ナイト・ラウンダー
昧槻 直樹
第1話 銀の女
「ねぇ、ショーコ。明日どこ行く?」
「あそこはどう? 愛乃も行きたいって言ってた、赤レンガ倉庫」
「じゃあ、明日の朝10時に」
「うん、りょーかい」
(トゥルルル……)
「……あれ? おかしいなぁ」
「はい――」
(チチチチ、チチチチ……)
(またあの夢……。最近同じ夢、見るようになったな)
銀子愛乃(かねこめい)は気怠い様子で目を覚ました。頭を起こすために、気合を入れるために。あるいは何かを払うように、彼女は水道の冷水をバシャッと顔に浴びた。
いつものようにシリアルに牛乳をかけ適当に朝食を済ますと、スーツに着替えていつも通りマンションを出た。
金・銀・銅の銀に、子どもの子で、銀子(かねこ)。子どものころからよく字を間違われたり、いじられたりということもあったが、それは今でも変わらない。
「おはようございます」
「お、銀ちゃん。おはよう」
「銀ちゃん」
「お銀さん」
「……」
「やっぱり冷たいなぁ、銀ちゃん」
「それも、あの一件以降っすよね?」
「んー、まぁな。……無理もねぇわな」
彼女の仕事は刑事だ。それも、警視庁捜査一課の刑事である。女性の活躍も珍しくないこのご時世においても男社会の名残ある警察の仕事。だからとは言え、彼女が昔からこのような冷ややかな女性ではなかった。それは半年前のある事件に起因するのだが、それはまた別のタイミングでお話することとする。
準備をしていた彼女のもとに、先輩の刑事が駆け寄ってきて声をかけた。
「おい、お銀」
「はい」
「事件だ。行くぞ」
「はい」
事件があったのは、アパートや戸建ての家が立ち並ぶ住宅街のど真ん中だった。緑や公園が隙間を埋めるように点在していて、現場はその緑と公園を繋ぐ遊歩道の脇だった。
現場に急行した銀子たちは、先に到着していた所轄の若い警察官より状況を聞いた。
「ご苦労さん。で、被害者は」
「はい。所持品から、都内の女子大生であることがわかりました。名前は美山律華(みやまりつか)。自宅がこの近くにあります。衣服などに乱れはなく、争った形跡が見られないんですが、ただ一点だけ気になる点があるんです」
「気になる点?」
「はい、それがここ。首のところなんですけど」
失礼、と被害者の髪をよけて首筋を出すと、そこには二つの点状の痕があった。先輩刑事と銀子はそれを覗き込んでジッと観察した。
「これは……スタンガンか?」
「噛まれた痕のようにも見えます。見て下さい。この傷の周りに、薄らとですが、歯型のような痕があります」
「あぁ、確かに。……じゃあ、あれだ。野犬にでも襲われたか」
「それだと、衣服に目立った傷や乱れ、暴れた様子がないのが引っ掛かりますね」
「取り敢えず、まわすか」
「そうですね」
監察医からの報告を待つ間、現場付近の防犯カメラや、被害者の当日の足取りなどを調べていた銀子たちであったが、それはすぐに行き詰まりを見せることとなる。
デスクの前で椅子の背もたれに体を預け伸びていた銀子に、別の先輩刑事が寄ってきた。事件現場に共に行った先輩刑事が体格のいい肉体派なら、この刑事は中肉中背のひょうきんな中年だ。
「銀ちゃん、何かわかったかい」
「いえ、今のところまだ何も。偶然なのか、それともそこを犯人から指定されたのか。防犯カメラの無いところで犯行が行われたようで、被害者や犯人の前後の動きが見えないんです」
「まいったね、そりゃ」
中年刑事と共に改めて映像を確認していた最中、その刑事の影から肉体派刑事が急ぎ足で現れた。
「おぉ、いたか。お銀、報告が来たぞ」
先輩刑事から報告書を受け取り目を通す銀子。独り言のようにその内容を口に出す彼女の横で先輩刑事は難しい表情をした。
「死亡推定時刻は昨夜10時から翌、午前1時までの間。首にある傷は、人、あるいはその他の動物によって噛まれたことによりできた咬創(こうそう)。その他に死因に直接つながると思われる外傷は無し。死因は、多量の血液を失ったことによる失血死である……ってこれ、まるで……」
「あぁ、まるで――ヴァンパイアだ」
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