第37話 愛の応酬

 夜中過ぎ、雅男が帰ってきた。昨日のことがあったからなのか、雅男は少し、私の反応を気にしているようだった。

「お帰り」

 私は少し嫌味っぽく言った。雅男が私を見る。

 雅男は昨日のことを、根に持っているのがありありと分かった。雅男の目は、すでに赤く興奮していた。

 また一戦あるなと私は予感した。

「よりちゃんのとこに行ってたのか」

「お前に関係ない」

「否定しないのかよ」

「お前に関係ねぇって言ってんだろ」

 雅男が怒鳴った。しかし、それで私が怯むことはなかった。そんな私の反応に、雅男はやはり少し驚いたようだった。

 私たちは睨み合った。

「金は何に使ったんだ」

「何?」

「借金取りが家まで来たぞ」

「・・・」

「何やってんだよ」

「・・・」

 雅男は私から視線を反らし、黙っていた。

「何やってんだよ。そんなじゃなかっただろ」

「・・・」

「雅男はもっと、キラキラした目で、キラキラした目で、仕事に燃えてたじゃないか」

「・・・」

「どうしちゃったの。あのキラキラした雅男はどこへいっちゃったの?正義に燃えていたあの雅男はどこに消えてしまったの」

「うるせぇ」

「あんなに、輝いていたじゃない」

「うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ」

「あんなに・・・」

「お前に俺の気持ちなんか分かってたまるか」

 雅男は私を睨みつけた。

「ああ分かんねぇよ」

 私はキレた。

「お前の気持ちなんか分かんねぇよ」

 私は雅男に掴みかかると、そのまま壁に思いっきり押しつけた。

「分かんねえよ、分かんねえよ。お前の気持ちなんか」

 雅男は目を反らして、ただ私にされるがままになっていた。

「分かんねぇよ・・」

 私の雅男を掴む手が震えた。そして、目から涙がこぼれ落ちた。

「離せ」

 雅男は、私を振りほどくと、再び部屋を出ていこうとした。私はそれをさせまいと、再びその背中に飛びついた。

「くそっ、離せ」

 雅男は私を引きはがそうと、力を込めた。私は離さなかった。

「離せ」

「私にどうしろっていうんだよ」

 もう、私も黙ってはいなかった。

「なんだとこの野郎」

「何が気に入らないんだよ」

「うるせぇ」

 私たちは掴み合い、もつれ合った。

「離せ、この野郎」

 雅男は、私を振りほどこうと、力の限り暴れた。

「もう、あんたを殺して私も死ぬ」

 私は必死に雅男の腰の辺りにしがみつきながら叫んだ。もう、私も無茶苦茶だった。

「離せ、このやろう」

「離すもんか」

 壮絶な掴み合いともみ合いが始まった。

「絶対愛してやるんだから、愛してやるんだから」

「てめぇ~」

「雅男は私が好き。そうでしょ」

 私は雅男の顔を覗き込んだ。

「うるせぇ、お前なんか大っ嫌いだ」

「うそ、雅男は私のことが好きだわ。今でも。堪らなく」

 私は顔を近づけて雅男の顔を覗き込んだ。

「うるせぇ」

 雅男は私の顔から目を反らし、背を向けようとした。

「私のことが好きなんだろ」

 私はそんな雅男を掴み上げ、無理矢理こちらを向かせた。

「好きなんだろ」

 私は雅男の顔に、目いっぱい私の顔を近づけせまった。

「好きなんだろ」

「うるせぇ」

 雅男は力の限り私を振り払った。私は壁まで吹っ飛んだ。

「はあ、はあ、はあ」

 雅男は、激しく息を荒げて私を見下ろしていた。

「クソ女」

 雅男はそう吐き捨てるように叫ぶと、再び私に背を向け、部屋から出ていこうとした。

「ふふふっ、ふふふっ」

 私は、その時、突然なんだかおかしくなってきた。何がおかしいのか分からなかったけど、笑いが込み上げてきて止まらなかった。

「ははははっ」

 笑いは大きくなり、止まらなくなった。

「ははははっ」

 おかしくておかしくて、もう堪らなかった。

「・・・」

 雅男は歩みを止め、振り返ると、そんな私を、恐怖の眼差しで見つめた。

「はははっ」

 私は笑い続けた。

「ふふふっ、私、幸せになれるかもって思ったの」

「・・・」

「バカだよね」

「・・・」

「結構楽しかったんだよね。雅男はどうか分からなかったけど、私は、よりちゃんがいて、雅男がいて結構楽しかったんだよね・・。ふふふっ」

「・・・」

「ほんとバカだよね。私が幸せになれるわけないのに・・、はははっ」

「・・・」

 雅男は黙っていた。そして、私を置いて部屋から出て行った。

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