第5話 疑似家族

 なんだか最近よりちゃんがどこかへ出かけて行く。夜遅くに帰ってくることも多くなった。また、何かよからぬことをしているのではないかと、私は心配になった。

「ねえ、よりちゃん最近どこかへ出かけて行くんだけど、大丈夫かな」

 私は毎日忙しそうにしていて悪いと思ったが、雅男に相談してみた。

「う~ん、それは心配だな。本人にちょっと聞いてみたら」

 なるほど、確かにそうだった。私が勝手に心配していてもしょうがない。

「よりちゃん」

「はい」

 私は朝出かけて行こうとするよりちゃんに声を掛けた。

「今、何やってるの。最近なんだか忙しそうだけど」

「アイドル活動です」

 よりちゃんは、すぐにはっきりと答えた。

「えっ?」

「アイドルです」

「アイドル?」

 なんだか全く、別世界の言葉が飛び出してきて、私は何が何やら思考さえも止まってしまった。

「今はアイドルの時代ですよ。お姉さま」

「???」

 確かにテレビでは大人数のアイドルグループが、何やら大活躍しているみたいだったが、それだからといってよりちゃんが、なぜアイドル活動しているのかが繋がらなかった。

「・・・」

 私はしばし茫然と、そのまだ幼さの残るよりちゃんの顔を見つめた。

「私はアイドルになるんです」

「はあ・・」

 最近の若い子は全く理解を超えた世界に生きているらしい。私もそんなに年は変わらなかったが・・、それでもよりちゃんの世界観が全く理解できなかった。

「まあ、見ていてください」

 そう言って、また、よりちゃんはどこへ行くのか知らないが、今日もいそいそと出かけて行った。

「・・・」

 私はしばし茫然としたが、まあ、別に悪いことをしているわけではないわけだし、それがはっきりして私はとりあえずほっとした。


「ごはん出来たよ」

 今日はキムチ鍋だった。

 雅男がいて、よりちゃんがいて、私がいて、みんなでご飯を食べる。疑似家族だけど、私はなんとなく、そんななんてことない日常が楽しかった。

 雅男がいて、よりちゃんがいて、私がいる。改めて私は食卓に着いてキムチ鍋をつつく二人を見回す。久しぶりに落ち着いた家庭に身を置けている気がした。

「何見ているんですか」

 よりちゃんが、私を不思議そうに見つめる。

「ううん。なんでもない」

 私が、笑いながらそう言うと、よりちゃんは不思議そうに顔を傾げていた。


「見てください。お姉さま。新しい振り付けです」

 夕食後、よりちゃんは私と雅男の前で、覚えたての踊りを披露した。

 部屋の中で覚えたての踊りをたどたどしく一人で踊る姿はなんだか滑稽にも見えて、更にその真剣な姿がまた何だかおかしくて、私と雅男は笑った。

「もう、真剣なんですからね」

 そんな私たちによりちゃんは頬を膨らます。それが、ますます面白くて私たちは笑い転げた。

 こんな穏やか楽しい食後のひと時はいつ以来だろうか。多分兄が死ぬ前・・、多分・・。それは、もう遥か遠い昔のような気がした。

「・・・」

 気付けば、兄の面影すらはっきりと思い出せない自分がいた。

 それが良いことなのか、悪いことなのか今の私には分からなかった。ただ、何かが変わってしまっている自分が少し怖かった。

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