隠れ里にて
第4話
東京から伊賀までは車で行くと5時間もかかる。だけどしのぶと孝蔵が乗せられたヘリコプターはすごいスピードで、たった一時間半で伊賀市の上空までついてしまった。
「向こうに山が見えるだろう、あの奥の方に隠れ里はある」
ヘリコプターの窓から外を指さして説明してくれるのは忍者の服を着た女の子だ。ただし、もう覆面は外している。
実はヘリコプターに乗ってすぐ、この女の子は覆面を外してしのぶたちに自己紹介してくれた。
「
「そ、そうろう!?」
ヘリコプターの助手席に座っていた丸顔の女の子が振り向いて笑う。
「ごめんねえ、やいばちゃんの言葉、すごく古臭くてイミフでしょ~」
声としゃべり方に聞き覚えがある。どうやらこの子がヘリコプターからしゃべっていたらしい。
「私は百地こころ! 小学四年生!」
その名前を聞いたしのぶはびっくりした。
「百地って、あの百地?」
「そ、あの百地だよ!」
「じゃあ、こっちの、藤林さんって……」
「うん、やいばちゃんは『伊賀の』藤林だよ」
「で、私が服部……伊賀野御三家がそろったわけね」
しのぶは納得して「うんうん」とうなずくけれど、孝蔵はチビなので『伊賀の御三家』の意味が分からない。しのぶの袖を引いて甘ったれた声を出す。
「なあ、姉ちゃんばっかり、ズルい」
「何がズルいのよ」
「伊賀の御三家とか、僕、知らない! ちゃんと説明してよ!」
「そんなの、おじいちゃんがしてくれた忍者の歴史についての話をちゃんと聞いてないからでしょ!」
こころと名乗った少女が、このやり取りを見て小さく笑う。
「あのね、弟くん、伊賀の忍者の中でも特に有名なのが『服部・藤林・百地』の御三家なの。だから伊賀の忍者と言えばこの三家をさすくらい有名なのよ」
「すげえ、僕、服部だから、そんな有名な忍者なんだ!」
こころは、孝蔵の無邪気さをかわいらしいと思ったらしく、ますますニコニコ笑った。
「いいわね、弟って。私、兄弟がいないから憧れちゃう」
これを聞いていたやいばは、少し怒ったみたいにふいと横を向いた。
「兄弟など、そんなに良いものではござらん。兄者たちはいつも拙に意地悪ばかりを言うぞ」
孝蔵が生意気そうに鼻先をあげて答える。
「それはさ、照れ隠しってやつだよ。ウチの姉ちゃんなんかさ、僕のことが本当はかわいくってしかたないくせに、いっつも怒ってばっかりなんだよ」
しのぶは片手を軽く振り上げて怒った。
「こら、孝蔵、会ったばっかりの人になんて口のきき方してるの!」
孝蔵が首をすくめる。
「ほらね」
こころがたまらずに「ぷはっ」と息を吐いて、大笑いし始めた。やいばもつられて笑いだす。
しのぶはこの二人が有名な忍者の子孫だと聞いて少し緊張していたのだが、これで一気に緊張が解けた。
「もう、何で笑うのよ~」
怒ったような声で言いながらも、しのぶは笑った。笑っているうちに、なんだかこの二人とはずっと前から友達だったような、そんな気分になった。
だから、笑いながら聞く。
「ねえねえ、二人は何年生?」
こころはやっぱり笑いながら答えた。
「私は四年生、やいばちゃんはいっこ上で、五年生だよ」
「ええ、じゃあ、私と一緒だ。私はねえ……」
「月ケ丘小学校4年2組、でしょ? 服部しのぶちゃん」
「私のこと、知ってるの?」
「うん、知ってるよ。弟くんのことも、調べさせてもらったからね」
「なんで!?」
「あ~、それについては、伊賀の里についてから、ね?」
二人はそれ以外のことは何でも答えてくれた。好きなテレビの番組や、かっこいいと思っているアイドルの話や……そういう話をするとき、二人はぜんぜん忍者っぽくなくて、クラスにいる普通の女子の友達みたいだった。
だから1時間と少しの移動の間、しのぶはちっとも退屈しなかった。
伊賀市の上空についた時には、すっかり三人で仲良くなっていた。だからやいばは、初めて自分の家に来た友達を案内するみたいに、気軽にヘリコプターの外を指さしたのだ。
「向こうに山が見えるだろう、あの奥の方に隠れ里はある」
そう言われても、伊賀は低い山が連なった地形をしている。ちょうど山を描いた透明なガラスを何枚も重ねたみたいに、いくつもの山が前に後ろに並んでおるのだから、東京育ちのしのぶには、どの山のことを言っているのか見分けがつかない。
「あの山?」
「違う、その右の山だ」
「右って、これ?」
「違う、その奥」
わあわあ大騒ぎをしている間に、ヘリコプターは伊賀市内を抜けて山へ近づいてゆく。
ここで、こころが急にまじめな顔になった。
「ねえ、しのぶちゃん」
「なに?」
「いまからきっと、厳しい試験があると思うの」
「試験って、なんの?」
「忍者の試験よ。聞いたことない?」
「そういえば、おじいちゃんから聞いたかも」
正式な『伊賀忍者』を名乗るには、伊賀の隠れ里で試験を受けなければならない。服部の家は自分で試験を受けるか受けないか決めていいので、しのぶのお父さんは試験を受けなかった。だからしのぶのお父さんはちょっとだけ忍術が使えるけれど、忍者ではなくて普通の会社員をしている。
しのぶは、いままで試験を受けることは考えていなかった。忍術の修行は楽しいから、忍者になるのも悪くないかな~とは思う。だけど、本物の忍者になったら今よりも厳しい修行をしなくちゃいけないと言われているから、本物の忍者にはなりたくない気もする。それにおじいちゃんもお父さんも忍者の試験のことは言わないから、もし試験を受けるとしても、もっと大人になってからだと思っていた。
しのぶは大慌てで両手を振る。
「待って、ちょっと待って、それって、私が本物の忍者になるってこと?」
「そうよ」
「そ、そういうのはおじいちゃんと相談しないと!」
「あなたのおじいちゃんなら、先に隠れ里に来てるはずだよ。そこで聞けばいいじゃない」
「おじいちゃんが隠れ里に……それに、私や孝蔵のことも調べてあるって……どうして?」
「それは~、教えちゃダメなのよね。たぶん、あなたのおじいちゃんが説明することになってるから」
しのぶはやいばを見る。だけど、さっきまで笑っていた彼女は、今はすごくまじめな顔をして首を横に振った。
「すまぬ。拙も言ってはならぬといいつけられた」
「ええ~、いったい、私たちをどうするつもりなのよ~」
こころが、しのぶを慰めようと明るい声を出した。
「ほら、隠れ里見えた! あの山の中、大きなお屋敷があるでしょ」
「あ、ほんとだ」
「ふっふ~ん、あれねえ、やいばちゃんのお家なんだよ」
「ええっ、あんな大きなおうちに住んでるの!」
やいばが恥ずかしそうにぷいと横を向いた。
「なに、大きいばかりで古い家だ」
「古くて大きいからすごいんじゃん、本当の忍者の家って感じがする!」
「まあ、確かに、忍者屋敷として作られたものだから、あちこちに仕掛けが施してあるが」
「すごい、いいな~、うちなんか普通のマンションだよ」
「拙はそちらの方がうらやましいが」
そんなことを言っているうちに、ヘリコプターはバラバラバララと土煙をあげて忍者屋敷の庭に降りた。
最初にヘリコプターから飛び出したのはやいばだ。
「我が家にようこそ、大したもてなしもできぬが、ゆるりとしていってくれ」
しのぶはその声にひかれておそるおそる外に出た。そしてまず、庭の立派さに驚いた。
「うわあ、すごい、旅館みたい!」
ヘリコプターが到着する場所だけでも、近所にある滑り台しかない小さな公園くらいの広さがある。そこはきれいに芝生が敷いてあって、さらに広く野球場みたいにただ芝生を敷いただけの丘がつながっている。
しのぶが「旅館みたい」と言ったのは、その芝生の真ん中に小さな池があって、石で造られた橋が架かっているから。池の隣に大きな石灯籠や、きれいに枝を狩りこんだ松なんかも植えてあって、ちょっとした日本庭園になっている。
石の橋の上に一人の老人が立っていて、ちょうど池の鯉に餌をあげようとしているところだった。
しのぶと孝蔵は、その老人が良く知っている人であることに驚いて声をあげた。
「おじいちゃん!」
白いひげを生やした頭ツルツルの老人、これがしのぶと孝蔵の祖父である服部
「よ、じゃないよ、おじいちゃん! よそのお庭で何やってるの!」
「いや、コイに餌を……」
「餌なんかあげてる場合じゃないでしょ! なんで私たち、こんなところにつれてこられたの?」
「それはな……忍者の試験を受けてもらうため……」
「聞いてないんだけど!」
ぷんぷん怒り散らすしのぶの後ろから、孝蔵がおずおずと手をあげる。
「あの~、僕、忍者の試験、受けてもいいけど?」
おじいちゃんは首を横に振った。
「試験を受けるなら二人とも。成績の優秀だった方を本物の忍者として認定する、そういう決まりだ」
しのぶは少し冷静になったのか、腕組みをして首をひねる。
「何で急にそんなことになったの? 今まで、そんなこと、ひとことも言わなかったじゃない」
「緊急なんだ。お前たち、さっき街を襲った忍者と戦っただろう?」
「うん、ガマに乗ったおじさんね」
「あれは始まりに過ぎない。これから、もっとたくさんの忍者たちが、この日本を手に入れようと動き出すだろう」
「それと私たちが、何の関係があるの?」
「たのむ、伊賀御三家の一人として、あの子たちと一緒に戦ってくれ!」
しのぶが振り向くと、やいばとこころが並んで立っていた。やいばはあくまでも冷静に。
「私はどちらが選ばれても構わぬ。強いモノが残るが戦いの必定」
こころはふわっとわらって。
「やいばちゃん、必定とか、難しいよ。でも、そうね、確かに仲間になってもらうなら、強い方がいいよね」
しのぶはこの言葉に大慌て。
「え、ちょ、ほんと待って、仲間って、なんの仲間に?」
「さっき、やいばちゃんが戦ってるの、見たでしょ」
「うん、なんか特別な忍者服着てたよね」
「あれを作ったのは、実は私なの」
「ええっ、こころちゃんが?」
「うふふ~、百地の家は昔から科学を忍術に使う研究をしていたからね、よゆーよゆー」
「そうじゃなくて、こころちゃんって小学生だよね?」
これには要蔵が言葉をさしはさんだ。
「その子は小学生だが、留学してアメリカの有名な工業大学を卒業している。百地の家でも百年に一人という大天才だそうな」
「へえ……こころちゃん、すごいんだねえ」
「それで、そっちの藤林の家の子は剣術の達人でな、忍者の試験を一緒に受けた中学生のお兄ちゃんたちを負かして忍者になった天才剣士だ」
「やいばちゃんもすごい!」
「で、うちからはお前か孝蔵か、忍者としてより優秀な方に戦ってもらうことになった」
孝蔵がぴょんと飛び跳ねる。
「じゃあ、試験なんかしないで、僕でいいじゃん! 僕、剣術だけだったらお姉ちゃんより強いよ!」
「剣術だけじゃあ、だめなんだよ、孝蔵。忍者としての強さは、そういうものじゃはかれないんだ。特にウチは服部だから、服部の忍道を心得ていなくてはならない」
「ハットリのにんどーってなに?」
「それは試験を受ければわかるだろう……じゃあ、お願いしてもいいですかな?」
要蔵の最後の言葉は、しのぶと孝蔵を飛び越えて『ふたりの背後にいる人たち』に向けられていた。しのぶがはっとして振り向くと、そこには、いつの間に現れたのか、五人の大人の忍者が立っていた。
「この人たちにつかまらないで、伊賀の市街までたどり着いた方が勝ち。つまり、鬼ごっこだな」
「大人の、それも忍者相手に鬼ごっことか、絶対無理じゃん!」
「無理かどうかはやってみなけりゃわからない。さあ、早く逃げなさい、お前たちがスタートしてからきっかり五分後に、こちらもスタートするからな」
「ええええっ、マジむり!」
叫びながらも、しのぶは孝蔵の手を引いて走り出した。そのまま広い芝生の上を突っ切って、木が生い茂った林の中に飛び込む。
さあ、しのぶと孝蔵の忍者試験は、こうして始まった。
くのいち☆ルナーズ! 矢田川怪狸 @masukakinisuto
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