第38話 抱き合う二人
「あっ」
居間の扉を開けると、雅男とよりちゃんが居間の絨毯の上に重なり合うようにして横たわっていた。二人が一体何をしているのか一瞬で分かった。
絡み合う二人の生々しい姿態が見える。私はとっさに居間の扉を閉めようとした。そして、一刻も早くこの家から出ていこうと思った。
「待てっ」
その時、間髪入れず雅男がそんな私の背中に怒声を浴びせた。
「見てろ」
「え?」
私は雅男の顔をまじまじと見つめた。カッと見開かれた雅男のその目は真剣そのものだった。
「見てろ。俺たちの全てを見ていろ」
そう言うと、雅男はよりちゃんに体を合わせた。よりちゃんは、それに反応し身をくねらす。
「もっと近くに来い」
雅男はさらに叫んだ。私は痺れるような恐怖に何も考えられないまま、そろそろと二人に近寄っていった。
「もっとだ」
私は二人に触れられそうなほど近寄った。
「正座」
雅男が叫ぶと、私はただ従順に正座した。雅男は激しくよりちゃんを抱いていく。
「目を反らすんじゃねぇ」
雅男はよりちゃんを抱きながら私に叫ぶ。私は痺れるように固まったまま、ただその目の前の光景を見つめた。
「・・・」
雅男が他の女を抱いているのを・・、私は見ていた。目の前で。全く現実感のないそれはしかし、確かに現実だった。
「目を反らすな」
雅男が腰を激しく動かしながら叫ぶ。私は血が出るほど唇をかんだ。
「ちゃんと見ろ」
私は両手の拳を固く結んだ。
「俺は見た」
激しい息遣いで汗をかきながら雅男は言った。
「えっ」
「俺は見た」
雅男が私のAVのことを言ってるのだということが、頭で分っていてもそれを認めたくない自分がそれを拒否していた。
「お前だって他の男にさんざ抱かれてるだろう。文句は言わせねぇぞ」
確かにその通りだった。でも。でも・・・。それは、雅男の為だった。好きで、好きで抱かれているわけじゃない。私だって・・、私だって・・、辛いんだ。
よりちゃんが雅男の下から、にやりと優越感を含んだ笑いを口元に浮かべ私を見つめていた。
「うううっ」
私は心底悲しくなって泣いた。なんだか堪らなく自分が惨めだった。
「泣くな」
雅男が怒鳴った。
「泣くな」
そう言われても、涙が止め度もなく流れてきて、どうしようもなかった。
私は堪らず部屋を飛び出した。
一人寒空に歩き出すと、丁度、白い綿雪が一つまた一つと舞い降りて来た。
「・・・」
そういえば私に行くところはなかったんだった。実家はもう帰れない。
寂しさと悲しみに寒さがこたえた。
なんでこんなに私たちは傷つけ合うのだろう。愛し合っているはずなのに、なんでこんなに傷つけ合わなければならないのだろう。なぜこうなってしまったのか・・、なぜ・・、なぜ・・。私はそんなやるせない思いに、一人苦悶し、雪の舞い落ちる空を見上げた。
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