最強勇者を倒すため。ボクは邪剣に手を染める
はりせんぼん
序 そして道が重なるとき
『勇者』が通る時はいつも、往来の人々は皆、両手を地につけて平伏する。
理由を知る者はいない。
『勇者』だけが知っている。
そのようにしろと、『勇者』本人が命じたからだ。
ある者は言う。
人々を見下して喜んでいるのだと。
ある者は言う。
何者にも知られぬ理由があるのだと。
それ故に。
それ故に。シオンは両手を地面に付ける。
地面に額を擦り付ける。
まるでカエルのような姿だ。
と、シオンは思う。
じくじくと、左肩の傷跡がうずいていた。
それでいい。
と、シオンは思う。
自分はカエルに過ぎないのだから、と思う。
『勇者』に選ばれた少年――。
ルークは、シオンの親友だった。
同じ年、同じ村で産まれた。
学ぶ時も、遊ぶ時も、いつも一緒だった。
同じ日に、初めて剣を持った。
同じ女性に恋をして、二人揃って失恋をした。
冒険者を志して都に旅立ったのも、同じ日だった。
二人一緒に、冒険者となる儀式を受けた。
ルークは『勇者』の【天名】を与えられた。
冒険者を護る神は彼を祝福した。
シオンは『戦士』の【天名】を与えられた。
平凡な冒険者が一人生まれた。それだけだった。
その日その時。
一つだった二人の道が、二つに分かたれた。
ルークは、『勇者』と言う名の龍として空へと上った。
シオンは、自分が井戸の底のカエルに過ぎない事を思い知った。
カエルはいつしか、遥か空を飛ぶ龍の姿を眺める事しか出来なくなって。
龍はいつしか、ひれ伏すモノ達を見下す事すらしなくなって。
ルークは悠々と往来を歩き征く。
まだ幼さを残す青い瞳には何者も映らない。
ただ風に、金色の髪が揺れていた。
威風堂々としたその姿は、まるで龍のようだった。
だから、シオンは両手を地面に付ける。
地面に額を擦り付ける。
まるでカエルのようなその姿。
それを見せつけるように。
往来の中央に。
『勇者』の前を塞ぐように。
ルークの視線に収まるように。
「『勇者』様に。お願いがあります」
這いつくばったまま、シオンは言った。
左肩の傷が、どくどくと脈打っていた。
『勇者』がシオンに付けた傷だった。
居並ぶ人々のざわめきが響いていた。
シオンの目に映るのは石畳。
日差しに浮かぶ『勇者』の影。
『勇者』の影が近づく程に、傷跡が強く疼く。
「ボクと戦ってください」
『勇者』の目に映るのは、地面に伏した黒い染み。
それが人である事を認識するまで、『勇者』はしばしの時間を必要とした。
さざなみのような雑音が鬱陶しかった。
天から光を射し込む太陽が、平伏す影を余計に黒く見せていた。
「決闘を願います。決闘にボクが勝ったら。親友を返して下さい」
ルークはシオンの親友だった。
シオンはルークの親友だった。
今もそれは変わらない。
だから『勇者』は理解ができない。
親友の言葉を理解できない。
「……シオン? どうして」
シオンは地面に平伏したまま。
彼に見えるのは石畳。
地面に映る影法師。
反響する声と音。
肌に感じる空気の流れ。
肩口の傷跡の痛み。
いつまでも、消えない痛み。
その全てを理解できた。
親友の位置を、動きを、手に取るように理解できた。
「……ルーク……」
そしてシオンは確信した。
「『勇者』様。決闘はもう、始まっています」
これは、平凡な少年が『
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