四葉のクローバー

薮坂

c01


 四葉のクローバーと聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。

 おそらくだけど、みんなやっぱり「見つけると幸運が訪れる」だとか「滅多に出会えない素晴らしいもの」だとか、そういうプラスの感情を抱いているのだと思う。


 四葉のクローバーは、みんなの思う通り「幸運の象徴」だ。発生確率は一説によると「一万分の一」とも言われており、滅多にお目にかかれるものじゃない。見つけるとラッキーなアイテム。思わず持って帰りたくなるほどの。それが四葉のクローバーなのだ。


 だから、きっとみんなはこの四葉のクローバーに対して、良い印象を持っているのだと思う。

 僕だってそうだ。いや、そうと言ったほうが適切だろう。


 僕は友達から「ある話」を聞いて、四葉のクローバーに良い印象を持てなくなってしまった。

 最初に断っておくけれど、これは僕自身が体験した話じゃあない。あくまで僕の友達の話だ。それでも。

 実際に体験していない僕でさえも、それを敬遠したくなる──、これはそんなお話。

 今から20年ほども前。僕の友達である「カトウ」が体験した、それはそれは茹だるように暑い、8月の話だ。



   ────────────



 その日は、とても暑い日だった。いや、とかいう軽い言葉で簡単に片づけられるレベルじゃない。今でいう酷暑日ってヤツだった。

 だけど当時、オレは中学生だった。男子中学生ってのは、本当にエネルギーが有り余っている期間だよな。そう思うだろ? 当然オレもエネルギーが有り余っていて、部活に全てを賭けるくらいのスポーツマンだったんだ。

 これでも当時は、陸上部のエースって言われてたんだぜ。本当に打ち込んでいて、100メートルを誰よりも速く走り抜けることがオレの夢だったんだよ。


 その暑い日、そう、夏休みのことだ。オレはいつものように部活に精を出していた。これでもか、ってほどにな。100メートルに全てを注ぎ込んでいたから、あらゆるトレーニングを実践していたんだ。その時は体幹トレーニングをメインでやってたような気がするよ。

 だから走り込みが足りなくてな。脚がうずうずしていたオレは、部活が終わった後の自主トレをしようってことで、部活仲間とその公園に行ったってワケさ。


 地元に赤塚山って、あるだろ。山っつーよりは丘って言ったほうがしっくりくる、平たい赤塚山。そこに作られた公園で、トレーニングをしようってなったんだ。その公園の名前はもちろん、何のヒネリもない「赤塚公園」だ。

 お前の中学校の校区からは少し離れてるから知らないかも知れないけど、あそこは工業団地の真ん中に作られてる公園でな。ロクな遊具もないし、景色が奇麗ってワケでもない。なにか災害とかがあったときに避難できるように、広さだけが取り柄みたいな公園だから、日中でも人はほとんどいないんだ。


 赤塚公園には、さっき言った通り赤塚山があってな。山をに取り囲むように、頂上までクソ長い階段が伸びている公園だったんだ。階段っつっても綺麗に整備された階段じゃない。山の斜面に適当に、そこいらの丸太で作ったような取って付けた階段さ。

 だから作りも雑で段差もまばら。まぁそれがトレーニングにうってつけってワケだったんだよ。その日もオレは部活を終えた夕方から、部活仲間と階段ダッシュをしようとチャリで行ったのさ。


 あぁ、オレは自転車通学だったんだ。ちゃんとヘルメットもしてたぜ。あのあたりで自転車通学はオレの中学だけだったから、よく「ヘル中」ってバカにされたもんさ。まぁ、ヘル中の話はいい。今はその赤塚公園の話だ。


 部活が終わった後だったから、夕方前ってくらいだったかな。でも夏だから日は長い。まだまだ暗くなる気配なんてなかったから、しばらくはトレーニングできるだろうって思ってた。

 一緒に行ってたオクノも陸上に入れ込んでたヤツだったから、暗くなるまでトレーニングしようぜってなったんだよ。

 さっきも言ったとおり、赤塚公園にはクソ長い階段がある。山をぐるりとらせん状に囲む階段で、割りと登りでおまけに悪路だ。足腰を鍛えるにはお誂え向きってヤツさ。

 今のトレーニング理論なら、まず選択しない方法だろうな。だけど当時のオレたちは、それが正解だと思ってたんだ。無知って怖いよな。


 それで。準備運動もそこそこに、階段を登り始めたんだよ。この公園の階段は、だいたい50段くらいでちょっとした踊り場みたいなところに行きつく。50段登り切ったら階段のない山の斜面になって、少し登ったらまた次の50段が現れる。それが頂上まで続くんだ。


 オレたちはその「だいたい50段の階段」のことを、「1セット」って呼んでいた。頂上までは確か、10セットくらいあったんじゃないのかな。

 最初の数セットは流し気味で。そこから頂上まで、次第に加速していった。踊り場でのインターバルも、最初は1分に設定していたけど、セット数を重ねるたびにどんどん短くしていった。心肺機能に負荷をかけるトレーニングも兼ねてたんだ。


 それで。最初の登頂は滞りなく済んだんだ。あ、降りる時はもちろん、来た道を歩きでだぜ。下りで走ると脚を故障しちまうからな。

 で、山の麓に戻ってきて。自転車に置いていた水筒で水分補給をした。しばらく休憩をして、オクノともう一本行こうぜってことになったんだ。まだまだ充分なくらい、明るかったからな。さすが夏だ、って思ったぜ。自分を鍛えるには、本当にいい季節だよな。


 そして、2本目の階段ダッシュが始まった。

 1本目と同じく、最初のセットは流し気味でな。それで、2セット3セットと続けて、4セット目が終わった時のことだった。

 踊り場に、小柄なおばあさんが座ってたんだよ。年は70歳くらいに見えたかな。そのおばあさんがオレらに気づいて、声を掛けてきたんだよ。


「あら、こんにちは」


 オレたちももちろん挨拶を返した。近所でも評判の、愛想のいい中学生だったからな。そんなオレたちを見て、おばあさんはにっこりと笑っていた。まぁ、品のよさそうなおばあさんだったよ。で、そのおばあさんが言ったんだ。


「君たちは、何をしているのかしら?」


 オレとオクノは、「僕らは地元の中学生で、トレーニングをしています」って答えた。まぁ実際、その通りだしな。するとおばあさんは、


「トレーニング。まぁ、えらいねぇ。きっと、努力すれば夢は叶うわよ」


 って、にっこり褒めてくれたんだよ。ま、悪い気はしないよな。なんとなく褒められた気分になってると、オクノがおばあさんに聞いたんだ。


「おばあさんは、ここで何をしているんですか?」


「私はね、ここで探し物をしているの。四葉のクローバー。子供たちが欲しいってねだるものだから」


 四葉のクローバーか、ふうん。こんなとこにあるのか、それ。

 って、その時のオレは思ったよ。実際にそれを探したことはないけど、ここは山の中だ。クローバーがある場所は、山の麓の原っぱのほうに思えた。それをおばあさんに教えてやると、おばあさんは嬉しそうに礼を言ったんだ。


「ありがとうね。でも、もう少しここで探してみるわね」


 おばあさんはそう言った。そこでオレたちはおばあさんに暇を告げて、トレーニングを再開させたんだ。

 話し込んで結構休憩してしまったからな、もっと心拍数を上げないといけないと思って。それで、次のセットからかなり強度を上げて走ることにしたんだ。



 次のセットを終えて。オクノと息を整えながら、ここでのインターバルは30秒にしようってことになった。それでなんとなく、首を回して柔軟していると。遥か後方に、さっきのおばあさんが階段を登っている姿が見えたんだ。

 きっと、あの踊り場じゃクローバーを見つけられなかったんだろうな。だから階段を登って、新たな場所を探そうとしているんだろうと、思った。

 さっき麓のほうにあるかもってアドバイスしたのに、不思議だなぁ。なんて、その時はそんな風に思ってたんだ。


 それからきっかり30秒後。次のセットを登り始めた。全力の80%くらいでな。オクノと2人、山の中を駆け抜けた。100メートルと200メートルで種目は違ったけど、オクノとはいいライバルだったんだ。1人じゃサボっちまうキツいトレーニングも、誰かと一緒ならできるんだよな、不思議と。


 まぁ、そんな感じで。次のインターバル地点、つまり踊り場に行き着いた。腕とか脚とか柔軟しながら。何の気なく、本当に何の気なく後ろを見てみたんだ。

 そしたらさ。


 んだよ、まだ。さっきのおばあさんが、後ろのほうに。

 腰に手を当てて、前傾姿勢でゆったりと階段を登っている、さっきのおばあさんが。




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