ門番の一人も詰めていない、街の端の端。ダンジョンを出て、さしたる距離も無いはずだ。
それなのに、シオンの喉は乾き切り、足は棒のように疲れ果て。
鋼の剣は身体を支える杖。盾は忌々しい重りになっていた。
街では珍しい黒髪をかきあげて、シオンは額の汗を拭った。
シオンは『戦士』だ。
『戦士』がシオンの【天名】だ。
かつては『進む道無き』がシオンの【天名】だった。
冒険者となった時。
冒険者の守護神たるクラキルの【
シオンの【天名】は、『戦士』に書き換えられた。
【天名】はただの名前ではない。
その者の運命を定め、成るべき存在の指針を示すものだ。
進む道はその時開かれた。そのはずだった。
実際、迷宮への行き道は楽なものだった。
仲間と共に意気揚々と胸を張り、危険と冒険の待ち受けるダンジョンに向かっていた。
疲れなど、その興奮で吹き飛んでいた。
だが、身も心も傷つき疲れ果てた帰り道はどこまでも遠かった。
進む道は、再び閉ざされてしまった。
ずきずきと、肩の傷跡が痛む。
シオンの左の肩口から背中にかけて、一直線に出来た真新しい傷跡。
治癒の魔法で傷口は塞がり、もはや血の一滴も流れてはいない。
それでも、いつまでも、傷の痛みは止まらない。
「ルーク……どうしてこんな……」
ルークは親友だった。
ルークは『勇者』だった。
冒険者となって半年間。シオンはルークと共にいた。
そして今日。
ダンジョンでの魔物との戦いのその最中、ルークはシオンの肩を斬りつけた。
理由は誰にも分からない。
ただ、シオンには聞こえていた。
「……目障りだ……」
ルークのその言葉を、シオンだけは聞いていた。
「……やっぱり、そうなのかな。ボクは……」
ルークは『勇者』だ。
ルークが冒険者となった時、『勇者』の【天名】を与えられた。
ここ十数年で現れた、たった一人の『勇者』だった。
【天名】は人の在り方そのものだ。
『勇者』は善を為す。
『勇者』は悪を討つ。
『勇者』は一つも過つ事は無い。
『勇者』は、正義そのもの。
そのように存在する。
だからきっと、『勇者』の刃が自分に向けられたと言う事は、自分に過ちがあったのだ。
シオンはそう思う。
そうでなければ、『勇者』が人を傷つけるはずが無いのだと。
そうでなければ、親友が自分を傷つけるはずが無いのだと。
「いつかは、とは思っていたけれど」
シオンは『戦士』だ。
冒険者となって最初に与えられる【天名】で、一番多いのが『戦士』だと言う。
『戦士』専用の【術技】によって様々な力を奮う事は出来るが、【術技】自体は冒険者ならば誰でも扱える。
武器を持って戦うが、何かの判断を求められる事も、正しさを司る事も無い。
何も特別なものはない。
ルーク自身もそうだ。特別な力は無い。特別な才能も無い。
実力も冒険者を始めて半年程度の新人にしては高い。その程度だ。
ルークとシオンを結ぶのは、同じ村から出てきたという事だけだ。
シオン以外の『勇者』の仲間は、伝説の老『剣聖』に当代最強と名高い『魔剣士』、恐るべき魔術を操る二人の『聖女』。
その中に、シオンが同行している事自体が、異常だったのだろう。
半年間も、それが続いたのが異常だったのだろう。
そう、シオンは思う事にした。
「そうだよ。これから始まるだけなんだ。ボクの足で、最初から……」
痛みはひかない。
傷口は塞がらない。
それでも前に進むしかない。
もう、戻る事は出来ないのだから。
例え、進む道が無くても。
「おー、いたいた」
「もう街までついてるとは思わなかったが」
「逃げ足だけは早いな。まったく」
踏み出す足を、背後からの声が引き止めた。
聞き知った声だった。
『勇者』の仲間の補助要員として、何度も見かけた顔だった。
勇者の側仕えの一人。『魔剣士』コーザの弟子と紹介された三人組だった。
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